捜索の始まり
カラムに続き、部屋を出て、駆け足で後を追う。
「カラムさん要救助者のデータです。」
「ありがとうマセルさん。」
途中カラムが情報室の受付口より《魔結晶》と袋を受け取るその間もペースは落とさず走り続ける。そしてすぐ、ダンジョン通用口と書かれた通路を下る。
「ダンジョン突入。」
救助隊のダンジョン突入時間は連絡があってから5分かからない。
救助隊施設は必ず、ダンジョンの隣に建てられるからだ。
第1層 始まりの平原
何処までも広がっていきそうな平原。それが、このダンジョン《原初》の第1層である。そこに繋がる洞窟、《救助隊通用口・ダンジョン内部》を救助隊が駆けていく。
「バウワ。臭いを」
そう言うとカラムは、犬の獣人と思われる茶髪の女性に先程、情報室から受け取った袋を渡す。それを受け取った女性は鼻を突っ込んで臭いを嗅ぐ。
次にカラムは魔結晶に触る。各々の制服に着けられたエンブレムより要救助者のデータが浮かび上がる。
「要救助者の名前はタイム。男性のエルフ。冒険者は登録してから8か月、今日は第1層の《側壁の崖》付近で探索予定。今までの探索成果から、冒険者ギルドからも問題なしとして送り出されたらしい。」
行先は《側壁の崖》、第1層南西の果て部分にあたる場所。絶壁にモンスターが出現する箇所で、2層に突入する前の腕試しとして冒険者の試験石になるような場所の一つだ。
洞窟を抜け、架空の青い空が広がる平原を進む。
「これから、我々は《側壁の崖》を目指して進む。バウワは臭いを感じたら、教えてくれ。」
ダンジョン通用口は南西の入り口にあるため、《側壁の崖》までの距離はそう遠くない。
「ユナ君。第1層における注意点を言ってくれ。」
「はい?!」
突然話を振られ、動揺するが言われたことに関する情報を頭から引き出す。
「第1層は冒険者の人数が多いため足跡などの手がかりを判断しにくく、要救助者の位置を割り出しにくいこと。また、第1層だからといって、モンスターに油断すると思わぬ希少種にやられる危険性があります。」
「よし。いいね。」
そういうとこっちに向けていた眼を前に戻す。
「ユナ君が研修期間中にこの第1層での救助活動を経験したのは知っている。それでも無理だと感じたら、すぐに言うように。いいね。」
「はい、無理だと感じたら、すぐに下がります。」
気遣いを受け取りながらも、もう一度気を引き締める。もう、見習いじゃない。助けるんだ。
「隊長臭いが。」
そう言うと、バウワは地面を嗅ぎ始める。足を止め、彼女の行動が終わるのを待つ。
「隊長、近くにいた冒険者から聞いたけど、タイムのパーティは《側壁の崖》に向かったのは間違いなさそうだよ。」
声がした方を見ると黄緑色髪でウルウカットの小柄なエルフがカラムの傍に立っていた。
「そうか、ありがとう」
ダンジョンに入ってから一緒に走ってたはずなのにいつの間に聞き込みをしたのだろう。
「こっちです。」
臭いを判別し終えたらしい、バウワが指を差して走り出す。それに遅れないように私たちも走り出す。
(速い…)
徐々に距離を離されていく。木々や岩、泥、小型のモンスターもいるのにまるでないかのように進んでいく。
(これが、第1隊…それでも)
周りを観察し、最も注意しなければならないものを中心に関節視野で情報を得る。
(ダンジョンで駆けるコツは状況を確認すること)
周囲の危険を回避し最も最短のルートを選択する。
(まずは着いていけるスピードを意識するんだ…足手まといにはならない。)
「根性あるなぁ新人。そのまま着いてきな。」
ドージが振り返って声を掛けてくれる。声を出す余裕がないので、頷きだけを返す。
周囲の状況を細かく確認しながら、自分のトップスピードを出す。
足もとに茂っていた草がどんどんまばらになっていく。この兆候は、
「《側壁の崖》に接近、到着後は分かれて捜索活動にあたる。ユナ君は私に着いてくるように。」
「はいっ」
カラムの声に応える。同時に木々を通りぬけ、視界が広がる。
《側壁の崖》
