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アノマリー -from SCP foundation-  作者: 梶原めぐる
Cクラス職員 赤城のリベンジ
76/94

わんわんわんだふる⑦完

 

「ワ……ワンワンワンワンワンワンワン!」



 おかしくなった橘がハッチから引き摺り出される。脱力しているのか、身体を支えるも自力で歩こうとしない。それにはだらしなく垂れ下がり歯茎を剥き出しにして喚き散らしている。普段整然とした態度の橘のあんまりにも変わり果てた姿を見て赤城は流石に今すぐ何とかしなければと思った。

 彼女の様子を注意深く、且つ素早く観察すると、彼女の腕にまとわり付くテニスボール大程の肉塊が目に入る。先程、アノマリーと交戦した際に彼女に付着したものだ。



「有坂君!そのぐにゅぐにゅ取って!」



 橘の最も近い位置にいる有坂に指示を飛ばすも、肝心のその男といえばおろおろしながらちょっと触っては女子みたいな悲鳴を上げ何とも頼りない有様だった。

 


「えぇ、素手で?手袋無い?」


「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

 


 原因はその腕に絡み付いたアノマリーの断片で間違い無いと赤城のカンが働く。橘達はハッチ内に潜入した初期段階では化け物と対峙してもおかしくならなかった。つまり、その時には条件が彼女がおかしくなる条件が満たされていなかったのである。室内のみの視覚情報によって引き起こされる精神汚染の類では無いと考えたのだ。健常者が突然おかしくなるには必ずトリガーがある。財団職員として生活していると、世の中のほとんどの物が何かしらのアルゴリズムに則って動いているということが良くわかる。

 赤城の指示通り有坂が渋々肉片を剥ぎ取ろうとするが、肉片はしつこく橘にくっついて取れない。

 


「駄目かも。全然取れない」



 長時間このままだと、もし治ったとして橘の精神に後遺症が残るかもしれない。一刻も早い判断が求められていた。



「どうしましょう、赤城さん……」



 宮本が不安そうに赤城の顔を覗き見た。その不安気な表情が、赤城の脳裏に先日の嫌な思い出を蘇らせた。

 周囲からの失望の声、侮蔑のまなざし。――あれはきつかった。しばらく自室から出るのが億劫になってしまった程だった。

 社会人n年目の今でも常々思う。大人ならそれらのプレッシャーが平気だと、神話のごとく世間では信じられているのだ。親や学校の教師が問題を解決していたその姿を見て、子供の時は漠然と「大人なら何とかなる」と思っていた。いざ、自分が大人になるとあの頃の大人達はどうしてああも頼り甲斐があったのだろうと不思議な感覚に陥るものである。

 大人でも……いや、大人だからこそ耐え難いものがあるのだ。子供じゃないからと、誰かが必ずしも正しく導いてくれるとは限らない。何か自分が間違っていたとしても指摘してくれる人は限られているし、それを「今のは不味いか」と察して自己認識をアップデートしていくしか、社会に適合していく方法は無い。年齢とキャリアを重ねれば重ねるほど、その傷は深くなっていく。俗に言う、自己責任の圧に耐えかねているのだ。せめて若いうちだと自然治癒力があるというものを……。

 いかんせん、失敗を恐れていては目の前の若者の命が危ない。「私は変わるの」心の中で強く叫ぶと、赤城は震える手を握りしめ、声を振り絞った。

 


「……急いで病院に向かうわよ。宮本さん、財団直轄の病院の場所まで車を回して。佐々木さんはごめん、Dクラス職員達を頼める?彼らは研究所行きだと思うけど、ひとまずフリーのCクラス職員の応援を呼んで頂戴。」


「了解です。車まわしてきます。」

 

「わかった。この後の指示はそっちから貰う。早く行ってやんな。」


「有難う」

 


 2人に指示を飛ばす。二人とも、嫌な顔ひとつしなかったことに人知れず安堵した。そう。大丈夫、仲間だ。恐れるな。一緒に働く、志を同じくした仲間なのだから。彼らが私の指示を信じてくれるように、私も彼らを信じなくてはならない。本来であれば最後まで現場を監督するべき立場にあるのだが、奮闘してくれた橘をこのまま誰かに預けてしまうのは嫌だったのだ。

 ふと我に帰ると不思議なものだ。自分も含め、財団職員なんて使い捨ての道具だと思っていたのに何故だか彼女をそうしてはいけない気がした。自分が捨てられそうな立場に立たされたからだろうか。それとも、彼女が部下ならと一瞬想像してしまったからだろうか。

 

 

