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アノマリー -from SCP foundation-  作者: 梶原めぐる
手記:医療チーム所属財団員のぼやき
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あなたの声で④

 利根川の的確な指示のもと、機動部隊員によって坑道入り口8か所付近と周辺の小径にセンサーカメラがあっという間に取り付けられた。キャンプ地に張ったテントの下にモニターが並べられ、スイッチャーを押すとカメラが切り替わり、様々な角度の映像が映し出される仕組みだ。監視員2人が24時間体制で見守り、その他の機動部隊員は交代で巡回警備にあたっているらしい。


 

「これで餌を蒔いておけば掛かるだろう」


「ひっ!?」

 

 

 藪の中からぬらりと出てきた最上の姿を見て思わず悲鳴を上げた。彼が持つ棒にはどこで捕まえてきたのか、牡鹿が四肢を括りつけられていた。鹿は身を捩ってもがいているが、強固に結んであるようで縄が解ける気配は無い。


 

「それ、餌にするんですか?」

 

 

 阿比留さんが目をまん丸にして聞く。


 

「そうだ。運よく岩陰で休んでいた所を見かけたから捕まえた。」


「可哀そうです」

 

 

 思わず本音が漏れた。自然界の理であることは理解しているが同情してしまう。人間の都合で怖い思いをした上に食べられてしまうなど、なんて気の毒なことだろう。生餌などという残酷な事をする最上の事が少し嫌いになりそうだ。

 

 

「何を言う!こいつは運が悪かっただけだ。この命、有難く利用させてもらうぜ。」


「鹿で釣れますかね?」


「やってみなきゃ分からん。それじゃ仕掛けてくる。」


 

 そう言い残すと、鹿のか細い鳴き声と共に最上は藪の中に消えていった。






 医療チームが動くのは、負傷者が出た時である。従って、暇を持て余していたので監視モニターを少し離れたところから眺めていた。監視員がボタンを押すたびに、各所に設置されたカメラの映像が映し出される。似たような地形に、似たような木々。一体何か所に設置したのか分からないが、次々と映像が切り替えられていく。その中に、先ほど最上が担いでいた鹿の首と木がロープで繋がれている映像が映り出した。彼は途方に暮れたようにうろうろと彷徨っていた。すぐそばに小池があるようだ。喉が渇かないようにと最上が配慮したのかもしれないが、あの粗暴そうな男がそこまでの優しさを持ち合わせているとは到底思えなかった。


 モニタリングに飽きてからは、車輛内の掃除をしたり何度目か分からない器具の整備をして時間を潰した。


 

「阿比留さん」

 

「ん?」

 

 彼も暇つぶしの為に持ってきた本を読んでいるようだったが、声を掛けると本から目を外してこちらを横目で見た。


 

「外現場の医療チームって、こんなにヒ……穏やかなものなんでしょうか」

 

「そりゃあ現場にもよるけど。珍しくないね。ま、僕らが暇ってことは怪我人がいないってことで喜ばしい事だよ。」


「そうですね」


「…………。」


 再び、静寂が訪れる。彼はきっとこの沈黙を何も気にしていないだろうが、多少の気まずさを感じていた。後輩なら、気を利かせてなにか話題を提供するべきものなのだろう。何について話せばいいか思考を巡らせるが、結局無難な質問に落ち着いた。


 

「阿比留さんってなんでこの仕事をされているんですか?財団じゃなくて、一般の病院でも引く手あまただったんじゃないですか?


 

 彼はこちらを向くと、読んでいた本をぱたんと閉じ、うーん、と唸りながら過去の記憶を遡り始めた。

 

 

「……僕はお世話になっている人から紹介されてね。その前は大学病院で働いていたんだ。でも、最終目標地点は財団だったよ。……井上クンは?」


「私は……両親が医療関係者で。兄も医者なので、自然と医療従事者になることが目標になっていました。」


「そういえば人選の時に君のプロフィールを見させてもらったけれど、君のご両親は素晴らしい経歴の持ち主だったね。お兄さんも、学会で名前を聞いたこともある、今勢いのある医師だし。君の優秀さも頷けるよ。」


「そんな、私なんて……。前の職場では、その……人間関係なんかで辞めてしまいましたし。私は落ちこぼれです。」


「……君はもっと自分を誇っていい。君は、君が思っているよりもとても素晴らしい人だよ。」


「……どうすれば阿比留さんみたいに堂々と生きていけますか?」


「環境だよ。僕は恵まれていた。自分でも”僕は完璧だ”って信じて生きていたし、周りの人もそう言ってくれていた。だけどね、環境とは自分で変えることもできる。自己暗示とも言うけれど、”私は完璧”って繰り返し言ってごらん。」


「……今ですか?」


 うん、と彼は頷いた。若干の恥ずかしさを感じながらも口に出してみる。


「……私は完璧」


「もっと」


「……私は完璧、私は完璧」


「そうだ。君は完璧。どう?なんだか本当にそんな気がしてくるだろ?…………。君だけじゃなくて、皆、不完全ながらに完璧な存在なんだよ。僕でさえもね。漠然とそんな不安を抱えながら皆生きている。そんな自分を肯定してあげられるのは、自分自身しかいないんだから。自分を大切にしてあげよう。」

 

「……はい。」



 そうだ。私がどれだけ努力して国家試験に受かったか、どれだけ真面目に取り組んで運転免許を取得したか、今までの努力の軌跡を知っているのは私だけだ。誰かに「頑張ったね」とただ一言褒めてほしいとずっと心の奥で渇望していたが、自分で褒めてあげたっていいじゃないか。承認欲求というものを他人に求めると、いくら褒められたとて満足するのはほんの一瞬で、本当に心が満たされる事は無いというのは経験上分かっている。自分自身で満たす方法があるなら、そっちの方がずっといい。阿比留さんの言葉に少しだけ慰められた気がした。


 

「あっ!!」

 

 

 その時、モニタリングをしていた監視員が大きな声を上げた。阿比留さんと顔を見合わせ、彼らのもとに駆け寄った。


 

「……鹿が居なくなってる!」


 

 画面を覗き込むと、木に繋がれていたはずの鹿が忽然と姿を消していた。辺りに緊張が走る。


 

「これ、血痕か?」


 

 カメラの画質があまりよくないので確信は持てないが、地面に赤黒い線が伸びている。これが鹿の血だとしたら、何かに襲われたに違いない。


 

「周辺のカメラの映像を確認しよう」



 監視員たちがボタンを操作し、画面が次々と切り替わる。ある映像で、何か赤いものが猛烈なスピードで画面を横切った。その行先にある坑道周辺の映像に切り替わると、それは確信へと変わった。

 赤い巨体の生き物が、だらんとした鹿を咥えて廃坑へするすると潜り込んで行った。見間違えるはずがない。奴こそが、今回の駆除対象であるアノマリーだ。監視員の1人が通信機に向かって叫んだ。


 

「姿を捕らえた!奴は5番入口から侵入している!!」



 

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。



Author: sinema

Title: SCP-939 -数多の声で-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-939

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