わんわんわんだふる⑤
3日後 10:25
とある集合住宅の一室に、財団職員達は集合していた。
家具や衣類などはこの部屋の住民だった件のペットショップオーナーの持ち物である。オーナーが財団によって身柄を拘束された後、財団職員がアノマリーの発見当時の状態を保つために部屋の管理をしていたらしい。ある程度片付けられているが、いかにも一人暮らしの中年男性の部屋といった様相だ。部屋のサイズに見合わない人数で少々息苦しい。
「皆、準備は良いかしら?」
赤城は集った面々を見渡していた。赤城、橘、有坂、宮本と招集された機動部隊員の佐々木、そしてD-24864の6名である。
「はい。橘、いつでも出動可能です。」
「それじゃあ最終確認をするわね。私と宮本さん、有坂君はここで待機。潜入部隊が帰還できるよう、サポートをするわ。そして橘さんと佐々木さん、D-24864の3名はハッチ内に侵入。例のDクラス職員2名を救出することが目的よ。佐々木さんはアノマリーが出現した際に交戦をお願い。橘さんはD-24864のサポートと報告を。」
「承知しました。……佐々木さん、初めまして。生きて戻りましょう。」
橘が佐々木に握手を求めると、佐々木は爽やかに微笑みそれに応えた。手袋越しに伝わる、掌のごつごつとした質感。彼が死線を潜り抜けてきたことの証明だ。
「おう。あんたには手一つ出させねぇ。ハッチの中から出られなくなったら……。ま、そんときゃそん時だ。よろしくな。」
それを訳わからなそうに眺めるD-24864。恐らく何も知らされずに連れて来られたようで、話の意味すら理解できていないようだった。
「い……今から一体、何が始まるって言うんだ?俺をどうするつもりだ、コラ!」
「貴方は私の指示に従ってください。……じゃないと命の保証はできない。」
「んだと、クソアマ……」
橘が手元の機械のスイッチを押すと、Dクラス職員の男は短い悲鳴を上げて悶え始めた。彼女が握っているのは電流が流れるDクラス職員調教用の装置のスイッチだ。反抗的で、業務に支障が出る恐れのあるDクラス職員をあてがわれた時によく使用する代物である。彼は今回囮役である。勝手な行動をされるとうまく機能しない可能性があった。
「貴方のためです」
橘がそう告げると、息も絶え絶えにさらに分からない、といった表情で大人しくなってしまった。
「有坂君……。どう?ハッチは。あなたに開けられる自信は出てきたかしら。」
「はぁ……どうって言われても。このハッチ、只のどこにでもあるような床下収納のハッチだよ。鍵なんてそんな大層なもん付いていないじゃないか。持ち手になるツマミを収納面から押し出して引っ張る。……ただそれだけじゃないか。」
「有坂、弱気なこと言うな。私たちの命はお前に掛かってるんだぞ。」橘が有坂の背中をぽん、と叩いた。
「んなこと言ったってぇ……。ほんとに、これが開かなくなんの?鍵もクソも無いよ。信じられないぜ。」
「まぁその時は……。私もクビ覚悟ね。有坂君、本当に頼んだわよ。」
「脅さないでくださいよ。俺、嫌だな。責任感じちゃうって。」
「……よし。定刻だ。行きます。」
10:30。橘がハッチの蓋を開けた瞬間、籠った黴臭い匂いが解き放たれる。本来、貯蔵スペースになっている筈のハッチの先は、どこか古びた建物の一室に繋がっているらしい。
「気を付けてね」
「はい。行ってきます。頼むぞ、有坂!」
橘・佐々木・Dクラス職員の3人はハッチの中へ次々と姿を消した。3人が完全に降りたところを見計らって、赤城はハッチを閉めた。
『こちら、赤城。橘さん聞こえる?』
『こちら、橘。聞こえます。ハッチが閉められたのを確認しました。D-24864を先頭に、中の様子を中継します。』
インカムから鮮明に聞こえる橘の声に、Dクラス職員の男の泣き言が混ざるのが聞こえた。
「……何だってんだ、ちゃんと説明してくれよォ!」
「貴方はそのビデオカメラで中の様子を撮影して下さい。私の言った方向に進む事です。」
「わぁったよ!撮りゃあいいんだろ、撮りゃあ。」
「佐々木さん、何か感じますか?」
いつでも発砲できるよう、銃を前に構えて前進する佐々木。神経を尖らせ、あらゆる気配に気を配っている。
「……いや、何も感じないな。物音一つしやしねぇ。それが逆に不気味だ」
「……では、進みましょう。D-24864、隣の部屋へ進んでください。」
「普通銃持ってる奴が先頭だろ!何で俺が先頭なんだ。」
「黙りなさい。ほら、早く歩いて。『……こちら橘。異常なし。隣の部屋に移動します。』」
先程の電流が応えたのかDクラス職員の男は渋々と前に向き直り、恐る恐る歩くその後ろを2人は続いた。
最初に降り立った部屋の隣の部屋には、映像記録の通り窓や棚がある。橘はそっと窓の外を覗いた。窓の外には古びた看板と「わんわんらんど」の文字が書かれている。
「……今の所、報告書通りですね。」
「あぁ。だが……本当に報告書の通りなら、この階段の上に奴さんがいる筈だぜ。」
「……登りましょう。D-24864、行って下さい。『こちら橘。D-24864に階段を上ってもらいます』」
「わかったよ」
ギィ、ギィ……階段を上るたびに軋んだ音がする。階段の近くの天井が雨漏りしているらしく、階段の一部が腐っていたのだ。3人同時に上ったら、崩れ落ちていたかもしれないと橘は思った。
「……なんだか、おっかねぇ。なんだ、これ。なんだ。」
あと少しで2階に着く、といったところで急にD-24864が怯えだした。腰を抜かしたようにその場にしゃがみ込んでしまった。
「早く行け!」
「無理だ、無理……。待て、何かいやがる!……犬?いや、犬じゃねぇ。何だ、お前!……うわ、やめ…………」
ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン
歌が聞こえた瞬間、D-24864が2階に吸い込まれるかのように姿を消してしまった。暗くてよく見えなかったが、何かに連れ去られたようにも見えた。
「佐々木さん!」
「あぁ。アンタは下がってな。」
『こちら橘。D-24864が例の階段を登ったところ、アノマリーと遭遇。これより迎撃を試みます!』
『了解』
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Author: broken_bone
Title: SCP-070-JP - わんわんらんどと犬ではないなにか -
Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-070-jp




