わんわんわんだふる②
「とにかく現場に向かいましょう」そう赤城が促すと、3人は喫茶店を出て、駅付近の人気のない駐車場に向かった。財団が用意していたのは、いたって普通のありきたりな軽バンだった。運転席には橘が、助手席には赤城が、後部座席には有坂が乗り込んだ。
橘がカーナビに目的地の住所を打ち込んでいる間に、赤城は後部座席を振り返り有坂に話しかける。
「貴方達は今回の仕事、どこまで把握してる?」
仕事に取り掛かる前に、彼らが本当の意味で仲間なのかを知る必要があった。もしかしたら自分を裏切り、わざとヘマをさせるような工作を図るかもしれない。
「えーっと、ハッチの中に閉じ込められたDクラス職員を救出するよう言われてますけど。詳細は赤城さんから聞くようにって。」
有坂の言葉に橘が続ける。車はゆっくりと発進し、予定地へと向かい始めた。
「なんでも、そのハッチこそがSCP-070-JPなんですよね。にわかには信じがたいですが異空間に繋がっているとか。……それだけじゃなくて、中には恐ろしいアノマリーが待ち受けていて。過去に行った調査で、ハッチ内に侵入したDクラス職員がそれに襲われて戻ってこなくなったって……。」
彼女らが自分の監視で送り込まれていたとすればどこかしらにボロが出ると思っていた。それを探る為に話題を振ってみたが、到底演技をしているとは思えなかった。特に橘の方は演技が出来る性格には見えない。素直に何でも受け答えするタイプの愚直さがある。どちらかといえば、この舐めた態度の男……有坂の方が正体を隠している可能性が有りそうだと赤城は感じていた。それに、二人は最低限の情報を知らされているようで安心した。もし仮に予備知識0で送り込まれていたのだとしたら、怒り心頭になるところだったからだ。――私の思い過ごしだったかもしれない。だとしたら、それはそれでよい。問題解決の為に彼女らを信じるとしよう。
「この探査ログを見て頂戴」
赤城はバッグから小型PCを広げ、運転中の橘にも見えやすいように角度を調整し、ある映像を再生させた。
《『中に入った…映ってる?』》
声の主は撮影者の女のようだった。慣れないハンディカメラで周囲を撮っているのか、ブレた映像の中に朽ちた建物の内装が映っている。壁に小さな扉があり、開くと広い空間に出る。
《『はい、カウンターの内側に出てきました。中は…ペットショップだったのかな?左の壁に棚が並んでいる』》
「これは?」橘が横目で画面を観ながら尋ねる。
「070-JP-BB-2よ。D-42671を使用して行った調査の映像ね。」
窓の外は寂れた田舎のようで、店の外に設置されたボロボロの看板には「わんわんらんど」の文字。D-42671が今度は店内をくまなくカメラに収める。壁のクロスがところどころ剥がれ、壁材が剥き出しになっている。カビや埃がそこら中に溜まり、長い間放置されていることを物語っていた。床には開きっぱなしの檻がいくつも並ぶがいずれも空だ。店内は少し犬のにおいが残っている、と彼女は話す。
《『ここの棚はペットフードを並べてたんでしょうね…そして玄関のドアは…鍵がかかってるのかな、開かない…ん?』》
急にD-42671の動きが止まる。何かを発見し困惑の声を漏らした瞬間、画面がバツンとアニメーションに切り替わった。画面に向けて手を振る犬。そのポップなアニメーションとは裏腹に、半狂乱になったD-42671の叫び声が響く。
《『窓、窓から…』》
それから、ぱったりと彼女の声は聞こえなくなってしまった。その暫しの沈黙のあと、奇妙な音声が延々と続く。
《『ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン』》
《『ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン』》
《『ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン』》
赤城は映像の一時停止ボタンを押した。
「…………以上よ」
「…………。」
意味の分からない現象に橘は背筋が薄ら寒くなるのを感じた。
「超ホラーじゃないっすか」
橘は薄っぺらい感想を述べる有坂に呆れた目を向ける。
「最後に続く、この犬の鳴き声のような音声の中には前回調査で使用したDクラス職員の音声が確認できたわ。おそらく……これは私の推測に過ぎないけれど、潜入したDクラス職員はアノマリーに取り込まれたわね。」
「取り込まれたって……。じゃあどうすれば彼らを救出できるんでしょうか。正体も姿も分からないアノマリー相手じゃどうしようも……。」
「橘さん。私達は正体が分かっているアノマリーを相手にする事の方が少ないのよ。だからその為に私達は団結して知恵を振り絞るの。」
だから、と赤城は続ける。
「貴方達の意見を聞かせて欲しい。……潜入したDクラス職員達を襲ったのは一体何だと思う?」
橘は少しの間唸っていたが、少し経ってぽそぽそと予想を話し出した。
「そうですね……。彼女らは精神汚染を受けたように見えました。ただのペットショップの跡地がそのような効力を持っているとは思えませんが、何らかの理由でこの場所にはそのような力があるのかもしれません。ここに送り込まれた者は、土地の影響で幻覚や幻聴を見るのだと……。そう予想します。」
「成る程ね」
あり得ない話ではない。赤城は素直に感心した。事実、アノマリーの中には人間の精神に悪影響を与えて奇妙な行動をとらせるものも多い。かといってアノマリーには思考や感情というものが無い場合が多いため、なにが目的かも分からないのが現実だが。
「貴方はどう思う?」
赤城は有坂に質問を振る。正直なところ、彼にはあまり期待をしていないが、それでも一応聞いておいた方が親切な上司に見えるかと思ったのだ。
「俺?そうですねー。うーん。センパイとは大分違うけど。俺は、ペットショップにいた動物達が何らかの理由で大量死して、やばいモンスターになった、みたいな印象かなぁ。ホラ、ずっと誰かがワンワンって歌ってたし。多分そいつらですよね。」
「……貴方、今なんて言った?」
「え?」
「ずっと誰かが歌っていたですって?」
「はい、そうですけど」
予想外の返答に赤城と橘は思わず目を見合わせてしまった。
「……有坂、何て歌っていたか覚えているか?」
「え?……まぁ、うん。ハッキリ聞こえたわけじゃないけど」
「教えて頂戴!もう一度観ても良いから。」
「いや、覚えてる……。えーっと。」
「《ワンワンワワワン ワンワンワン わんわんらんどは僕の家》……って聞こえた。何か他にも言ってたけどモサモサして聞き取れなかった。」
何故有坂がアノマリーの音声を聞き取ることができたのか、いやそれよりも。――この男、使える。
赤城は汚名返上に明るい兆しを見出していた。
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
Author: broken_bone
Title: SCP-070-JP - わんわんらんどと犬ではないなにか -
Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-070-jp
 




