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アノマリー -from SCP foundation-  作者: 梶原めぐる
閑話③
77/94

覗き見るもの


 これを読んでいるあなた、一旦画面から目を離して窓の外をご覧になってください。カーテンを閉めているのなら、一気にバッと開くのが良いでしょう。窓の下部、右と左の隅をよく見る事です。

 

 ……誰かが部屋の中を覗いていませんか?

もし、誰かが居たのなら警察にでも電話しましょう。きっと親切なお巡りさんが解決してくれることでしょうから……。





〜「覗き見るもの」〜





 

 私は慌てて家の最寄りの交番に駆け込んだ。久しぶりに全力で走ったものだから、肺が軋んで脇腹が痛む。騒々しい私の慌てっぷりを見て、若いお巡りさんが驚いてしまっていた。



「お嬢さん、どうされたんですか。そんなに息を切らして。痴漢にでも遭いましたか?」


「ぁ……!あの、…………。」



 説明しようとしたけれど、喘ぎで言葉が出てこない。お巡りさんは「落ち着いて」と言って奥の部屋からペットボトルに入った水を持ってきて私に手渡してくれた。私はそれを受け取り、一口、二口喉に流し込む。冷たい水が熱暴走した体を冷やしていくのをほてった食道で感じているうちに、呼吸が次第に落ち着いていった。



「……あの、私、ストーカーに遭っているみたいなんです。」


「ストーカーですか。最近多いんですよね。……詳しく聞きましょう。こちらへお掛けになって下さい。」



 お巡りさんはパイプ椅子を座りやすいようにこちらへ向けてくれた。腰掛けて一息ついていると、お巡りさんは私と向かい合うように座り、メモを取る準備を始めた。



「あ……お水。すみません、頂いちゃって……」


「いえ、気にしないで下さい。それで、ストーカーというのは?……あぁ、いや。先に貴女のお名前と職業を教えて下さい。」


「新田あかりです。***大学に通う、大学生です。」


「新田さん、ですね。では、そのストーカーの事を教えて下さい。いつ、お気付きになりましたか?」


「はい……最初におかしいなって思ったのは2週間前です。……講義が終わって、家に帰る時でした。確か夜の7時くらいだったと思います。……人気の少ない路地でした。とは言っても、街灯もちゃんと等間隔に並んでいるような、閑静な住宅街です。私、歩いていました。……そしたら、なんだかカサカサ聞こえるんです。思わず立ち止まりました。」


「カサカサ?……それは、ビニール袋の擦れる音とか?」


「分からないですけど……なんていうか、もっと……。……もっと、意思を持った音でした。」



 お巡りさんは、はぁ、と生返事。これじゃあちゃんと聞いてもらえないかもしれないと恐れた私は、慌てて続きをお話しした。



「それで、それでですね。音のした方を見たんですよ。でも、誰も見当たらなくて。気の所為かと思ったんです、最初は。でも、私が歩き出すとついてくるんです。気配っていうか……。それが初めて存在に気付いた時の事です。それからずっと、そんな感じが続いていて……。」


「成程。誰かにストーキングされていたと。確かに、それは怪しいですね。……それで?今日も同じ体験をしたのですか?」


「ええ、そうなんです。ハッキリ見ました。私。」


「どこで何を見たのか、できるだけ詳しくお願いします。」


「さっき……つい、30分前くらいです。私、**駅を降りて、3丁目の公園の向かいにあるアパートにむかっていたんです。やはり、嫌な気配が私を追ってきていました。あぁ、今日もか。って思いました。スーパーにもコンビニにも寄り道せずに、アパートに急ぎました。駅を出てから、家まで10分くらいかかります。でも、かなり早歩きですよ。……それで、私の部屋は3階の最上階なので、急いで階段を登りました。本当はエレベータ付きの物件が良かったんですけど、家賃が良かったものですから……。兎に角、それでもう私はクタクタになっちゃって。家に着いて鍵を掛けたあと、ソファに倒れ込んじゃったんです。急いだせいで、息が上がって暑くて。北側の窓を開けて風を部屋に入れようとしたんです。それで、私……窓のカーテンを開けたんです。……そしたら………!」



 あぁ、ダメ。思い出して口に出すだけでも恐ろしくて震えそう。また心臓がドクドクして、涙がじんわり滲むのが分かる。その様子を見て、お巡りさんは私が口を開くのをじっくりと待ってくれた。私は、一言、絞り出す。



「……男の人が、こちらを覗いていたんです。」



 その時のおぞましい光景を勝手に思い出してしまう。



「……それは怖かったですよね。どんな様子だったか、話せますか……?」



 はい、と答えて出来るだけ鮮明な記憶を手繰り寄せる。



「首から上しか見えませんでしたが、髪型で男の人だと分かりました。多分、中年です。血の気が無い顔色で……。目元が落ち窪んでいましたが、黄ばんだ白目の、ぎょろっとした目をしていました。私と目が合って、そのひと、ぱちんと瞬きをしました。……半開きの口から覗く歯も黄ばんでいて、全体的に清潔感の無い顔でした。あぁ……恐ろしい。」


