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アノマリー -from SCP foundation-  作者: 梶原めぐる
橘の休日
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唸れ!~財団神拳~①

「ふぅ、送信完了っと」


  橘は昨日分の業務監視日報を送信し終え、身体を大きく伸ばした。最初は手間取っていた日報も、数か月も続ければ自然と習慣化されてあっという間に作ることができる。

 本日の橘は完全にオフである。久しぶりの連休だ。日報を書き終え、FPSゲームに数時間熱中したところで喉の渇きを覚えた。適度な水分補給は大切である。橘は台所に飲み物を取りに行こうと腰を上げた瞬間「よっこいせ」というなんとも爺臭い台詞が自分の口から出た事に驚いた。そういえば、暫く体重計に乗っていない。昔購入した薄型の体重計は脱衣所の隅で埃を被っている始末だ。それに、この間の仕事で筋力の衰えを感じていた事を思い出した。何か運動を習慣化したいと思っていたところであった。



「そういえば……」



 財団から配布された書類を纏めたファイルを取り出しペラペラと捲る。



「あぁ、あった。」



 お目当ての物はすぐに出てきた。なんでも取っておくもんだな、なんて思う。財団内クラブ活動の広報誌だ。

 SCP財団日本支部は福利厚生の一環として、自由なサークル活動を認めている。その結果、いくつかの条件を満たせば資金援助を受ける事もでき、好きなサークルを設立・運営する事ができるのだ。



「華道……登山……ボウリング愛好会……」



 アウトドアから手芸までありとあらゆるクラブ活動がずらりと目録に並んでいるが、折角ならば、筋トレも兼ねたものが良い。ずらりと並んだクラブ名を流し見ていると、とある1つのクラブ名が目に入った。



「財団神拳……?」



 神拳と言えば――――某少年漫画に連載されていた、筋骨隆々の主人公が繰り出す必殺技が真っ先に頭に浮かんだ。しかし、それらはあくまでもフィクションである。鼻毛を操るだの、両手を重ねてパーの形に開く事で衝撃波が出るだとか、凄まじいパンチを繰り出したりといった事を真似て真剣に訓練を重ねているようなものだったら、とんだ茶番なのでは無いか?だって本当にビームや衝撃波が出るなんて事は有り得ないのだから。


 しかし、思い返してもみろ。ここはSCP財団。科学的に証明されていない力や事象の研究もする、トンデモ組織だ。……本当に、衝撃波が出せる研究がなされているのかもしれない。

 ――だとしたら、魅力的だ。筋力で男性に劣る以上、対等に渡り合える何かしらの武器は身に付けたい。抜きん出たパワーが欲しいのは、誰だって同じだろう。一通りの武道は浅く広く嗜んできた身だ。ここらで、スキルアップの為に新たな武術を習得するのも良いかもしれない。


 そんな訳で、決心した橘は次のオフの日、訓練サイト"道場"を訪ねた。

 重厚なドアの横には、達筆で書かれた「財団神拳」の文字が木材に書かれて壁に立て掛けられていた。ドアには見学歓迎と書かれたボロボロの紙切れがセロハンテープで貼り付けられている。



「失礼しま〜〜す……」

 


 そっとドアを開き、中を覗き見るとあまりの光景に驚愕した。


 

『セイッッ!!ヤッッ!!セイッッッ!!!ヤッッッ!!!!』



 正拳突きを無心で繰り返す男達。凄い熱気だ。一体、何人居るのだろう。数えることすらできない。畳の上に等間隔に並んだ無数の財団職員が、ただひたすらに正拳突きを放っている。



「す……凄い」



 男たちのあまりに真剣な表情を見て、橘は場違いだったと一瞬で悟った。ここは、半端な気持ちで来るべきでは無い。真剣に神拳を学びたい者が来るべき場所だ。――帰ろう。橘がその場から立ち去ろうとした時、背後に強烈な存在を感じた。



「……見学かね。」



 ――老師。日本語読みでロウシ。中国語読みでラオシー。その表現が相応しいだろう。或いは仙人か。その老人が放つ圧倒的存在感と覇気。彼の前に立っているだけで理解る。彼こそが、この財団神拳の師範代なのだと。



「あ……あの、私……」



 緊張してしまって、口がうまく回らない。そんな橘を見て老人は目を細めた。



「……まぁ、中に入りなさい。見ていくと良い……。」



 立ちすくむ橘を老師は中に招き入れた。こう丁寧に対応されては逆に断ることもできず着いて行くしか無かった。老人が道場の中に1歩足を踏み入れると、正拳突きをしていた男たちが一斉に動きを止め老人に向かって深く一礼する。



