2・切れ者エルフ
会場の外の森はエルフ族の管轄。
この日のために周辺の下草は丁寧に刈り取られていた。
「キャッ、あ、あの」
「ヘヘッ」
酔っ払いの声がする。
クィスマが人影に追い付くと、人族の女性が大柄な獣人に組み敷かれるところだった。
獣人は猫型、おそらく豹だろう。
邪魔なのは承知だが見極める必要がある。
合意なら退散、否なら即介入。
クィスマは、しばらく気配を消して様子を見た後、わざと音を立てて姿を現す。
「何をやってる。 会場から出るのは禁止のはずだ」
終了の時間までは勝手に退場しないように通達されている。
「何だ、お前……ギャァ!」
自分より強い相手には先手必勝。
クィスマは獣人の脚に風魔法で一撃を入れた。
「イテッ!、や、止めてくれ。 誘ったのはこの女の方だぞ」
「酔っ払いの戯言は聞かない。 サッサと会場に戻るか、このまま国に帰れ」
「わ、分かったよ」
豹型の獣人はブツブツ言いながら立ち上がり、女性を睨みながら立ち去る。
「お嬢さん、立てますか?」
クィスマはなるべく彼女を見ないように声を掛け、自分の上着を脱いで渡した。
「あ、あの、私」
人族の女性にしては美しい娘で、胸も大きい。
「そんなつもりがなくても酔った相手に適当な相槌は危ない。
誤解させないよう、返事をしないのが一番だ」
相手を怒らせても会場内ならば誰かが間に入る。
「こんな所に連れ出されるよりはマシだろ」
ヘラヘラと笑って相手に合わせようとしがちなのは、人族にはよくあることだ。
エルフ族ならば「こいつバカだろ」で終わるが、種族によっては真に受けたり、それを利用する者がいる。
「す、すみません。 話の内容がよく分からなくて、ただ頷いてたら、いきなり……」
事の重大さに気付いたのか、今頃になって女性は震え出す。
クィスマは背後に向かって声を掛けた。
「イーイロ、そこにいるんだろ」
「あ、ああ」
自分が友の行動を見ていたように、この友もクィスマが動いたことに気付いて追って来ていた。
長年にわたり狩りの相棒をしている男だ。
気配を消していても分かる。
「彼女を頼む。 しばらくは護衛がてら傍にいてやれ。
俺は報告に行く」
「うん、分かった。 お嬢さん、お手をどうぞ」
軽薄な男だが腐ってもエルフ。
イーイロもまた金髪に緑眼をした、人族からみれば十分、美しい容姿をしている。
余計なことを喋らなければ嫌われたりはしないだろう、たぶん。
クィスマは二人と別れて会場に戻った。
宴では熱気が落ち着いてきている。
酔い潰れた者や、話し相手を探すのを諦めた者が退場し始めているようだ。
クィスマは宴の一角にある静かなテーブルに近づく。
「どうも、長老の方々」
「おー、小隊長、見回りご苦労様」
エルフ族他、参加種族の代表が揃っているテーブルだ。
「小隊長は止めてください。 戦争はとっくに終わってますよ」
クィスマは以前、小隊を率いていた経験があるため、今夜の警備責任者にされていた。
優秀なエルフ戦士の高貴な血筋で、最年少隊長として戦争に参加。
三十人ほどいた部隊の兵士を一人残らず無事に生還させた。
クィスマには敗戦後の国の復興に兵士たちの力が必要になることが分かっていたからだ。
周りからは「腰抜け」と呼ばれていても、長老たちは彼を評価している。
それがどんなに大変なことだったかを理解してくれていた。
長老たちは程良く酔っているのだろう。
「今夜の成果はどうだ?」
ニヤニヤ笑いのゲスな質問にもクィスマは冷静に返す。
「概ね平和ですね。 出来るだけ多くの夫婦が誕生することを祈ってます」
警備係にとって参加者同士の小競り合いなど想定内である。
これくらいで少子化が改善するなら安いものだ。
「いやいや、お前さんはどうなんだ?」
聞き耳を立てている者たちの視線が一斉に金髪碧眼で優男風の元戦士を見た。
戦争時、現役だった者たちは、この男が見かけ通りの優しい気質ではないことを知っている。
「女性は邪魔臭いだけです」
言葉通りだ。
クィスマには、戦後かなりの数の縁談が寄せられたがことごとく断っている。
女性たちからの「腰抜け」呼ばわりは断られた腹いせもあるのかも知れない。
「勿体無いのお」
クィスマは才能、血筋ともに文句なし。
見かけが弱そうなのは、わざとそう見えるようにしているからだ。
狩り過ぎないように狩猟は適度にサボり、相手を傷付けないよう争いを避ける。
戦後のクィスマの行動は徹底していた。
「エルフ族は淡白な者が多いというが、この少子化傾向の中、優秀な血筋が絶えるのは実に残念じゃ」
人族の代表である隣国の宰相は、全く残念そうではない。
「異性を繁殖相手としか見ないのは失礼でしょう」
外見は青年にしか見えないエルフの長老がそう返せば、狼獣人の頭領はニヤリと笑う。
「我らとすればエルフ族の弱体化は嬉しいがね」
明け透けな言い方に周りの空気が冷える。
「わはは、エルフがモテるからといって嫉妬しても仕方なかろうに」
空気を変えるように妖精族代表のドワーフの親方が獣人の背中を叩いた。
実際、エルフ族は男女共に引っ張りだこで、参加者同士で争奪戦を繰り広げることもある。
会場にいる以上、クィスマにも何度かお誘いの声は掛かった。
しかし、それらも警備を理由に全て断っている。
「失礼します。 クィスマ、ちょっと来てくれ」
イーイロが代表者たちのテーブルにやって来た。
「どうした?、何かあったのか、イーイロ」
「うん、ちょっと」
どうやら友は、クィスマを長老たちから救い出すために来たわけではなさそうだ。




