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アノマリー -from SCP foundation-  作者: 梶原めぐる
閑話②
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のあちゃんとせきみちくん②完


 夏の初めには、学校のプール掃除を希望する生徒が絶えない。冬の間ほったらかしにされていたプールには落ち葉や空気中のごみが堆積してヘドロが溜まっているのをT字の掃除用具で搔き集めてプールの外に出すのだ。汚いから嫌だと言う子もいるが、足の裏に感じるぬかるみの感触はおもしろい。珍しい虫やイモリなんかもいる。それは宝探しのようだったし、先生がホースで水を掛けるのだが、たまに生徒にも悪戯で水を浴びせるのが皆面白くて堪らなかった。生徒は水をかけてほしくてわざと先生のそばに集まるものだから、掃除というより水遊びみたいなものだった。大掃除はプール開きの儀式みたいなものなので私も去年ゆいかと参加した。

 でもどうやらせきみちくんは塩素のにおいがする水よりもヘドロの方が好きみたいで、綺麗になったばかりのプールにどぼんと沈んであっという間に水を汚してしまう。なんだか一緒の水に浸かるのが気持ち悪くって、せっかくのプールの授業が台無しになるようだった。先生達も、生徒が見学したがるのを止めはしなかった。

 だから、思いっ切りプールで遊ぶためにこの町に住む子供たちは電車に乗って町を出て、隣町にある大きくてきれいなプールを選ぶのだ。


 子供だけじゃなくて、大人でさえもこの小さな町から離れようとするみたいだった。もちろん、隣町は市の一部なのもあって都会だから最新のショッピングモールがあり、そっちの方が品数も多いしおしゃれなものも多い。だからお洒落な子は隣町に遊びに行く。

 でも理由はそれだけじゃなくて、隣町にはせきみちくんがいないから、その非日常感を味わいに行くのだ。道路を歩いていても、カフェに入っても、せきみちくんがいない。心なしか、私たちの町より車も工場も多くて空気が汚れている筈なのになんとなく澄んでいるような気がする程だった。あの町にいると嫌でもせきみちくんが目に入るから、初めて隣町に行ったときにはせきみちくんが1人もいなくて驚いた。


 

 日曜日の朝、ゆいかのパパが車で迎えにきてくれた。車に私が乗り込むと、ゆいかが可愛いネイルを見せてくれた。水色の地色に、ひまわりのイラストやハートが描かれている。学校に着けていくと怒られるからこの土日だけだと残念そうな表情を見せた。

 

「雑誌の付録でネイルシールが付いていたの!除光液で取れるらしいからプールも大丈夫なんだって!」


「いいなぁ、可愛い!」


 まるで宝石みたい。間近でじっくり見せてもらうと、絵柄の一つ一つが異なっていて、くっきりしていてより綺麗に見えた。羨ましくはない。私は大人になったらこの田舎町を出ていっぱいオシャレを楽しむのだから、その時まで楽しみはとっておくのだと自分に言い聞かせた。そう、いちごのショートケーキだって、私は最後までイチゴを残しておくタイプ。幸せなお口で締め括りたいのだ。

  

 市営プールは最高だった。ゆいかは言っていた通り可愛い上下セパレートの水着を着ていた。おへそが出ていてちょっとセクシーだったけれど私は去年買ってもらったワンピース型の水着。可愛さでは負けていないと思う。最初はちょっと羨ましかったけれど、無心で遊んでいるうちに水着の形なんてどうでもよくなって行った。


 泳ぎ疲れてクタクタになるまで遊んだ後は、最寄り駅まで電車で帰ってきて、ゆいかのパパに家まで送ってもらった。玄関先で、ママが手土産を持ってお礼を言いに出てきた。大人2人がお話している間、私とゆいかは今日という素敵な1日を振り返り余韻に浸っていた。


「また遊ぼうね、のあ!今日はすっごく楽しかった!」


「わたしもすっごい楽しかった!また学校でね!」


 ゆいかは私の大好きな友達。ゆいかがいない学校なんて信じられないし、きっとゆいかがいない学校はひどくつまらないだろう。だから、それを確かめるかのように自然と言葉が出たのである。


「ね、私たちずっと友達だよ」


 そう言って、私が差し出した小指をじーっと見つめ、ゆいかは小指を絡ませた。まるで蛞蝓が睦み合うように、私達の小指は絡み合う。


「ゆーびきーりげーんまん、嘘ついたら針千本のーます!指、きった!」


 名残惜しく私達は指を離して微笑んだ。夏の夕暮れとは寂しいものだ。「帰るよ」とパパさんに呼ばれ、ゆいかは元気よく車の後部座席へと帰って行った。ママと私は車が見えなくなるまで見送った。ふと家の方を向くと、開けっ放しの玄関から伸びる廊下の奥でせきみちくんがうらやましそうにこちらを見ているのが目に入った。傾きゆく夕日が未だに熱を帯びていてじわじわと蒸し暑いのに、その視線を感じた瞬間、背筋がぞわぞわとした。あのときのせきみちくんの妬ましそうな笑顔は暫く忘れられそうになかった。

