終焉
「さて…。てめぇら、覚悟出来てんだろうな。」
嵐が一文字さんを抱えて窓から飛び降りたのを視界の隅で確認した俺は相手から一旦距離を取る。
「嬢ちゃんこそいいのかぁ?お仲間は逃げちまったぜぇ?」
確かに嵐が居なくなった分だけ人が俺の所に集まってるけど…。
「てめぇらなんかいくら束になっても関係ねえよ。」
ジリジリ近寄ってくる奴らを警戒しながら俺は『偽物』の方を見た。
「てめぇら。後悔させてやるよ。『金色夜叉』を名乗った事をな…。」
人の名前で散々悪い事してきたみたいだからな。ふざけんじゃねえよ。
「後悔するのは嬢ちゃんだ。ヤっちまえ!」
『偽物』の号令で男達はそれぞれの得物を持って突っ込んできた。
俺はそれを見ながら嵐から受け取ったモノを持つ為、腰に手を持っていった。
俺の両手に握られたのは『ト』のような形をした鈍い銀色のもの…トンファーだ。
一人のヤツが鉄パイプで殴りかかってきたからそれを左のトンファーで受け流し(腕に付ける感じで握るのがポイントだ。テストにでるからな)右のトンファーで顔面を殴る。
するとそいつは華麗に吹っ飛ばされて後から迫ってきてたヤツらに突っ込んでいった。
殴りかかってきてたヤツらはそれを見て足を止めた。
「わりぃけど手加減と遠慮はしねぇぞ。お花畑と川を見たいやつはかかってこいよ。」
両手のトンファーをクルクル回しながら男達を見るけど…。なんか怯えてる感じだな。
「何ビビってやがる!女一人だろ!ヤレーー!」
後ろの方からそんな声がした。いやいや…、後ろで威張られてもなぁ…。
『うぉぉぉぉぉ!』
偽者の命令に従ってか自分達の意地かはわかんねえけど、俺を囲んでたヤツらが叫びながらかかってきた。
それぞれが手に持ってる武器で俺を殴ろうとしてるのがよくわかる。
…気持ちはわかるんだけどさ……。こんだけ人がいる所で長物をふりまわしたらどうなるか考えろよ。
「んげっ!」
「ぐがっ!」
ほら、仲間に当たってんじゃねえか。んで人に当たってノロくなったもんに俺が当たるわけないだろ…。
ひょいっとかわして顔面に一撃。それで殴りかかってきた男はKO!
いや~。なんてったって周りが全員敵だからな。何も気にしないでいいから楽だ。
近くで動いてるヤツに一発ぶち込んで攻撃は全部かわす。
そうしてれば人数がドンドン減ってくんだからな。
「死ねやっ!」
そんな声が聞こえた瞬間、俺の頭に痛みがくる。その後に何かが割れる音がして俺の目の前をガラスが降って来た。
俺が後ろを向くとそこには割れたビンを持った男がいた。
「イッテェな!」
そいつを蹴り飛ばして殴られた場所を触る。すると手にヌルッとした感触が伝わってきた。
ありゃ…油断したな。血が出てるじゃねえか。
「今だ!囲め!ヤレー!」
またも人垣の後ろから声が聞こえて来た。どうやらチャンスだと思ったらしい。
って痛い!アルコールが傷に染みるってば!
クソが!よりによって中身入りで殴りやがったのかよ!
『うぉぉぉぉぉぉ!』
叫んでんじゃねぇよ!うざってーな!
確実に俺に対する囲みは小さくなってる。どれくらいかって言うと手を出せば届くくらい。
…って事は殴っちまえばいいんじゃねえか。
俺は左右の腕を振って手当たり次第に殴っていく。
おおぅ!当たる当たる!密集してっからよけるスペースも無いみたいだ。はっきり行ってコイツ等は馬鹿だ。
「おら!どけどけ~!」
トンファーでひたすら殴りっていくとまた俺の周りにスペースが出来た。(多分2mくらい)
よし!今がチャンス!
「りゃ~~~~~っ!」
俺はまず目の前のヤツに向かって飛んだ。
「グルプェ!」
飛んだ際に両足で顔を踏んだら人間とは思えない悲鳴をあげた。………キモッ!
そんで力の方向を横から縦に代えて…飛ぶ!
「おっ!こりゃ!意外と!」
これ楽しいかも!
俺が何をしているかというと…飛び跳ねてます!男達の頭とか肩とかを足場にして。ちょ~楽し~!
