●蛇の女
自分と息子、晴明が事故死した後の妻、陽子が狂わんばかり泣き続ける夢を見た。こちらに転生してから何度も見た悪夢である。ここ数年はうなされることもなくいたのだが、寝覚めの悪い朝だった。びっしょりと汗をかいた夜具を脱ぎシャワーを浴びた。
「二人の死は俺のせいなのか」
浴室の壁をたたき自問自答で答えを見つけようとしていた。言い訳を探しているのか。自責の念であふれだす思いで心はいっぱいであった。
「これが戦争なのさ。自分を責めるんじゃないハルト」
ふりむくとオオガミがタオルを持って立っていた。
「戦力が不足してきたんだろ、応援にイソルダ、アルジェも来ている。俺は不死だが何度も理不尽な仲間の死を腐るほど経験してきた。不感症になっているかもしれないがこれもまた次の世代に希望のバトンを渡すようなものだと考えるようになったぜ」
「簡単に言ってくれるよ。この水が手から滑り落ちていくのを黙って見てろというのか」
頭から降り注ぐシャワーの水をハルトは氷結の呪文で凍らせ握りつぶした。
「こんな風に掴むことのできる力を持っているんだぜ」
「万能の力なんてこの世にはない、救えぬ命もあるのさ。その怒りは敵に向けろ」
オオガミの助言は耳には入らなかった。一度はその理不尽な死を迎えた経験が死に対する考えを変えていた。
「次のターゲットはもう決まっているんだろう。朝飯を食いながら聞かせてくれ」
食事に興味のないオオガミの珍しい一言だ。彼なりの励ましの言葉だろう。
イソルダ、アルジェが朝ごはんの準備をして待っていた。働き者のメイドたちだ。
「おはようございます。ご主人様」
ふと平和に暮らしていたベールでの暮らしを思い出した。
「おはよう!私の分も作ってよ」
元気よくタマモが入ってきた。
「おいおいお前までどうしたんだ」
「ハルトが元気ないって聞いたから私が分けてあげに来たのよ」
抱き着いて頬をすり寄せる。
「わかったからそこの席に付け」
確かに心に元気が湧き出てきた。タマモの笑顔は特効薬だった。
「次のターゲットはトウコ区のエキドナなんだがヘイ・オン・ワンに探らせているが今のところ何もいい策が浮かばない」
「犠牲を出すのが怖くてか」
オオガミの言葉は正解だが少し違う。強行しようにも糸口さえ見えてこない。
「ハルト、ダブルフルムーンが来るまで待て、少々無理な作戦もこなせるからそれも考えておいてくれ」
ユートガルトには大きな月と小さな月が上る。その二つの月が満月になるとオオガミは不死の力が最大となり戦闘力も桁違いに上がるのだ。
「それは何よりだ。今は調査部の報告を待つことにしよう」
「ねえハルト、しばらくすることないならバンドの練習しようよ」
「またそれか、だめだだめだ」
「じゃあ海へいこうよ。ここから北の国境にいい海があるらしいよ。お魚料理も美味しいそうだよ」
北の隣国バーチのことらしい。
「仕方ないな。それくらいなら付き合ってやるよ」
魚料理に少し興味がわいた。
「わーい!じゃあ水着買いに行こっと。イソルダ、アルジェ一緒に行こうよ」」
食事を終えると街へ飛び出していった。
「いい気分転換になるだろう。ここは俺に任せておけ」
三人が戻るとトウコ区の港から漁船に頼みバーチへ向かった。
まさかバーチでエキドナと闘うことになろうとは夢にも思わずに