それほどNじゃない②
「ここで間違いないんだけど……。103号室ね」
チャーリーとエイダ、2人はリーズの町の片隅にひっそりと聳え立つ3階建てのアパートメントの前に降り立った。築年数が古そうなこと以外至って普通のありきたりなアパートである。メールには、この建物の一室を訪ねるよう指示があったのだ。
「このアパート、臭うな。」
「ねぇ、ちょっと見てよ。監視カメラだらけ!カメラを向けられるのは慣れているけれども、一方的に見られるのってあんまり好きじゃないのよね……。」
外観はごく平凡なアパートだが、一歩建物内に入ると異様な雰囲気が漂っていた。ロビーだけで4つもの監視カメラが設置されていたのだ。来訪者を注意深く睨みつけるように赤いランプがちかちかと点滅している。普通のアパートでこれ程の監視体制は誰が見ても異様と言わざるを得なかった。
「財団が買い取った建物は大体こうだろ。監視映像はRAISA職員へ送られて常に監視されているって訳さ。」
2人は指定された番号の部屋に辿り着く。チャイムを押すと、インターホン越しの女性の声が答えた。
『……貴方はミス・キャンベル?』
「ええ。そうよ。ここに来るように指示されました。」
『すぐに開けます。少しお待ちください……。』
そうして玄関ドアが開かれると、スラヴ人らしい見た目の女性が現れ2人を出迎えた。中で話しましょう、と彼女に言われ、2人は部屋の中に案内された。
物は多いが片付いた部屋で、どうやらその女性が住んでいるようだった。ダイニングの椅子に腰掛けると、用意していたと思しきコーヒーが良い香りと共に運ばれてきた。
「初めまして。私は財団エージェントのスヴェンスカです。……ミス・キャンベル。貴女を待っていました。」
「どうも。私は財団エージェントのエイダ・キャンベルよ。」
スヴェンスカは少し興奮気味にエイダに握手を求めた。エイダが少し引き気味なのがチャーリーには珍しく面白く映った。
「そちらは?」
「俺はチャーリー・アンダーソンだ。彼女と一緒に仕事している。」
「チャーリー、宜しく。来てくれて有難うございます。」
チャーリーはにこやかに微笑むスヴェンスカと握手を交わした。しかし、彼女は何かを思い出したかのようにすぐにその手を引っ込めてしまった。
「あぁ、そうでした。わたくし、貴方達に謝らなくてはいけません。……休暇中だったんですよね?ごめんなさい。私のボスったら、あのミス・キャンベルがイングランドに来ているからって強引に……」
あんまりにも申し訳なさそうにするものなので、休暇を邪魔された恨みをガツンとぶつけてやろうと思っていたエイダは拍子抜けしてしまった。元を辿れば彼女が悪いのではなく、お互いのボスが勝手に決めたのが悪いのだから……。そう考えると、エイダの溜飲は下がっていった。
「えぇそう……。休暇中だったわ。でも気にしないで、スヴェンスカ。よくある事よ。あと私の事はエイダで良いわ。」
「お気遣い有難うございます、エイダ」
「それで、私達は何をすればいいのかしら?」
「実は、貴方に言語化してもらいたいものがあるんです。」
「言語化?……それでエイダを呼んだってわけか?……おいおい、いくら有名なリポーターだからって、別に並みだぜ、こいつは。」
「並みですって?失礼ね!」
チャーリーはリポーターを行っている時のエイダの様子を思い浮かべるが、彼女からこれと言って光るコメントが飛び出る訳でも無いし、役に立つ事を言ってくれる訳でもない。当たり障りのない薄っぺらな言葉を並び立てるのが上手いだけである。
「でも、エイダは財団主催の形而上的認知言語化テストでtop10に入っていますよね?言 語化能力の高い彼女なら説明が出来るんじゃないかと思ったんです。財団に上位者の要請をしたら、貴方がたまたまロンドンに居ると聞いて。」
「top10?全職員中か?こりゃたまげた。エイダ、お前そんな特技があったのか。」
チャーリーは目をまん丸にして、むくれるエイダを見つめた。長い付き合いなのに秘密にするとは水臭い。
「言ったじゃない!高スコアだったって。でもその時雑に受け流されたわ。そもそも、なんの理由もなくリポーターの役職があてがわれる訳ないでしょ。」
「……まぁ、そういういきさつです。エイダ、貴方の力を借りたいんですが、構いませんか?」
「私でお役に立てるのなら喜んで。詳しく教えて頂戴。」
「有難うございます。まず経緯からお話ししますね……。私はこの街の不動産会社に潜入しているエージェントなんです。それで、先日このアパートの管理会社に住民の1人から電話が入りました。"ある住人のポストに郵便物が溜まっている。"と。調べてみると、家賃も暫く滞納していたみたいで。それで、最悪のケースが有り得るので、様子を見る為にその部屋に、私、管理会社の人と2人で入ったんです。」
よくある事だとチャーリーが呟いた。
「それで?」
「それが……説明が難しくって。」
「その部屋のバスタブに……なんというか、その……説明がしづらい現象が起きていたんです。」
「説明がしづらい?どう言う事?」
スヴェンスカは、エイダの目の前のコーヒーカップを指さした。
「たとえば……ここにコーヒーが一杯ありますよね。これの中にあるものをSCiPとして例えると、私はこれを”美味しそう”とか、”良い香りがする”という風に、喋る事ができないんです。 "ここに良質なキリマンジャロ産の豆を挽いて淹れたコーヒーが有ります。色は濃い茶色で、温かく、湯気が立っています……。香高く、美味しそう"……たったこれだけ。これが、そのSCiPについて言えないんです。」
「えーと、アノマリーはつまり……SCiPの説明……いや、感想が言えないってこと?」
「おそらく。まだ検証中なのですが……。何なら言えて何なら言えないのかがよく分かっていないんです。」
「成程な。認識災害の類かもな。」
財団で働いていると、このような不思議な現象に直面することも少なくない。特に、認識災害は財団職員にとって誰でも暴露する可能性を孕んだ、SCiPの危険な特性の1つである。中には話題に出すのも危険なものがあったり、報告書を読むだけで暴露してしまう事もある為、細心の注意を払う必要があるのだ。
「スヴェンスカ、その異常が発生している原因や条件とかは判明しているの?」
「いいえ、まだ全然分かっていないんです。私や他の財団職員に現地警察までもが、それを視認したけれど具体的な話題が出来なかったんです。認識はできるのに。なので、このSCiPの報告書にも直接的に説明を書けないから、どのような形で報告書に纏めようか悩んでいるんです。」
そう言うとスヴェンスカは表情を曇らせた。彼女のこの様子だと、報告書提出までに時間がかかりそうである。気の毒に思ったチャーリーは、彼女の仕事の手伝いをしてやろうと決意した。
「必ず法則性があるはずだ。エイダ、報告書が書けるよう彼女を手伝ってやろう。」
「言われなくてもそのつもりよ。スヴェンスカ、早速そのSCiPを見に行きましょう!」
チャーリーとエイダの協力的な様子を見て、スヴェンスカの表情は一気に明るくなるのであった。
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Title: SCP-4517 -それほどNじゃない-
Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-4517