「この!」
「降りやがれ!」
「プギュァ」
下から色々聞こえるぜ。やつらは手を伸ばすだけで俺を捕まえる事は出来ない。
「よっと!」
俺は男達の上を飛びながら位置を変えて壁際に着地した。
「さて、遊びはここまでだ。…テメエ等全員潰してやるよ。」
まずは背中を向けてる馬鹿な連中の頭を殴る。
「オラオラ!」
その後に近くにいたヤツらの顔を殴る。
ボーリング場には男達の怒号と悲鳴、それとトンファーで殴る音が聞こえる。
「くそが!」
男の一人が俺に殴りかかってきた。俺はその殴りかかってきた腕をつかみ男を投げた。
窓に向かって。
パリーン
男はガラスを突き破り下に落ちて行った。死んだか?……まあどうでもいいか。
俺は再び男達をトンファーで殴る。向かってきたヤツは投げて落とす。それを繰り返した。
しばらくすると囲んでる男達は5人にまで減っていた。足元にはたくさんの男達が倒れていた。
視界が開けた事で周りが見えるようになって気付いた。…なんで嵐が居るんだ?
因みに嵐の足元にも男達が転がってた。
「嵐。」
この一言に込めたのは『なにしてんだ?お前は一文字さんを逃がすんだろ?お前がここにいて馬鹿共が一文字さんに危害を加えたらどうすんだ?』って気持ちだ。
「あの子なら大丈夫だ。なんか救援が来た。だから暴れに来た。」
救援だぁ?俺達がここに来てるのを知ってるヤツなんて………一人居たか。
「救援はだれだかわかった。任せて大丈夫だな。」
話ながらも俺は手を止めない。側頭部を殴って一人。顎に一撃を入れて一人をダウンさせた。
嵐も二人片付けていた。残ったのは一人。偽者だけだ。
「さて、いよいよアンタだけになったな。」
「て、てめぇ!わかってんのか!俺は金色夜叉だぞ!」
いやいや、そんな怯えながら言われてもなぁ…
「そういえばそうだったな。ただ俺の知ってる金色夜叉とは違うみたいだけどな。」
同意を求めるように嵐を見ると笑顔を浮かべながら頷いてた。
「俺が金色夜叉だ!違うはずがねえだろ!」
多分こいつを支えてんのは金色夜叉って名前だけなんだろうな。
「違うな。俺は会った事はないけど知ってんだ。金色夜叉はこんなに徒等は組まないし、悪行は働かねえよ。」
「うるせぇ!誰がなんと言おうが俺が金色夜叉なんジャピュ!」
訳のわからない悲鳴を上げた偽者。まあ簡単に言うと俺が顔面に蹴りを入れたからなんだけど。
「もういいや。」
蹴られて尻餅をついてる偽者を見下ろす。
「アンタさ。俺の名前語って悪さしたんだ。覚悟は出来てんだろうな。」
「お前の名前だと…?」
鼻からなんか赤いのを流した偽者が俺を見上げる。
「ま、まさか!お前が!」
ようやく気付いたみたいだ。まったく持って鈍いな。
「しかもお前は俺の友達に手をあげた。コレは許される事じゃないんだよ。」
俺は足を上げて偽者の右膝を思いっきり踏み抜いた。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!足がぁぁ!俺の足がぁぁぁぁ!」
「うるさいよ、お前。」
さっきと同じように足を上げてもう片方の膝を踏みつけた。
「アアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
両膝を抑えながら痛みに悶える偽者。
「だからうるさいって言ってんだ。いくら頭悪くても日本語は通じるんだろ?」
そう言うと偽者は涙目で俺を見上げて来た。
「た、たす…けて…。」
「それはこれから考える。さて、聞きだいんだけど今まで俺の名前を使ってどんな事してきた?」
「わ、わからねえよ…。覚えてねえよ…。なぁ、そんな事より病院に行かせてくれよ…。」
涙を浮かべながらカタカタと肩を震わせながら俺に懇願をする偽者。
「お前は俺の名前で覚えてられないくらいの悪事を働いたわけだ。その中には今のお前みたいに助けを求めた奴もいただろう?…お前はその人を助けたか?」
うずくまる偽者に微笑みかけて左腕を掴む。そして左肩ゆ跨ぐように背中に座り腕を捻りながら思いっきり引っ張った。肩が動作範囲の限界を超え、鈍い音がなった所で手を離す。
「………………っ!」
偽者の口から声にならない悲鳴が上がったように見える。声を出さずに口を大きく開けて痛みに苦しんでいる。
「さて、足二本で腕一本じゃバランス悪いからな。まあ、俺の名前で散々好き勝手やったんだろうからな。軽いもんだろ?」
嫌がる偽者の腕を足の甲に乗せてから俺は右足で肘をおもいっきり踏んだ。
「ぎゃあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ~~~!」
私と桜が外で二人を待ってると中からそんな悲鳴が聞こえてきた。
「幸、これさっきも聞こえたよね?」
「聞こえた。」
今聞こえた悲鳴を含めて全部で三回聞こえた。
「大丈夫かな?」
さっきから色々あり過ぎて桜は不安になっていた。
確かに窓から人が落ちて来たり、窓から人が飛んで来たり。そして悲鳴が聞こえたんだから不安になると思う。
「わからない。だから信じる。」
桂木さんの強さは桜との勝負でみた。そしてその桂木さんと一緒にいた赤井さん。あの人も強かった。
なによりも本物は偽物には負けない。私はそう信じてる。
「あっ!幸!」
桜が大きな声を上げて入り口を指差した。
入り口から出てくる二つの人影が見えた。人影がこちらに近付いてくるにつれてそれが誰なのかわかるようになってきた。
現れたのは男の人と女の人が一人。女の人が男の人の脇腹を肘でつつきながら歩いてた。
「なにやられてんだよ。情けねえな。」
「ぐっ。やめろ真。マジで痛いんだって。」
「あんな連中にやられるヤツの言う事なんか聞こえないな。」
「ちげーよ。外に出たらいきなり蹴られたんだよ。なんなら聞いてみりゃいいだろ。」
…赤井さんはやっぱり脇腹が痛いみたい。桜に蹴られたからかな?
