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万葉集が超短編小説になったら、、、

万葉集 【巻3‐415 聖徳太子】

作者: 涙雨 ちる子

 朝。私は外の雪がどれほど積もっているのかが気になり、戸を開けた。

 すると、どうだろう。五歩ほど先に、一人の男が倒れていた。服装から察するに、きっと旅の者だろう。


「大丈夫か」


 と、私は声をかける。早朝のしん、と静まり返った冷たい空気が口内に入っただけで、耳には何も入らなかった。

 着物の袖に手を差し入れ、覚悟を決める。体を一度震わせて、私は倒れている男の元へと五歩近付いた。


「大丈夫か」


 と、私はもう一度声をかける。少し不安なのだ。返事が欲しかったが、やはり無かった。

 仕方なくその場にかがみ、男の上に浅く積もる雪を払ってやる。ついでに鼻の前に手をかざせば、男が生きていると分かった。


「普段、何もないのだ。こんな時くらいは、善い行いをせねばなるまい」


 戸惑う己にそう背を押して、私は男を背に負い家へ戻った。

 囲炉裏の傍に、もう一度布団を敷き直す。あまり清潔とは言い切れない私の布団を見て、伴侶は居るべきなのかと少し悩んだ。


 それから少しして…私がひっそりと粥を食べている時だ。男は、いつの間にやら目を覚ましていた。


「俺は、倒れたのか」

「起きたのか。心の臓が縮こまるから、いきなり話しかけないでくれ」

「…失礼した」


 きっと、男は私を大げさな奴と思っただろう。しかし残念ながら、本心だ。


「旅の途中か」

「あぁ、そうだ。助かった、すまなかったな」

「なぜ、感謝の念を感じているのに詫びる」

「…あぁ、そうだな。改めて、礼を言う」

「大したことではない。私は一人だ」

「男一人とは…苦労するだろうに」

「仕方ないのだ。私は、型が嫌いでね」


 なぜ、出会ったばかりの男に、こんな話をしているのか。しかし、旅人とは不思議な生き物で、人生や生活について語らうことに何ら違和感を与えない。


「…きっと、どこかで憧れているのだろうな」

「いきなり、何の話だ」

「一人で暮らせば、独り言が会話だ。それより、腹は空いていないのか?」

「あぁ、問題ない」


 そういえば、


「君は、妻が居るのか」

「あぁ、今も今とて愛らしい。俺の可愛い妻が、家に居る」

「…そこまで言いながら、何故に旅をする。役人、などと言う身分でもなかろうに」

「妻とは恋に落ち、共にいる。理解があるのさ、俺の夢に」

「愛、か…」

「愛、だ」


 言い切る男の、何と輝かしいことか。腹が膨れる話に、呆れて横目で男を見ればまた眠っていた。

 私は椀を横に置き、週に一度一杯だけ大切に飲んできた酒を薄ら汚い猪口に注ぐ。勢いに任せて数年振りに一気に飲み干し、口を拭った。


 家で大人しく伴侶を愛していれば、汚れたこんな布団で寝ることも無かったろうに。

 家で大人しく妻を愛していれば、こんなに硬い枕ではなく柔らかく温かい特権を枕に寝れただろうに。

 こんな所で倒れたこの男、あわれ。


 しかし何だ、雪溶けぬ早朝だと言うのに。こんなにも、胸の辺りが暖かいのは。




 * * *




家にあらば 妹が手まかむ 草枕

旅に臥せる この旅人あはれ



【巻3‐415 聖徳太子】


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