二つの感情
咲き乱れる雪月花。
私の心に染みわたる気がします。
私の名前も『雪月花』
綺麗な名前で、私には不釣り合いだと思うのですが、母がこの名前が好きとの事で、ついた名前みたいです。
『雪月花、寒くないかい?ほら、風邪ひくよ?』
ああ、なんという事でしょうか…あの人から逃げる為に、この閉ざされた雪山に身を置いているのに、脳内を支配するのはあの方の…龍様の事ばかり。
「雪月花は、もう貴方様のお傍にはいられないのですよ…」
ブツブツと一人で呟く私を見ているのは『弟』の尋
尋は崩れる私を支えながら、ここまで逃げてきたのです。尋までここに来なくてよかったのに、私がそんなに脆く、儚く、壊れやすいと思っているのでしょうか。一人で待ってて、私が安定するまで、必ず帰ってきます。そう伝えたのに、言う事を聞かず、一人に出来る訳ないだろう、なんて怒られてしまいました。
私達は不思議な関係なのです。実の姉弟ではなく、赤の他人なのですから。小さい頃から病弱な私を見てきた尋は、いつもお見舞いに来てくれました。かわいらしくて、一人っ子の私も、そして私の両親も弟に欲しいと思った位の存在の大きさなのです。勿論年を重ねて私が24の年になった現在でも…。弟に変わりはありません。龍様から捨てられた私は逃げるように故郷を捨て、両親からも逃げました。
皆呟くのです。あんな男より尋の方がいいと。弟ではなく、きちんと男性としてみなさいと私を怒るのです。しかし気持ちと言うものは裏腹。簡単に変化する程、移り変わるものではありません。
尋からも逃げるはずでした。長年の付き合いですから、私の考えている事などオミトオシだったのでしょうね。
『帰ってきます』それが嘘だと言う事実に気付いたからこそ、私を手放す事をしなかったのかもしれません。尋の気持ちなんて分かる訳ないのですから、本当はどういう気持ちだったのか、それは私の想像でしかないのです。
聞けない言葉は沢山あります。
私の心の雪は、少しずつ暖炉の温もりに照らされ、溶けていく。
そう信じたいと願うしか術を知りません。
『雪姉、窓辺にいると身体を冷やすよ?暖炉の傍にいた方がいい…』
「ありがとう…尋。ここは雪が綺麗に見えるから」
『……ここは毎日雪が降る。今は身体を優先してくれないかな?』
尋の言葉は優しい言葉。
それなのに、少し冷たく思うのは私の気のせいなのでしょうか?
私が雪を見つめながら、何を考えているのか理解しているような言いぶりです。
ドキリと不安が過りながら、このまま自分の我儘を突き通せば怒らしてしまうような気がして、暖炉に向かいゆっくりと歩いていきます。そんな私を支えるように迎えにくる尋の姿が、私を包み込み、抱きしめるのです。
「尋…何を」
『見てられないから。身体冷えているよね。僕が温める』
「…離して……尋」
『…今まで雪姉の言う事ばかり聞いてきたけど、もう嫌なんだ。傷つく姿を見たくない』
「ひ……ろ」
私を見つめる尋は悲しそうに、切なそうに涙を零します。そんな自分の姿を隠すように、私を再び力強く抱きしめ、自分の顔を隠すのです。これ以上感情が表に出ないように、かくれんぼをしているみたいに、私から隠すのです。
今までの私なら雪姉として慰めていた事でしょう。しかしこの瞬間は、尋がここについてきてしまった事もあり、もう私達の関係性は変化してきているような気がします。
大丈夫?尋。本当貴方はいつも泣き虫なのだから、ふふふ。
そんな事を呟きながら、いつも微笑んでいた過去の私を思い出しながら、何も出来ずにいる現在の私がいるのです。
抱きしめる事も、突き放す事も、何も出来ない『無力』な私『雪月花』
このモヤモヤした感情は何なのでしょうか…分かりません。