一方の桂木さんも怪我してるみたい。綺麗な金髪なのに前髪あたりが赤くなってる。
「真~!」
桜が桂木さんに向かって手を振ってる。
「お~。やっぱ桜か。」
桂木さんはそれに答えるように手を上げてきた。
「この子だ、この子。俺の脇腹にダメージを与えたの!」
「って事らしいんだけど…。桜?」
「いや、だって、来たら幸と男が居たから攫った仲間だと思って…。」
ワタワタと慌ててしどろもどろに説明してる。確かにそこだけ見たらそう見えるわね。
「つまりはコイツがそんな風に見えたのが悪いって事だな。」
「マジかよ…。」
どうやら不審だったで落ち着いたみたい。ちょっと可哀想かも。
「って真!頭どうしたのよ!」
「頭?あぁ…。転んだ。」
「はぁ~~?」
「クックック。」
「え?」
私と桜は当然のように疑問の声をあげた。どう転んだら頭から血がでるくらいの怪我ができるのだろう。
「普通転んでそんな風になる?」
「ならないかもな。それでも転んだんだ。」
桂木さんは意味ありげに私を見た。…そういう事ね。
「『転んだ』にしておけばいいの?」
「しておくも何も転んだんだって。」
どうやらそういう事みたい。学校ではそう通すつもりみたい。
「さて、こんな所で話しててもしょうがないな。そろそろ帰るか。」
確かに。私としては早くこんな忌々しい所から離れたい。
「そこで一つ問題があるんだけどよ。」
「ん?どうした、嵐?」
「道が全然わからん。別れたらすぐに迷子になる自信があるぞ。」
そんな事に自信を持たないでいいと思う。
「しゃ~ねぇ~な。俺が駅まで連れてってやるよ。」
そういいつつ桂木さんは赤井さんの脇腹をグーでぶった。………ひどっ。
「桜は一文字さんを送ってくれ。」
「駅までならわた…」
「ダメだ。コイツと二人っきりになったら何するかわからないからな。」
私の意見は被せ気味に却下されてしまった。
「おい!俺がなんかすると思うか?」
「そういうなら今までのお前の行動を思い出してみろ。……思い出したか?さあどうだった?」
「愛があれば!」
「ねえよ!」
「グボパァ!」
桂木さんのハイキックが的確に赤井さんのアゴをとらえた。…えっ?今のがツッコミ?
「よし、アイツが吹っ飛んでる今がチャンスだ!二人共、行け~!」
チャンスかどうかはわからないけど区切りがいいのは確かだと思うけど…帰る前に…
「桂木さん。どうなったの?」
「うん?ああ、とっても後悔してた。そんで慌てたもんだから『転んで両手足を骨折した』みたいだ。」
「転んで?」
「ああ。人間どこで怪我するかわからないもんだな。」
「そうね。」
私と桂木さんはお互いに小さく笑った。この感じだと何を聞いてもごまかす気だと思う。
「ほら、そんな事より早く帰れ。アイツが立ち上がるぞ!」
私の肩に手を置いた桂木さんは私を反転させて背中を軽く押した。
「うん。じゃあ。」
「おう。また学校でな!」
手を軽く振ると桂木さんも手を振ってきた。
こうして私と桜は忌々しい所離れ家路についた。
離れ際に後ろから「女の子がいねぇ!」とか「うるせえ!眠らすぞ!」とか物騒なやりとりが聞こえたのは気のせいだと思いたい。