〇奠胡の杖
「豚まん五十個ください」
「父、そんなに食べられないピコ」
「ピコーナ、これはタマモさんたちにお土産だよ。僕らは店の中で食べよ」
タウロから頼まれた買い物を済ませ宋人街でおやつの時間を取っていた。
「ピコッ!!」
ピコーナの跳ねた三本の毛が小刻みに震えている。
「どうしたのピコーナ」
「父、近くに妖がいるよ」
「そりゃ大変だ。いくよ」
豚まんを何個か握ったままお店を飛び出した。
「父、あっち」
港の方を指示している。
「飛ぶよ」
黒猫を抱いて飛翔態に変化したピコーナに乗って現場を目指した。
「あっ清盛さん」
清盛がバグログと闘っていた。そのままピコーナでバグログに突っ込んで
跳ね飛ばした。
「おお、ハルアキ殿、助かりました。どうしてここへ」
「ちょっとお買いものでたまたまです。すみません猫ちゃんちょっと預かってください」
黒猫と豚まんをひとつ清盛に渡す。
立ち上がるバルログは体中から炎を噴出しながら大きな鉞を持っている。
「こいつ何者なのピコーナ」
「父、導魔法師のデータベースから冥界クインテットのバグログと一致ピコ」
「こんな奴に楽器が使えるの信じられないよ」
炎のムチがハルアキを襲う。巧みによけるハルアキ、注意を引き付け港の人たちから距離を取らせた。
「消火しないとだめか」
しろたえのゆきをあるじす
あながちなり
せめてものこおりもてなす
氷結
瞬く間にバルログを氷漬けにした。ピコーナがドリル回転して突っ込む。
バルログは粉々に崩れ去った。魔石が転がる。ピコーナが食べようとすると黒猫が横から入り食べてしまった。
「泥棒ネコピコ」
黒猫はすまして毛づくろいをしている。
「さすがフースーさんのペットだな。ピコーナ許してあげてよ」
「父、あそこ」
荷物の陰に隠れてサテュロスが覗いていた。
「加速」
サテュロスを捕まえてロープで縛った。
「やっと捕まえた。おいサテュロス何のつもりだこれは」
「ハルアキさま、ゆるしてください。奠胡のやつに命じられて騒ぎを起こしてこいと言われまして、すみません見逃してください」
ぺこぺこと頭を下げて許しを乞うている。よく見ると着るものも体もボロボロになっている。
「どうしたんだいボロボロじゃないか。何かあったの」
おいおいと泣き始めたサテュロスだった。
「奠胡のろくでなしがひどいんですよ。ハルアキ様聞いてください」
とたん愚痴を言い始めた。延々数分間、怒り泣きしゃべり続けた。
「わかったわかった、もう泣くなよ」
不満を洗いざらい言ったおかげで付き物が落ちたように静かになった。
「つまり、魔石は後三つあって、奠胡たちはそれを使って騒ぎを起こして僕たちの邪魔をするってことだね」
「そうそうそうです。悪いやつらですよ」
「お前ものその一味じゃないか、何を言っているのかわかってるの」
しょげているサテュロスであった。
「あいつらの言いなりにならないで逃げちゃえばいいんだよ。清盛さん、この男を宋船に乗せて逃がしてやってよ」
「何を言っておられるハルアキ殿、打ち首にしてもいいほど罪を重ねている奴ですよ」
「そういわずにお願いします。殺して罪を償わせるより生きて人の役立つことをして罪を償う選択をさせてあげてよ」
「うむ。なんとも不可解な考え方でありますが、無益な殺生も仏の教えとは異なりますな。おい。サテュロスと申すものハルアキ殿の恩赦に感謝せよ」
「ありがとうございます。この御恩一生忘れずに精進いたします」
縛られたまま頭を地面にこすりつけて礼を言った。ハルアキはロープを斬りほどいた。
「ハルアキ様、この杖が愛宕山のアジトの結界のカギとなります。どうぞお持ちください」
奠胡の杖をもらい受けた。
「ありがとうサテュロス、向こうでは元気に暮らして真面目に働くんだぞ」
「必ずお約束をお守りいたします」
またも頭を地面に擦り付け約束をした。
「さて、ピコーナ、導魔坊に帰ろう。それじゃ清盛さんよろしくね」
空高く舞い上がっていった。
「あら、清ちゃんに喜ちゃん、こんなところで油売ってタウちゃんに怒られないの」
居酒屋ホヘトでタマモは二人を見つけた。
「いや、坊ちゃんが福原から帰るまで休憩だと言われたもので」
「息抜きですよ。タマモの姉さんご勘弁を」
清八、喜六は一杯だけだと弁解した。
「清やん、喜ぃ公、なかなかのべっぴんさんたちだが知り合いか」
「あらうれしい、お兄さんまあ一杯どうぞ」
タマモが酌をしているのはツキノワとここでは呼ばれている槌熊だった。
「へい、奥様とフースーさんは導魔坊にお住いの方々です」
清八が答えた。
「そりゃ豪勢な奥方たちだ。ツキノワだ。お近づきに」
タマモとフースーに返杯をした。
「ところでハルアキ君はしっかり修行しているかい」
「あら、ハルちゃん知っているの、今日はお使いで福原へいってるわ」
「瑠璃温泉で一緒の風呂に浸かった仲だ」
「蟹料理を食べたときね。早くまた蟹食べたいわね」
しばし杯を重ねた。
「奥様達そろそろ坊ちゃまが帰ってきそうなのであっしらはこの辺で」
「私たちも帰るわ」
四人は導魔坊へと戻っていった。
四人がたどり着くと空から
「ただいまー」
ハルアキとピコーナが帰ってきたところであった。地上に降り立つと黒猫がフースーのところに駆け寄った。
「あら、ミケーレ、ハルアキ見つけてくれたにゃ。ありがとにゃ」
「かわいい猫ちゃんね。ミケちゃん、タマモだよ」
タマモがミケーレを撫でた。
「にゃー」
フース―は神速ののバングルを首輪のようにかけた。
「ドーマの占いはよく当たるにゃ」
「よかったね。フースーさん、ミケーレもご主人様に会えて」
「ドーマちゃんもやるときはやるわね。おみくじみたいだなっていったけどあとで謝っておこう」
「そうだ、ドーマさんに報告があるんだ」
ハルアキは急いで中へと入っていった。
「ドーマさん、バルログと闘ったよ」
「何、あのバルログか、大事はなかったか」
「うん、凍らせて粉々にしたよ。それとサテュロスを捕まえたんだ。これがアジトの鍵だって」
ドーマに奠胡の杖を渡した。
「よくやったぞ!ハルアキ、それでサテュロスは」
「あんまり可哀そうだったから、逃がしてあげたけどよかったのかな」
「ふむ、まあいいだろう。おまえが信じてあげたのならわしもそう信じよう」
表情は見えないがやさしい顔をしたように思えた。
「それと冥界クインテットがあと三体いるみたいなんだ」
「そうかどの三体かわからんが警戒せんといかんな。オオガミにも伝えておけ」
「はい」
報告が終わるとすぐに厨房に向かった。
「タウロさーん、買ってきたよ」
「ありがとうだ。坊ちゃま、すぐに料理にかかるだよ」
「いえーい!楽しみにしてるよ」
食事の時間までゆっくりと風呂に浸かったハルアキであった。