●マルチバース
モモタマのメンバーは連日の祝勝公演で引っ張りだこだった。
「もう一週間も毎日演奏でユートガルトへ帰れないじゃない。ハルトに会いたいよ」
「タマモ仕方ないよ。この一か月スケジュールが全部埋まっているんだから」
モモはタマモを諫めていた。
「九月になったら休みを必ず取るからがまんがまん」
モモの提案に変顔をしてタマモは座り込んでしまった。
シーモフサルト軍の格納庫にペティとQがいた。
「本当にこんなものが空を飛ぶのQ」
「ええ、調査結果をハルト閣下にお見せしたところこれは飛行船という乗り物で時速百キロ近くで空を飛ぶことができるとのことでした」
格納庫には作りかけのものも含め十数機もの飛行船が並んでいた。まだすべて完成まで一カ月はかかるようであった。
「作戦を速めたのはこの飛行船のせいでもあったのね。こんなものでユートガルト攻められたら大変だったかも。しかしあのテンコ、こんな才能に恵まれているのにどうしていいことに使えなかったのかしら哀れね」
「ハルト閣下はあえてここを攻撃せずに平和利用を考えておられました。ユートガルト、エンドワース、そしてこのシーモフサルトをつなぐ交通インフラとして私に飛行船の完成を命じられています」
「がんばってよ、Qくん、復興は君の手に任されたのね」
「プレッシャーかけないでくださいよ。まだ仕組みを完全に理解できていないんですから」
「君ならできるわよ。じゃあ私はユートガルトへ帰るから」
「ええっっ手伝ってくれないんですか」
「私に何ができるというのよ。じゃあね」
ペティは去って行ってしまった。
「私たちが手伝ってあげるよ」
アオナのブルーチームのキクナとミズナがにっこりと笑っている。かつてルームシェアしていた顔なじみだ。家事にこき使われてはいたが、中隊長レンジャーの隊員たちを引き連れてやってきたのである。
「キクナとミズナ、ありがとう助かるよ。いてくれるだけでやる気がわいてくるよ」
こんな美人二人がいれば誰でもそうなるだろう。
Qは何やら筆で字を書いて手壁に張った
”めざせ九月就航!”
ユートガルト城にオオガミと茜、葵がツキノワを学園に送って帰ってきた。三人はすぐさまハルトの元へとやってきた。ハルトの部屋は研究室のように改造されていた。中央に水槽に入ったハルトが浸かっていた。
「ツキノワは学園に無事送っていたよ。すまなかった無理を言って転入の手続きを取ってもらって」
「お安い御用だ。卒業生の国王が言っているんだ。学園長も無下にはできないさ」
「しかし作戦の内だといってこのざまか」
コンコンとハルトの使ったガラスをたたく。
「ああでもしなければマサカドに隙を作ることができないと思ったのさ」
「しかしボロボロになっているじゃないか、治るのか?なんか小さくなってないか」
「修復不能な細胞を取り除いて再生していると徐々に子供になったんだ」
「今更子供になろうとしてるのか」
茜と葵もしげしげと水槽をのぞき込んでいる。
「ご主人様、これはこれで初めてお仕えしたときのお姿になられるとは新鮮でございますわ」
葵が言った。
「かわいいね。ご主人様、お仕えがいがあるよ」
茜が笑いながら言っている。
「この三人だけにはこれからの俺の計画を打ち明けておく、タマモには内緒だ」
三人は居住まいを正してハルトの計画を聞いた。
「俺は転生者だ。これはオオガミも知っている。生まれ変わる前の記憶もある。女房と子供がいた。そして事故で息子ともども死んでしまったんだ」
「息子様は転生してないのでしょか」
葵が尋ねてきたが
「それはわからないがどうでもいい。肝心なのはその事故を防ぎたい」
「そんな運命を変えることができるのですか」
茜は驚いて聞きなおした。
「この体に事故の一日前の息子晴明の魂を召還させるんだ。そして事故に対処できるように修行して戻す。それだけだ」
「それだけだって、そんなことで運命を変えれるのかよ」
「わからんがオオガミ、お前の呪いは解けたのか」
「いや前のままだ」
「マサカドはまだ生きている」
「なんだって!」
「逃げた先は日本の平安時代だ。卦の結果わかった。それを追いながら晴明も助ける。それが俺の成すことだと思う。それでオオガミの呪いも解けるはずだ」
「俺にはよくわからん話だがお前が言うのならそうなんだろう。お供するぞ」
「私たちもお願いします。この身は死んだかりそめの命です。最後までご協力させてください」
「ありがとう。オオガミ、茜、葵」
「それでいつ平安時代に旅立つのですか」
茜が確認をした。
「この体の修復には年明けまでかかるだろう。それからになる」
「でも事故を防いでしまったら、ご主人様は死ななくて転生することがなければ、私たちのこの世界はどうなるんです?」
葵が疑問を口にした。
「マルチバース理論というものがある。あの時こうしておけばとか人生の岐路の数だけ世界がある。枝葉が分かれて新しい世界があるんだ。今俺たちのいる時系列はそのままで新しい世界が出来上がる。何も変わらないはずだ」
「よくわからんが俺たちは自分の人生を生きるということか」
「ああ、そういうことだ。俺は妻を悲しませる世界を変えたいんだ」
「うらやましいなその人はそんなに愛されているなんて、私もそんな人に出会いたわ」
茜はそういった。
「タマモはどうして連れて行かないのですか。家族じゃないんですか」
葵が問う。
「あいつはここで楽しい人生を送ってほしいんだ。今バンド活動で生き生きとしてるだろ」
「そうですかね。タマモはご主人様を愛していますよ」
答えに困るハルトであった。