「成程……。でも、貴女の話だと一つ問題がありますね。」


「な……何でしょう。」


「貴女のお住まいは、アパートの3階なんですよね?」


「あ……」


「男はどうやって貴女の部屋を覗いたんでしょう?」


「え……?え、あ……」



 確か、あの窓の外の外壁には手すりの類は無かった。意識して見たこと無いけれど、配管パイプやハシゴ、階段も無かった筈だから、何かを伝って私の部屋まで登ってきた訳がない。お向かいの建物にも、そんなものはなかった筈だし、人が飛び移るには遠すぎる。

 じゃあ、どうやってあの男の人は私の部屋の窓まで辿り着いたのだろう。



「そんな…………。まさか、幽霊……とか?」



 昔、テレビで見た心霊番組のワンシーンを思い出した。撮影者が窓にふとカメラを向けると、人が窓の外に映っているのだ。しかし、その部屋も確か何階立てかの建物の、上の階だったというお話で、背筋が凍った憶えがある。まさにそのシチュエーションと同じではないか。何処かで、幽霊にでも取り憑かれてしまったのだろうか?しかし、霊感というものは皆無で、昔から恐怖体験とは無縁の人生を送っていたというのに。心霊スポットなんてのも、行ったことが無い。



「いえ、幽霊では無いと思います。」



 お巡りさんは、きっぱりとその考えを否定した。犯人の人物に心当たりがあって、幽霊では無いという確証でもあるのだろうか。私は、期待半分、怖さ半分で彼の言葉を待った。



「では……一体……。」



 お巡りさんは頓珍漢な事を言い出したから、私は耳を疑った。


「ヤシガニですよ。」



 正確に言うと、ヤシガニの近種みたいなものです。と呆気に取られる私に構うことなくお巡りさんは続けた。



「や……ヤシガニ?何です、それ。」


「ご存じありませんか。ホラ、沖縄なんかにいる、大きなヤドカリみたいな奴です。アレは美味いですよ。昔石垣島に行った時に茹でを頂きましたがね、中々旨味が濃厚で。」



 あぁ、あの……。と姿を思い浮かべるが、益々分からない。確かに、ずんぐりとしたハサミは身が詰まってて美味しそうだ。だが、そのヤシガニとストーカーと、何の関係があるのか、私は考えあぐねていた。



「ヤドカリって、貝殻に身を隠してるでしょ。あれです、あれ。そいつはね……貝じゃなくて人間のアタマを利用するんです。」


「ふ、ふざけないで下さい。そんな恐ろしい生き物、聞いたことありません。……私を揶揄っているんですね?」


「いいえ、至極真面目にお答えしているんです、僕は。貴女の為に、真実をお話ししているんですよ。」



 何の話をしているのだろう、このお巡りさんは。私を安心させる為に冗談を言っているのだろうか。私は訳も分からずに混乱していた。

 


「そのヤシガニもどきはね、宿替えの為に貴女の頭部を狙っていたんです。……ホラ、生首って腐っちゃうでしょ。だから、次の頭を探していたんですよ。鋭いハサミで頭だけ切り取っちゃうんです。」



 ヤドカリが人間の頭を背負って、そして私の頭が狙われているですって?……そんなの、信じられる訳がない。このお巡りさん、アタマがどうかしちゃってるんだ。じゃなきゃ悪趣味な冗談だ。



「……も、もういいです。他の方は居ないんですか?……あなたじゃなくて、他のお巡りさん。」


「何故です?私はちゃんと誠実に貴女の対応をしているのに。」


「ここに来たのが間違いでした。帰ります。」



 私はなんだか嫌な感じがして、慌てて椅子から立ち上がった。そして最後に何か一言言ってやろうと顔を上げた瞬間だった。

 


「あぁ!待って下さい。」



 プシュ、という音と共に顔に飛沫が掛かった。薬の匂いがする。一瞬、何をされたのか分からなかったが、薄目で見るとお巡りさんは、私の顔面目掛けてスプレーのようなものを噴射したのだ。



「貴女はもうストーカーに悩む必要はありません。」


「な……何を……?」



 なんだか、猛烈に眠い。思考にモヤがかかったかのようだ。……あれ、わたし、なにを喋っていたんだっけ?思い出せない。……とりあえず、椅子に座ろう……。



「こちら、アヤベ。アノマリーの存在を確認。直ちに現場に向かい調査・捕獲せよ。」



 お巡りさんが、誰かに連絡している。……あぁ、そうだ。ストーカー、捕まえてくれるんだ……。



「さぁ、僕の話をよく聞いて下さい。貴女に付き纏っていたストーカーは、逮捕されました。貴女はもう、ストーカーに悩む必要はありません。」


「……もう、ストーカー、いない?」


「えぇ。あと1時間もすれば。さぁ、それまでゆっくりなさって下さい。」



 そう言うと、お巡りさんは奥の部屋に引っ込んでしまった。

 ……静かだ。誰もいない交番に、私は1人。

 …………なんで私、交番にいるんだろう。

 まぁいいや。もうちょっと休ませてもらってから家に帰ろう。


 晩御飯、何にしようかな。……なんだか無性に、カニカマが食べたい……。カニカマサラダでも作ろうかしら?

 ……帰りにスーパーへ寄って帰ろう。もうしばらく、休んだら。

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author: home-watch

Title: SCP-289-JP - 覗き見るもの -

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-289-jp

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