 そんなことを考えながら、宮本の車に乗り込んだ赤城達は最寄りの病院に急いだ。小さいが財団管轄の地方病院である。緊急外来に回された橘は()()()に搬送された。


 橘の腕に纏わり付いた肉塊は無事に採取され研究機関に回される事となったが、橘の精神異常は収まらず、担当医からは日本支部で適切な処置を受ける様勧められた。ひとまず命に別状はないと知り、赤城は胸を撫で下ろしたのだった。

 











 


 C-23674 赤城ちゃんへ


 どうやら上手くやったようだね。

 事態は好転したようだ。アノマリーへの対処法が確立されたのだと報告書を見て知ったんだ。それでお礼の連絡を入れたって訳。特別収容プロトコルやら諸々をアップデートしないといけないな。いやぁ、君に任せて良かった。上に良い報告ができる。

 それで、どうだった?……何がって、君につけたCクラス職員だよ。上手く使えたかい?君にとってはいい刺激となっただろう。後続を育てるのは組織にとって重要なことだ。キャリアアップによって若手の育成も業務に含まれるようになるのは君の性格上負担かもしれない。しかしすべては組織の潤滑な運営の為だ。まぁ、そんな訳でまた君と組ますかもしれないから宜しく。彼らの成長と共に君もまた成長できることを願っているよ。

 今後の活躍に期待している。



 君の愛する上司 周防より

 


 








 


 

狭い、臭い、痛い、苦しい、寒い、ひもじい……。でも仲間、いっぱい。


 

 

「……世那ちゃん、起きて。世那ちゃん。」



 微睡の中で――誰かの声が聞こえる。ちょっと前に聞いた声だ。誰だっけ。

 ぱち、と瞬きをした瞬間、橘の視界には見覚えのある女性の顔が飛び込んできた。

 


「ワンワンワ……。…………。めぐみ?」



 橘ははっと自分の口を覆った。今、勝手に口が動いていた気がしたのだが、……気のせいだろうか?何ともない。それよりも、目の前にめぐみがいることに驚いてしまった。彼女と実際に顔を合わせるのは何か月ぶりにもなる。電話ではちょくちょく近況報告や仕事の愚痴を言い合ったりしていたのだが、なかなかお互いのスケジュールが合わなくて会えずにいたのだ。



「世那ちゃん!気が付いたんだね。」


「私は一体何を?……ん?あれ?」



 どうやら日本支部の中央医務室にいるようだ。いつから記憶が無かったのか思い出せない。仕事の途中だった気がするのだが、結局あのアノマリーたちはどうなったのだろうか。

 覚えている事を捻り出そうと頭を稼働させていた時である。ベッド同士を仕切るカーテンがシャッと開かれ、見知った面々がやって来た。



「センパイ寝ぼけてる?医務室だよ、ここ。」

 

「橘さん、意識が戻ったのね。よかった……。」



 途端に病室が賑やかになると、有坂・赤城と入れ替わりで、めぐみは静かに退室していった。彼女ともう少し喋りたかったなどと考えながら、橘は赤城に詫びを入れた。

 


「赤城さん……ご迷惑お掛けしました。」


「そんな事ないわ。あなた達のおかげで、今回の仕事は成功したんだもの。むしろ、ごめんなさい。危険な目に遭わせてしまって……。まだ若い女の子なのに。」


「この国の為……いえ、人類の役に立てるのならなんて事無いです。」


「橘さん。そういうところイケナイわ。自分をもっと大事にして。自分を大事に出来ない人は他人にも優しくする事は出来ないものよ。……いいえ、こんな場所で説教なんて相応しくないわね。」


「あは……すみません。以後改めます。」



 橘は申し訳なさそうに頭を掻いた。そんな彼女を見てか、有坂がわざと大きな声で喋る。

 


「そうだよ。折角治ったんだったらパーっとやろう。どう?酒なんか買って何処かで飲むの。俺、そういうの夢だったんだよね」



 有坂の提案に赤城と橘は思わず吹き出してしまった。何とまぁ、良い意味で空気が読めないと言うか無邪気な男だ。こんな平和ボケした人材は財団内ではもはや絶滅危惧種の様なものである。



「勿論、赤城さんも」


「あら?……いいの?」



 赤城は思わぬお誘いに驚いたが、たまには若手に混じって酒を飲むのも悪くないかと思い直した。そう言えば、ウン年前までは飲み会の類は大好きだったのだ……。


 たまには、下の世代と一緒に飲むのも悪くない。赤城は内心はしゃいでいるのを悟られない様に、「良いわよ」と返したのだった。

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author: broken_bone

Title: SCP-070-JP - わんわんらんどと犬ではないなにか -

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-070-jp

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赤城は良い上司になれるな
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