ダンジョン1層の果ての1つ。険しい崖のあるこの場所は、飛行系のモンスターと地中を移動できるモンスターが多く、細い足もとで戦う対応力を試される場所となっている。子の崖から落ちた場合、第2層に到達する。落下をものともしない者たちはここをショートカットとしてよく使用するが、そうでないものにとっては第2層に叩きつけられる場所となっている。
(ここが側壁の崖、研修中にも来たけど、その時は上から見るだけで、実際の側壁にある足場とかには下りなかった。)
今日初めて、あの狭い足場に降りて活動する。緊張で鼓動が早くなっているのが分かる。
「ねぇ、無理ならここで待ってていいよ。」
バウワがそう声を掛けてくる。獣人は耳がいいから私の鼓動を聞かれてしまったのだろう。
一度深呼吸して、
「大丈夫です。私、高所判定はSだったので。」
自信満々を装って言う。言葉と虚勢は使い方を間違えなければ、自分をコントロールする手段になる。恩師の言葉を思い返し。自身を鼓舞する。
「ならいい。」
「目視の範囲にはいないみたいだね。」
「よし、班を分ける。ドージの班はここから崖を降りて探索。私の班は側壁の崖中央部から崖を降りて探索、いくぞ。」
再び走り出したカラムに着いていく、一緒に着いて来るのはバウワと準備の時に道具を渡してくれたマレ。どうやらこれが、カラムの班らしい。
「バウワ、臭いはどうだ」
「濃い臭いが続いています。戦闘をいろんな場所でやったみたいです。ときどき、臭いを消す道具か魔法を使って、モンスターから追われるのを防いでるみたいです。」
臭い消しは冒険者の基礎技術の一つで、余分な戦闘を避けたり、強い敵から逃走するために行われる。
(臭い消しはかなり強力なはずそれなのに分かるなんて)
疑問に思った私の顔を見てか、バウワが答えてくれる。
「臭い消しがあまい、新人特有の失敗か。ここらあたりは嗅覚がそれほど鋭いモンスターがいないことを見越しての判断かは分からないけどね。」
甘いというが、臭いの残り方でそこまで分かるのだろうか。動機にも獣人はいたが、ここまではっきりと言い切っていただろうか。
(やっぱり、第1隊は)
「中央部についた。降りて探索を開始する。」
カラムの声に、飛ばしていた思考を止める。
下の方を見るといくつかの出っ張りと人が一人通れるくらいの続いた道がある。道の傍には何体か小型の飛行モンスターが見える。
「《側壁の崖》は見えていないだけであの道より下に、もう少し広い道がある。そこまで降りて探索を続ける。降りた後はバウワを先頭にマレ、ユナ君、私の順で探索を再開する。」
「「「はい」」」
魔力を片手、片足に込め滑るように崖を降る。魔力量を調整して、スピードが出すぎないようにする。
クァァァと叫び声が響く。空を飛んでいた槍鳥の群れがこちらめがけて飛んでくる。
「スピードを緩めず、迎撃する。」
そう言ったカラムの手には既に彼の武器であるハルバードアックスが握られていた。
「《武装》」
グローブに嵌めてある魔晶に魔力を流す、光が漏れ出て私の腕を覆う。人の顔より大きい手甲、黄金色に輝く手甲は私の武器ナックラー。
「はあぁぁぁ!!」
こちらめがけて飛んでくる槍鳥を甲の部分で殴り飛ばす。崖に手足を付けるように、体をひねって槍鳥を横から叩く。
(何匹来ても一緒。)
同じ動きを繰り返し撃ち落とし続ける。
らちが明かないと見たのか二匹がいっぺんに突っ込んで来る。
片手では無理と判断し、体ごと向ける。相手に合わせて両手の拳を打ち下ろす。
「「グァ」」
と断末魔を残し落下していく。
(落ち着いて足から)
足に魔力を多く込め、減速。背中が付くように体制を立て直し、体が再び崖の方を向くように回転する。
かなり減った槍鳥の群れはこちらを伺うように旋回している。
警戒しながらも、周囲を見るとバウワはエストック、マレは刀を持っている。
(ハルバードアックスに、エストック、刀。ていうことはバウワさんかマレさんが打系の武器に変化するのかな)
考えていると槍鳥はあきらめたのか飛び去って行った。