のあちゃんとせきみちくん①
これは私が**町に住んでいたころの話だ。今から9年前、私が小学校5年生の事である。
「はい、皆さん。プリントを後ろの席に回してね。」
先生がプリントを最前列の生徒に数枚ずつ渡して、それをもらった子は1枚だけ取って後ろの席に渡してリレーをしていく。きっとこう思っているのは私だけじゃないと思うけど、私は学校でお馴染みのこの行為がとても嫌いだった。
私は席替えで、窓際の後ろから2番目という特等席をゲットした。後ろは仲良しのゆいかだし、窓から入る風が新鮮で気持ちいい。7月の窓際はカーテンに遮られているとはいえ、窓から差し込むお日様の光はじりじりと暑い。紫外線はお肌の大敵だけれども、ママが買ってくれた日焼け止めを毎日塗っているから全然平気。つまり、最高の席という訳だった。
それが、この”忌まわしい文化”によって早くも台無しになった。私の席が一番後ろのゆいかの席だったら良かったのに。いや、それはゆいかにも悪いかもしれない。私が後ろを向くたびに表情を歪めるのを見てゆいかは同情したように笑っていたから。
私のクラスにはせきみちくんが16人もいる。
彼らに席は無いから、座ることもできずに一日中教室の後ろの方でぼーっと立っている。だから、プリントを渡すために後ろを振り返ると、嫌でもせきみちくんが目に入る。なるべく視界に入れないように目を細めてみたり、視線をずらしてみたり色々してみたけど、距離が近いせいでせきみちくんの匂いが漂ってきて、どうしても彼らのあの気持ちの悪い姿が頭に浮かんでしまう。私たち子供は、まだ黒板の方を向いているからいいけれど先生たちは一体どんな気持ちで授業をしているのだろう?授業をしていると、ずっとせきみちくんがみえているはずだから。
そう思って、一日先生観察デーを作ってみた事があった。研究対象は担任のあずさ先生。あずさ先生は、若くて美人で優しくてみんなの憧れの大人だ。そんなあずさ先生でも、こくごの教科書を読んだあとに、教科書の続きを読んで貰う生徒をあてるためにぱっと顔を上げた瞬間、ぎくりとした顔になっていた。これは、一度や二度の話じゃない。――わたしの観察結果によれば、先生もやっぱりせきみちくんは気味が悪いみたい。
チャイムが鳴り、下校時間になると教室のみんなは一斉に教室から出ていく。早く学校から帰りたいのだ。かくいう私も、急いでランドセルに荷物を突っ込んで教室から出るようにしている。なんとなく一番最後になるのが嫌で、げた箱まで急いだ。取り残されたせきみちくんがのろのろと教室から出ていくのが見えた。
急いで自分のスニーカーを手に取り、乱雑に足を突っ込んだ。混雑するげた箱から少し離れてゆいかを待っていると、すぐにゆいかは姿を現した。
「おまたせ、のあ!かえろ!」
「うん!」
私たちはいつも一緒に帰る約束をしている。
帰り道はずっとお喋りしている。今日の授業の事や、クラスメイトの噂話など話題に絶えない。
「ねぇ!乃愛~。日曜日、市民プールに行かない?水着!隣町のショッピングモールで新しいの買ってもらっちゃったから、どーしても着たくって!あ、駅までの送り迎えはパパがしてくれるから大丈夫だよ!」
「いいの?もうすぐ赤ちゃん産まれるんじゃなかった?」
ゆいかは私と同じ小学生なのに、中学生向けのファッション雑誌を読んでいてすごく流行に敏感だ。3つ年上の従妹がいるらしく、お下がりもいっぱいあるみたいでいつも違う服を着ているオシャレな友だち。私の家も別に貧乏って訳じゃないけれど、いろんなお洋服が着れるのは少し羨ましい。そんなゆいかがもうすぐお姉さんになる。弟が生まれるそうだ。
「予定日?まで10日はあるから大丈夫だよってパパが言ってた。それに、ママもね、ゆいかに寂しい思いはさせたくないから普段通りに過ごしてって。」
ゆいかは指先でピースサインを作ってニッと笑った。
「わたし、弟が産まれたらいっぱいお世話するんだ!名前も考えてるんだよ!」
「名前って、パパとママが考えてるんじゃないの?」
子供の名前って、世の中のパパとママが習字で紙に書くあれだよね、なんてテレビで見たワンシーンを思い浮かべる。
「でも、わたしが考えた名前、すごーく良いねって言ってたよ?」
このように、私たちには話題が絶えない。例え言葉を交わさなくても、ゆいかと並んで歩く農道は遊びの宝庫だ。田んぼの脇を流れる水道には澄んだ水がじゃぶじゃぶ流れていて、浅くて水の勢いが弱いところにはオタマジャクシやアカハライモリなんかもいる。私たちは生き物が大好きだから、たまに足を止めて水の生き物たちがすいすい泳ぐのをうっとり眺めるのが好きだった。
