表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

4・恋するエルフ

最終話なので長めです


「たとえ長老からの命令でも納得出来なくてな」


エルフ軍の最高司令官は一族の最長老である。


その下に長命な者を集めた長老会があり、それが軍の幹部。


下っ端の若造であるクィスマが逆らうことなど出来ない。


だが、ここは戦場であり、幹部たちは現場には出て来ない。


結果を知らせるだけだ。


「処刑なんてやったら、敵は俺たちを執拗に追うだろう。


人族は情で動くからな。


こっちは捕虜の処刑は真夜中にやったことにして紙一枚で終わり。


身軽になったからこそ、俺たちは無事にエルフの里に戻って来れたんだ」


間近に迫っていた敵軍が解放された人たちの聴取に時間を取られている間にクィスマたちは距離を稼げた。


追撃はまぬがれたのだ。




 カラン


クィスマたちのテーブルのすぐ傍で音がした。


顔を向けると、先ほどの胸の大きな人族の女性が立っている。


足元に屋台で買ったらしい料理と皿が落ちていた。


勿体無い。


「ん?、何か用かな」


「あ、あの」


焚き火の明かりはユラユラして顔色はよく分からないが、何かに驚いている様子だった。


「……今のお話は本当でしょうか。


あなた様は当時のエルフの隊長様でー」


「あー、有名な話よ。 この腰抜けエルフは小隊長だったくせに捕虜も殺せない臆病者なの」


近くにいたエルフの女性がいつものようにクィスマたちに絡む。


「まあな。 後で命令違反がバレてこのザマさ」


クィスマは自嘲した。


戦後二百年経っても不名誉は付いてまわる。




「わ、私の国では当時、助けられた方々の話が伝わっています。


そのエルフの隊長は命の恩人であり、戦いの中でも光り輝く聖人のようだったと」


ブッ


酒を吹き出したのはイーイロだけではなかった。


「ク、クククッ」


クィスマは肩を揺らして笑いを堪える。


「聖人とは恐れ入る。 そっちの国じゃ、そんな話になってたのか」


人族の女性が一歩、クィスマに近付く。


「はい。 その助けられた捕虜の中に私の祖先もいました。


そして」


彼女はクィスマの前に両膝を付き、最上の感謝の礼を取る。


「当時、戦火を逃れて田舎の平民の中に身を隠していらした王女殿下もいらっしゃいました」


それには、さすがにクィスマも笑えない。


「私の家は代々、王家の侍女を勤めておりまして。


もしも、いつかエルフの国と接触することがあったなら『あの時、殿下の命を救って下さったエルフ様に最大の感謝をお伝えするように』と、我が家では言い伝えられております」