「「お疲れ様です師範代!!」」


「…………続けよ」


「はッ!」



 老人の指示通り、男たちは再び修行に打ち込み始めた。この小型で痩せた老人のどこに人を従わせる力が眠っているのだろうか?あまりの統率力とそのカリスマに、橘は完全に委縮してしまっていた。



「あ……あの、貴方は……?」


「この道場の師範代だ。武者小路というものだ。」

 

「……武者小路さん。……折角道場に立ち入れて頂きましたが、やっぱり私帰ります。」


「待ちなさい。」



 踵を返そうとした橘を引き留める武者小路。静かに、深く染み入るその声に思わず橘は足を止めた。



「……君には資質がありそうだ。どうだ。修行してみないかね……。財団神拳を。」


「私が……財団……神拳を?」



 財団神拳――半信半疑だったが実在していたのか。財団神拳とは科学的根拠に基づく財団秘伝の徒手武術である。AからCクラスのあらゆる財団職員は門外不出のその技を習得する権利があるのだという。日本支部では、今なお財団神拳にまつわる伝説が残っている。それはこうだ――ウン年前、Dクラス30人の脱走が発生した際、とある博士がたった一人で、財団神拳の奥義を用いて暴走を鎮圧したのだ。

 


「私に資質なんて……。」


「拳を交えれば分かることだ。……一度手合わせ願おう。……武道の心得は有るか?」


「……マーシャルアーツは一通り。」



 マーシャルアーツ。それは近接戦闘の総称。事実、橘は幼い頃より柔道を学んでおり、中学・高校・自衛隊時代にありとあらゆる武道をその身に叩き込まれた。それ故、躊躇した――。相手は、師範代とはいえ老人。転んだだけで骨折してしまいそうな人物相手に本気を出すのは武士道に反すると感じたからである。



「見ての通り老耄だがみくびってもらっては困る。殺すつもりでかかってきなさい。一発入れてみよ。」


「…………。」



 気がつけば、弟子の男達は動作を止め橘達の様子を静かに見守っていた。……道場に張り詰めた静寂が心地良い。目の前にいるのは強大なプレッシャーを放つ、得体の知れない老人。油断はできない。



「……はぁあッ!!」



 彼女は老人の襟元を掴もうと俊敏な動きで手を伸ばした。そして、確かに彼の襟元を掴んだ筈だった。



「――――ッ!」



 痛みの方が、音より先行した。彼女の手は老人の鋭い手刀によりはたき落とされたのだ。じんじんと腕が痛む。

 掴ませてくれなさそうだと悟った彼女は、手を今度は硬く握りしめ、顔の前で八の字型に構えた。



「その闘志や、良し。」


「……怪我しても私を恨まないでくださいね」


「来い。」


「……ここだァッ!!」

 


 右から側頭部を狙ったストレート――と見せかけて顎を狙った下からのフック!!老人は防御姿勢も一切取らないでその場に突っ立っているだけだ。この一発、このスピードでは庇い様がない。




 貰った!!!!


 

 ――そう、橘は確信していた。

 老人の口元が動いたのを視認するまで。



「財団神拳奥義――力学的反射拳」


「!?う、ぐ…………!」



 橘の拳の真正面に正拳突きが放たれた。その瞬間、彼女の放ったパンチの運動エネルギーの向きが反転し、橘の拳に強烈な衝撃と痛みが走った。橘は思わず手を庇い、老人から距離を取った。



「ふっ……惜しかったな」


「どうして……。今のは一体……。」


「今のは君の拳の運動エネルギーを反転させただけだ。」


「まさかそんな事が可能だなんて……」


「分かったか?財団神拳の有用性が……。それより……君、私と対面して拳を交え……どう思った?」



 どう思った?それに対し何と答えればいいのか、橘は逡巡する。どういう返答をするのがベストだろうか。……いや、飾る必要はあるまい。正直に思ったことを話した。

 


「……楽しかったです。思いっきり人を殴ったのは久しぶりでした。」



 彼女の返事を聞くと満足げに武者小路は笑った。

 


「……やはりな。気に入った。君、名前は。」


「橘です。Cクラス職員。」



 こうして、橘は財団神拳を習得するために"道場"に通うことが決まったのであった。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author:Kwana

Title:SCP-710-JP-J -財団神拳-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-710-jp-j

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