それほどNじゃない③
103号室を出てSCiPが内容されているという部屋に向かう3人。チャーリーは「エレベーターは無いのか?」とスヴェンスカに尋ねるも築30年にもなる安アパートメントにはエレベーターもついている筈なく、仕方なく階段を上るのであった。
「……アノマリーの存在が発覚してからは、私が例の部屋を管理しているんです。その部屋の最後の住人はダミアン・ピスク氏。なんでも、お兄さんがダラム大学で数学者をやってたらしいの。」
「へぇ、大学勤めたぁ、いいご身分だな。憧れるねぇ。なぁエイダ。」
息も絶え絶えにチャーリーが相槌をうった。この階段はやたら1段1段が高く、脚にクる。100㎏超えの身体が悲鳴を上げているのだ。この程度の運動量でここまで疲労を感じるのは流石に良くない。流石のチャーリーも少し瘦せなくてはと思うのであった。
「そうね。大学は……楽しかったわね。懐かしい。もう一度学生になって大学に通うってのもいいわね。」
「おいおい、勤め先の話をしてるんだぜ。……まぁ、学生をやり直すってのも悪くないが。でも社会人の方が俺は好きだね……。」
永遠にも似た階段を登りきると、例の部屋があるという階に到着した。スヴェンスカが慣れたようにある一室の鍵を開けると、中に入るように促した。
チャーリーとエイダはバスルームに通される。バスタブの中のSCiPを視認した瞬間、この光景が異常である事を即座に理解した。それ程までに明らかな、見慣れないものがそこにはあった。
「さぁ、エイダ。……このオブジェクトについて、具体的な説明をお願いします。」
エイダの口元に視線が集まる。エイダはぱくぱくと唇を動かすが、バツが悪そうに肩をすくめた。
「あー……あの、ごめんなさいスヴェンスカ。私……期待に応えられそうに無いわ。」
「……それは、何故ですか?」
「何だろう……これを見て、感じた事を素直に喋ろうと思ったの。でも言葉が……脳に浮かばない。途中までは湧いてくるのにぷっつり無くなっちゃう。洗剤をたっぷり含んだスポンジを何度も握っているのに、泡が一切出てこないような……そんな感じ。」
スヴェンスカはあぁ、やっぱり。とがっくり肩を落とした。そのあまりの落胆ぶりに、エイダが慌ててフォローする。
「あぁあ、本当にごめんなさいスヴェンスカ。力になれなくて……。」
「……いいえ、エイダ。貴方は十分にやってくれました。貴方でさえ説明ができないということは、誰であってもできないということです。それが分かっただけで1つの収穫と言えるでしょう。根本的に、そういう事じゃない気がしてきました。やっぱり……他の手段を探すしか無いようですね。……でも、あぁ。どうしましょう。これじゃ報告書が書けやしない……。また怒られてしまうわ……。」
チャーリーが彼女と初めて会った時から何となく感じていたものが、はっきりとわかってきた。どうやら彼女はネガティブすぎるらしい。きっと仕事は丁寧なのだが、必要な情報が揃わない限り次の工程へ進むのをもたついてしまうタイプなのだろう。仕事にもそれが如実に表れているようで、このようなことは初めてでは無いように思われた。
「なぁ、スヴェンスカ。このオブジェクトのデータは何かないのか?流石に測量なりしているだろ。」
「あることにはありますが……。これです。どうぞ。」
スヴェンスカはファイリングされた資料をチャーリーに手渡した。それを眺めていると、チャーリーはあることに気が付いた。
「……説明できないわけじゃない。このSCiPは長さ170cm、重量55kgと記録されているじゃないか。しかも、口に出せるときた。」
「それが何よ……。……あっ!」
「気付いたか?数字で説明ができている。……客観的な尺度に基づいた数値でなら、このSCiPについて報告書が書けるかもしれないぞ。」
「確かに……どうして今まで気が付かなかったのでしょう?とれるデータは確かに有った。でも……数値で報告書を書くなんて、そんなの有りなんでしょうか?だって、報告書と言ったら文章で構成されているものが殆どですし、そうあるべきだと思っていました。」
「良いんだよ。財団の報告書、見てみろ。変な報告書だって山ほどあるさ。それに、ちゃんと最終的にそのSCiPの説明ができていて、特別収容プロトコルと収容レベルが表記されていたら立派な報告書だよ。」
「そういうものでしょうか?」
「そうさ。……なぁスヴェンスカ。俺にアイディアがある。思い切って誤伝達部門のBalance.aicを使うってのはどうだ?エリ・フォークレイ管理官なら昔世話になった事がある。俺から借用を頼んでも良い。」
「Balance.aic……?すみません、それは一体?」
「財団の誤伝達部門が開発した8-Ballフレームワークをベースに作成されたA世代人工知能構成体だ。」
「難しいわ、チャーリー。つまりその人工知能は何をしてくれる訳?」
「N度を測量してくれる。N度ってのは……そうだな……。この世のものが有する客観-相対的な性質だ。対象をSCiPと比較することで定量化が可能になる。」
「ええと……よく分からないです。」
「例えば……そうだな。コーヒー、カフェオレ、コーラのN度をそれぞれ”コーヒーのN度=90/カフェオレのN度=40/コーラのN度=5”とするだろ。……N度は何だと思う?」
チャーリーから突然出されたクイズに、エイダとスヴェンスカはなんとか答えようと考え込んでしまった。
「えぇ?……カフェインの多さかしら……?」
「ブブー。」
「……あっ。分かりました。苦みでは?」
「おう、スヴェンスカ正解だ。正しくは、俺が舌で感じる苦みのつもりだったがな。じゃあ、質問。N=40。これは何だ?」
「今の話じゃ、カフェオレなんじゃないの?」
「そうだ。まぁ、ざっくり言うとこのようにN度が何の尺度か明らかにして、そのうえで色々な物のN度と比較しまくって対象の正体を暴くってわけだ。」
「素晴らしいアイディアです、チャーリー!早速、その人工知能の手配をお願いしてもいいですか?」
「勿論。早速アポとってみるよ。」
こうして、Balance.aicは翌日スヴェンスカのアパートに届けられることとなったのだった。
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Title: SCP-4517 -それほどNじゃない-
Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-4517