「そ、それは……」 


クィスマは言葉を探すが、うまく見つからずに焦る。




「すごいな、偶然って」


イーイロが笑いながらクィスマの肩を叩く。


「お前は伝説のエルフ様だってさ」


「よせよ」


いつも冷静なクィスマの顔が珍しく赤くなっている。


ここぞとばかりにイーイロは突っ込む。


「その王女様ってのは美人だったんだろうなあ」


イーイロは胸の大きな女性の傍に行き、彼女を立たせた。




 クィスマは確かに、あの捕虜たちの中にいた美しい女性を覚えている。


凛としたたたずまいは牢の埃にまみれても揺るがない。


代表の老人が必死に命乞いをしていた。


『せめてこの方だけは!』


何度も聞いた。


『いいえ。 ここは戦場です。


皆が戦っているのですから、わたくしだけが助かるわけにはまいりません』


その女性がクィスマを睨んだ瞳の強さに目を見張ったものだ。


「そうか。 まあ、無事に家族の元に帰れたのなら良かった。 あんたの先祖もな」


クィスマは女性に微笑んだ。




 話を聞いていたエルフの女性の一人が立ち上がる。


「な、なによ!。 私たちは多くの仲間をコイツらに殺されたのよ。 それをー」


イーイロが、詰め寄ろうとするエルフ女性を羽交締めにした。


「よせ。 俺たちが砦を放棄して撤退したのは、クィスマの両親の戦死の報が入ったからだ」


前線崩壊の連絡に敗戦が決定的になった。


どれだけ敵を憎んだか。


イーイロの父親も同じ部隊にいたから、クィスマの気持ちも分かる。


 人族の女性が目を潤ませ俯く。


「も、申し訳ありません」


人族にすれば何代か前の遠い過去でも、エルフ族にすればほんの少し前の話なのだ。




「あははは」


静まり返っていた会場にクィスマの笑い声が響く。


「二百年も前の話でめたりけなしたり、忙しいな」


クィスマは椅子から立ち上がる。


「確かに俺は両親の死を聞いて動揺したし、怒りも湧いた。


だけど、あの時、その怒りに呑まれずに救えた命があったことに感謝している」


捕虜を処刑したとしても両親は帰らない。


その死に様を目の前にすれば、それは両親に重なり、クィスマは二度と忘れる事など出来なくなる。


ただこの手に、罪のない人族を殺めた記憶が残るだけだ。


「俺は、ただの『腰抜け』だよ」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「いいか。 この先、森を抜ければ人族の軍がいるはずだ。


今は姿を隠しているから分からないだろうが、お前たちが草原に出れば向こうから接触してくるさ」


「ありがとうございます」


「感謝などいらん。 俺にとってお前たちは邪魔なだけだからな。


サッサと俺の前から消えてくれ」


クィスマは彼らに背を向けた。


「待って」


常に捕虜たちの真ん中にいた女性に有無を言わさず腕を掴まれる。


必死だったのだろう、女性にしては力がある。


「何も持ち合わせていなくて」


グイッと顔を引き寄せられて唇が重なる。


そして、クィスマの耳に「せめてもの感謝の証に」と囁く。


松明の明かりの中で微笑んだ彼女の顔を、クィスマは忘れることが出来なくなった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 この想いが『恋』というものなのか、クィスマには分からない。


ただ甘い記憶として、二百年経っても胸の奥に燻り続けている。




 宴から数日後、クィスマの元に人族の国から感謝状と共に何代目かの王女殿下と、その一行が尋ねて来た。


こんな場所に来るなんて危険じゃないかと思ったが、今代の国王には五人も王女がいるらしい。


羨ましい限りである。


 クィスマはイーイロを睨む。


イーイロは、あれから人族の女性と結婚を前提としたお付き合いが始まっている。


相手は王家の侍女であり、伝説の救世主と言われるエルフに心酔する、あの胸の大きな女性だ。


彼女が余計なことをしたのは間違いない。




「あの時、貴殿が助けてくださらなかったら、我が国は今頃、継承争いで滅んでいたかもしれません」


どうやら、あの王女以外の王族は命を落としたらしい。


戦死ではなく内紛だったようだが。


 その王女はクィスマの記憶にある女性によく似ている。


向こうにすればクィスマは一族の恩人、無条件に好意を寄せられている状態だ。


これは絶対、はかられたな、とクィスマは内心で舌打ちした。


「どうか、お受け取りください」


永久の友好の証に交易条件の緩和、おまけに大量の食料や人材の提供の申し出にクィスマはため息を吐く。


「申し訳ないが」


長老会と協議の上、いくつかは辞退し、多少はありがたく受け取ることにする。

 

クィスマの伝説がきっかけとなり、人族だけでなく、他種族との交流も増え、エルフ族の少子化も改善する、かもしれないと希望が見え始めた。




 そして、クィスマの元には何度も王女が押し掛けるようになり、いつの間にか居座られてしまう。


「いいじゃないですか、諦めましょうよ」


「何だと?、誰のせいだと思ってるんだ!」


イーイロとは相変わらずのクィスマである。



        〜  完 結  〜



お付き合いいただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