学校は山に建っていて、私の住んでいるニュータウンまでは歩いて40分掛かる。変質者が出ると危ないからって、なるべく誰かと一緒に帰るように大人たちが口を酸っぱくして言っている。
「あっ……!のあ、あれ見て。」
私たちはおしゃべりに夢中で気が付かなかったが、私たちの10mほど先を、のろのろとせきみちくんが歩いているではないか。家に帰ろうとしているんだろう。せきみちくんが通った後は汚くて、時々肉片が落ちたりしているからすぐわかるのに、今日は近くに来るまで気が付かなかった。
せきみちくんよりもずっと先の道を上級生の男の子たちがふざけながら帰っている。それをせきみちくんはぎょろぎょろした幾つかの目でじーっと見つめているようだった。混ぜてほしいんだろうな、となんとなく思った。
「あの人たちを追いかけてるんだよ、きっと。」
「ねぇ、追い越そう。」
このまませきみちくんの後ろをずっと歩かされるのは耐えられない。なるべく視界に入れたくなかったのだ。私たちは目を伏せながら、息を止めてそばを早足で追い越した。せきみちくんから離れて、ようやく私たちはぷはぁっと息を吸い込んだ。
「走って帰ろっか」
「うん、そうしよ。」
私たちはわき腹が痛くなるまで全力で走った。途中、ちらりと後ろを振り返るとせきみちくんはずいぶん後ろを歩いていてホッとした。それでも私たちはニュータウンまで急いで帰った。その甲斐あって、いつもより早く家の近所に着くことができたのだ。
「じゃあね!プールのこと、明日返事聞かせてね!」
手を振りながら路地に消えていくゆいかを見送る。ゆいかはニュータウンの入り口のあたりに家があるけど、私の家はもうちょっと歩かなくちゃいけない。一人ぼっちになると急に心細くて、早歩きで家まで帰った。
「ただいまー!」
玄関を開けると、冷房で冷やされた空気のかたまりがふわっと体を包み込んだ。火照った身体が冷えて気持ちいい。
リビングに着いて荷物を置くと台所にいたママが出迎えてくれた。
「おかえり乃愛。暑かったでしょ?スイカ切ってあるから食べなさい。」
「やったぁ、スイカ大好き!手洗ってくるー!」
私はママが好き。私が学校から家に帰ると必ずおやつを用意してくれるし、習い事の送り迎えだって毎週してくれる。作る手料理もとっても美味しい。そんな私の自慢のママ。
でもいつからだろう。私がお姉さんになったからかな。ふとした瞬間のママは何かに怯えているように見える。何か、なんて遠回しな言い方をする必要は最早ないかもしれない。
私は、手洗いうがいを済ませた後、ダイニングテーブルに置かれたスイカにかぶりついた。赤くてつやつやの甘い果汁が渇ききった身体に染み渡る。
私が至福の時間を味わっているとガチャ、と玄関のドアが開く音がした。ママの表情が一瞬固まるのを私は見逃さなかった。
ずる……ずる……と何かを引きずるような音がどんどん近づいてくる。私は口に含んだスイカの種を1つずつ口から取り除きながらリビングのドアを見つめた。
がちゃりとドアが開かれせきみちくんが部屋に入ってきた瞬間、むわっと堪らない匂いが充満した。エアコンが頑張ってキレイにしてくれた空気が一気に臭くなる。
でも、鼻を摘まんではいけない。祟られるかもしれないから。
せきみちくんは、私の隣の椅子にどすんと座った。ぼこぼこと血管が浮いてぴくぴく震えている。私がじーっとそれを見ていると、その視線を遮るようにママがもう一つのお皿を持ってきた。そして、せきみちくんの目の前にスイカを置くと、せきみちくんはスイカを鷲掴んで大きな口に捻じ込んで食べ始めた。せきみちくんは学校でなんにも食べてないから、すごく喜んでいるように見えて気持ちが悪い。
「ねぇママ 日曜日ゆいかとプール行ってもいい?ゆいかのパパが送り迎えしてくれるって」
「いいわよ。でも、ちゃんとパパさんにお礼を言うこと。良いね?唯香ちゃんのおうち、奥さんが臨月で大変なんだから。」
「うん、わかってる。」
私は再びスイカを口に含んだ。
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Author: usubaorigeki
Title: 依談 財団tale -せきみちくん-
Source:http://scp-jp.wikidot.com/sekimitikun




