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アノマリー -from SCP foundation-  作者: 梶原めぐる
サイト-8155でのとある違反事件
33/94

シーヒューマンは総世主の夢を見るか①


 90センチの深さは有るであろう大型水槽には古代魚が2匹、紫色のライトに照らされた水中を悠々と泳いでいる。その隣には一回り小さなスクエア型の水槽があり、そちらでは3匹の淡水フグが小さな鰭を動かしてエアーの泡に身体を預けていた。

 その他にも日本淡水魚水槽やヤドカリ水槽等、様々なテーマを基にした水槽が所狭しと並んでいる。これらの水槽はいずれも丁寧に磨き上げられ、苔ひとつ無い美しい仕上がりだ。


「やった、ついに……!ついに、手に入れたぞ!!」

 

 小太りの男ーー葉山健人は、興奮していた。彼がリュックから丁寧に取り出したのは「博士のシーヒューマン観察セット!」と毳毳しい色でパッケージに書かれた代物だ。小学生の自由研究にもってこいの、カブトエビやアルテミアの飼育キットと大して変わらないそれは、葉山がサイト-8155の標準収容ロッカーから盗んできたものであった。


 遡る事4ヶ月前、葉山がscp財団日本支部のサイト-8155に異動してきた時の事である。彼の担当部署は収容したscipの中でも比較的安全な「safe 」「Neutralized」部類の物品を管理する業務を行なっていた。

 一見ガラクタの様に見える代物も大事に保管されているのだが、それらは大中小3つの大きさのロッカーから相応しいサイズが選定され、いずれにも入らない場合には特注のロッカーを製作して収容する。

 そうして、常に全ての物品は厳重に保管されているのだ。


 葉山は仕事にこれといった情熱を持ち合わせておらず、日々淡々と業務をこなす。多くて1週間に3回程度の頻度で持ち込まれるScip の長ったらしい管理手続きに加え、実験等で要請があれば貸出手続を行う。それらの出入リストを更新し、暇な時は台帳を更新する。はっきり言うと、暇なのだ。人員も少なく、葉山を含め計4人でシフトを組まれ、休日をしっかり取れる良い職場なのは違いないのだが。

 しかし、それは葉山の秘めた欲望を助長させた。出入リストの作成は専ら彼の仕事だ。監視の目が緩く、更にその管理を自らがしている事が不味かった。

 つまり、担当職員がScipを勝手に持ち出すのは容易な環境になってしまっていたのだ。


 「博士のシーヒューマン観察セット!」の資料を一目見て心を奪われてしまった。それはもう、強烈に。

 彼の趣味はアクアリウム。子供の頃飼っていたメダカの飼育が楽しかったのを忘れられず、大学生の時にアルバイトで稼いだ金を殆ど注ぎ込んで再燃したアクアリウムの趣味は歳をとるにつれ強く拘るようになった。社会人になり自由に使える金が増えると、アクアリウムの写真をネットに投稿するようになる。魚の美しさだけでなく岩や流木、それに水草の配置に拘った渾身の作品の写真を投稿すると、同士からは賛辞のコメントが相次いで書き込まれた。それは彼の人生が初めて肯定された瞬間だった。

 ブログの閲覧数も鰻登りに増えていくのが目に見えて分かり、アクアリウムは彼の生き甲斐になるのだった。


 そんなわけで、彼は「博士のシーヒューマン観察セット!」にどうしようもなく惹かれたのである。勿論彼はSCP財団で働く者である以上、それがどんな物かは分かっていた。過去にどんな事が起こったのかも。




 SCP-1852-JP、通称「博士のシーヒューマン観察セット!」。

 オブジェクトクラス:Safe

 現在収容しているのは5個。販売はかなり昔に終了しているものの全て回収はしきれておらず、財団はネットショッピング・オークションに目を光らせて流通していないか常にチェックしているのが現状だ。

 報告書には9歳の少年がつけた記録ノートが重要資料として差し込まれている。夏休みの自由研究として育成し始めたシーヒューマンが、創造主たる彼に叛逆する迄の日記だ。なお、彼とその家族は未だ行方不明である。



 彼の様には決してなるまいと葉山は息巻いた。なんせ、歴が違う。自分は10年もアクアリウムに心血を注いできたのだ。センスも、技術も、知識も子供には決して負けない。彼の様に失敗はしない。

 


 水槽に何もディスプレイしないのはあまりにも味気ないので、珊瑚砂を薄く敷いてやった。そこに、20㎝ほどのライブロックを4つ少し埋まる程度に置いて、台所からホースをひいて水道水を流し込む。キットに付属の海のもとAを入れるとどうやら海水と同じ成分に調節できるらしいのだが、生憎葉山が盗んだキットには海のもとAが欠けていた。

  葉山は部屋の北側に据えていた他の水槽を全て移動させ、そこにネットで注文していた120㎝水槽を設置した。本来はアロワナなどの大型生物や、生体を沢山入れたいときに使用するサイズである。シーヒューマン育成キットに付属の説明書には200ℓもの水が必要と書かれている。120㎝水槽ならば十分な広さだ。なので、ナプコリミテッド社製のインスタントオーシャンを使用した。クマノミを飼育する際に飼ったものだから人工海水としての信頼は保証されているが、シーヒューマンに適合しているかはわからない。


 アクアリウムに最も大事な物、それは濾過装置だ。報告書を読む限り、9歳の男の子は水槽内環境の維持を怠ったのではないかと推測される。頻繁な水換えと、食べ残しやフンの除去等、生き物を育てるのは兎に角手間がかかるものだ。それらどれか1つでも怠れば、生体は弱ったり病気になってしまう。逆に手をかければ掛けるだけ、彼らは美しく長生きするのだ。

 葉山が用意した水槽はただの水槽ではなく、オーバーフロー水槽だ。オーバーフロー水槽とは、通常の水槽よりもろ材を多く使える事から、濾過能力が他の濾過システムと比べ格段に優れているとされている。シーヒューマンに関する報告書を読んだ時から練っていた、葉山自慢の濾過システムだった。



 そして、とうとうシーヒューマンの卵を投入する準備が整った。チャック付きビニール袋に入った黒い小さな粒。まるで砂鉄の一粒の様にさらさらと袋の中で転がっている。巨大な120㎝水槽とはいえ、全て入れてしまうのは良くないと葉山は考える。もし温度や塩分濃度の条件が合わずに全滅してしまったら再チャレンジの為に再び飼育キットを拝借してこなくてはならなくなる。何より、財団のロッカーにこっそり元通り戻すつもりなのだ。不自然でない程度に残しておかなければならない。


「よ……っ。これくらいかな?」


 残量の3分の1程度を用意していた小瓶に移し替える。これは保管用だ。袋に残った半分を水槽に投入する。卵は広い水槽の中へ見る見るうちに拡散し、肉眼で視認すのるもやっとだ。やがて、底面のライブロックに着地し、ポンプから出たエアーに揺られていた。

 説明書には、どれほどの期間でふ化するか書かれていない。水槽の条件が悪ければふ化しない可能性だってある。葉山は水槽を注意深く観察することにした。

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author: tatenano

Title: SCP-1852-JP - 博士のシーヒューマン観察キット! -

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-1852-jp

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