 





 それから一週間後のことだった。

 ゆいかは学校を急に休んだ。あずさ先生がHRでゆいかの休みを告げると、仲のいい子がどうしちゃったのかな、なんて呟くのが聞こえた。私は、プリントを渡すために後ろの席を向く事が無くなって、ちょっとラッキーだなんて不謹慎にも思ってしまった。

 そしてさらに数日経ち、ゆいかのいない生活にも慣れた頃、ゆいかは久しぶりに学校に顔を出した。「寂しかったよ」と声を掛けようとして私は思い留まった。ゆいかは指先に包帯を巻いていた。左手の指全部と右手の小指の6本がぐるぐる巻きにされている。私もクラスメイトの皆も、その手はどうしたの?なんて怖くて聞けなかった。だって、そんなの決まっている。

 ()()に遭ったんだ。だから6枚爪を剝がしたんだ。でも、どうしてゆいかが祟りに遭ったんだろう。

 

 暗い顔のゆいかにどう声を掛けて良いか分からなかった。それでもゆいかは後ろの席の友達だ。声をかけるべきだと私は決心した。

 

「ゆいか……おはよう」


「おはよう、のあ」

 

 私が挨拶するとゆいかは小さな声で挨拶を返した。そしてしばらく黙った後、私の耳元でこう言った。


「ねぇ、ちょっとこっち来て?」


 きっと、ゆいかはどうして祟りに遭ったのか聞いて欲しいのだ。HRまでまだ時間がある。私は頷くと、ゆいかは私を教室の外まで連れ出した。


 ゆいかはあのね、と言い淀む。私はゆいかが話す決心がつくのをじっと待った。

 

「あのね……産まれた私の弟、せきみちくんだったの。顔が……顔がぐにゃぐにゃしてて、体も沸騰したお湯みたいにポコポコしてて……ベビーベッドに寝かされたせきみちくんを見て私……吐いちゃって。私、せきみちくんが弟だなんて嫌だって泣いたの。そしたら怒ったパパに爪を剥がされちゃった。……すごく怖かった。なんで私がそんな目に遭わなきゃいけなかったのかなぁ?ねぇ、私ってそんなに悪いことしたかな!?」


 あの優しそうなパパから怒られたら、それは怖かっただろう。ゆいかはぽろぽろと涙を流した。私は、震えるゆいかの手をそっと握った。

 

「そっか……それは……ゆいかが悪いよ。」


 私がそう答えるとゆいかは驚いたように目をまん丸にして、顔を歪ませた。


「だってさ、せきみちくんに酷い事したら祟りに遭って死んじゃうんだよ!でも、爪6枚で許してもらったって事じゃん!むしろ感謝しなきゃいけないと思うけど。」


 ゆいかは驚きで声が出なかったようだった。信じられないといった面持ちで、私の言葉を反芻しているみたい。


「…のあは本気で言ってるの……?」


「普通の事でしょ?ウチだってそうだよ。他の友達だって、あずさ先生だってそう。この村じゃそれがルールじゃないの?」


「でも、でも……!のあは自分の家族がせきみちくんだったら嫌じゃない!?家に帰ったらせきみちくんが居るんだよ?!それに、パパもママも私に何かを隠しているみたいにしちゃって。これが、私が大人になるまで続くと思うと……我慢できないよ!」


「ゆいか」


私はゆいかを責めるつもりは全く無かったけれど、少しだけ胸の中がざわつくのを感じた。


「……決まりだから……。」


 私がそう言うとゆいかは走ってその場から立ち去った。私は1人で教室に戻って授業が始まるのを待っていると、少ししてあずさ先生が教材を持って教室に入ってきた。

 

「はーい、皆さんおはようございます。算数の授業を始めますよ。皆さん揃っていますね?」


 そして教室を眺めた後、ゆいかが席に戻ってきていないのを気付いたようで、私の元に歩み寄って問いかけた。


「関道唯香さんはどうしたの?乃亜さん知ってる?」


「お手洗いに行ったきり……戻ってきていません。」


 私はゆいかを傷つけてしまったのだろうか。でも、私は間違ったことは言っていない。

 この村のルール。この村の祟り。この村の罰。皆が知っていて守っているもの。当たり前のことを伝えただけだ。でも、なんで正しいことをした筈なのに胸がちくちくするのだろう……。


 教室の後ろから漂ってくるせきみちくんの臭いが鼻をつく。私は窓の外の空気を思い切り吸って、何秒息を止められるかチャレンジする1人遊びに興じるのであった。 


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author: usubaorigeki

Title: 依談 財団tale -せきみちくん-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/sekimitikun

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