〇謎の人形
「ハルアキ、俺たちは先に帰っているからな」
オオガミはドーマ、タウロと京の導魔坊へ戻っていった。
「ハルちゃんどこに温泉があるの」
「葵ちゃん昨日の炭酸水どこで汲んできたの?」
「あちらでございます」
川沿いの柳の木々が生えている場所に湧き出していた。その水をぺろりとなめると
「間違いない炭酸泉だビンゴ!やっぱり温泉だ。でも浴槽どうしようかな」
「お湯持って帰って導魔坊のヒノキ風呂に入れればいいんじゃない」
タマモの発想はいつもながらに大胆だが、一理ある。
収納の魔法陣を試してみた。葵のリュックのようなものだ。亜空間に物質を収納する魔法だ。ハルアキはその温泉水を魔法陣に汲み上げた。
「よしこのくらいで十分だろう。帰ろうか導魔坊に」
「ピコッ」
「私たちは足で法師様を追いかけて帰るからピコちゃんで二人は帰りなよ。早く風呂入りたいんだろ。ハルアキ」
と言って茜と葵の二人駆けだしていった。
「じゃあ、タマモさん、僕らも行こうか。ピコーナ頼んだよ」
「了解!ピコ」
「奠胡様、大変です。陰陽師たちが異次元牢獄から脱走しました」
サテュロスが愛宕山の隠れ家に戻ってきた。
「何この馬鹿者が!」
杖で殴りまくる。
「わ、私のせいじゃありませんよぉ奠胡様」
うずくまり叩かれるままでいるサテュロス。
「迦樓夜叉はどうした」
「知りません、逃げるだけで精一杯でそれどころでは」
「なにがそれどころじゃ」
またも殴られるサテュロスそこへ迦樓夜叉が蝙蝠姿で帰ってきた。燃え尽きた上半身を取り込み元の姿に戻ると、サテュロスを全裸で蹴りまくる。
「この野郎、タマモたちを案内しよって、縊り殺してやろうか」
サテュロスの首を絞めだした。
「まあ、そのくらいで許してやれ、これでも大切なわしの大切な駒じゃ」
珍しく奠胡がかばうがサテュロスを思ってのことではない自分の便利の為だけだ。
「しかしやつらが戻ったとは厄介だな。マサカド様はまだ眠ったままじゃ。この隠れ家を隠匿の結界で覆うとしよう。それより槌熊はどうした。どこにいる」
「奴はいつもの気まぐれだ、京の町へ呑気に散歩に出ておるわ」
「まったく、どいつもこいつも、それより迦樓夜叉、人食いはしばらく控えたほうがいいぞ」
「わかってるよ。あの小僧に手ひどくやられてしまったが今は静かに傷を癒すことにするわ」
サテュロスはまた何か言いつけられると思いこっそりと這って逃げようとしていたが
「サテュロス!槌熊を探してこい!」
「は、はい」
貧乏くじを引くのはいつも自分だという悲しい顔で返事をした。
「ちょっと待て、これをついでにあのドーマハルトに似たガキに渡してくるがいい」
奠胡はサテュロスに額に札の貼った人形を渡した。
「この童の人形はなんでございます」
「無駄なこと聞くではない。さっさと渡してこい!」
杖でサテュロスの尻を叩いた。
「おかみ、あの面白い二人づれなんといったかな」
「清やん、喜ぃ公はんのことやね」
「そうそうまだ来ないのか」
「そうどすな。夜の仕込みがないときはそろそろどすけどね」
鰻屋イロハの隣の酒肆(居酒屋)ホヘトであるがしゃべっている男はツキノワ別名槌熊である。このところここで酒を呑んで愛宕山へ帰っている。
「料理人なのか」
「へえ、あの有名な導魔法師様の使用人どす」
そこへ人に化けたサテュロスが入ってきた。
「やはりここにいらっしゃいましたか」
と耳打ちをする。
「おかみ、ここに勘定を置いておく。またな」
「へいおおきに」
「サテュロス、それは本当か」
「はい、陰陽師一行が脱獄しました」
「それはいい、楽しくなるな」
槌熊が愛宕山の方へ帰るのを見届けて導魔坊の方へ歩いていった。
ピコーナは導魔坊の庭に降り立った。
「ただいま!」
「おお、帰ってきたにゃ。お帰りにゃ」
「待ちわびたぞ。でどうだった。迦樓夜叉片づけたか」
フースーとヨダルが迎えてくれた。
「失敗しちゃった。また逃げられちゃった」
「まあ無事で何よりなのにゃ」
「坊ちゃん、お帰りで。湯殿の改築が終わって職人が帰ったところです」
清六が報告した。
「そうなの間に合ってよかった」
導魔坊の湯殿を改築する手はずを愛宕山に行く前に済ませたハルアキであった。
「タウロさんも夕食前には戻ると思うから準備お願いしますね」
「はあい、かしこまりました」
「さてと、お風呂場見に行くか」
そこは男湯と女湯に分けられた湯殿があった。
「よかったこれで邪魔されずにゆっくりお風呂に入れるよ」
そして、収納した宝塚の湯を張った。
「タマモとピコーナはこっちね」
女湯と染め抜かれた暖簾も出来上がっている。
「あら、寂しいわね。まあ、フーちゃんもいるしいいか。フーちゃんお土産の温泉よ。早く入ろうよ」
女湯はワイワイとにぎやかになった。男湯には僕とヨダル。浴室は以前もまま利用して塀を作って二つに分けただけだが充分だ。
「なかなか懐かしい泉質のいいお湯だな」
含炭酸・含鉄のお湯だ。ちょっと浴室は狭くなったが満足だった。
風呂上り浴衣に着替えた。庭で涼んでいるとドーマが戻ってきた。
「おかえりなさい。タウロ、おなか減ったよ」
「はいはい、坊ちゃま、今日はちゃんとした晩御飯作りますだ」
食堂にみんな集まった。ドーマもいる。
匂いからすると今日は揚げ物だな。大正解だった。清八、喜六がコロッケを運んできた。あとはおばんざいだ。煮炊きものがテーブルに並んだ。
「いただきまーす」
サクサクに上がったコロッケ、中はホクホクのジャガイモでラードで揚げている、お肉屋さんコロッケだ。
「今日タマモさんが発火の力使ったけどどうやってやるの?」
「あれは怒った時しか出ないの難しいのよ」
僕はちょっと怒りの感情を思い出して箸先を見つめると、ポッと明かりが灯った。
「あらすごいわね。すぐできちゃったね」
「これはどういうことだ」
驚いたのはドーマだ。
「まったくお前には驚かされる。その狐火は生命を持ったように敵を追尾する。火球とはまた違った使い方ができるので練習するがいい」
首を傾げたドーマだった。なぜ僕が念動力や狐火が使えるのかが不思議なようだ。
「しかしカルヤシャはどこに逃げたのかな」
「それは調べがついてるよ。葵が式神を使ってサテュロスを追いかけたから」
葵の肩に止まった雀が耳打ちしている。
「チュンタが言うには愛宕山に戻っているようです」
式神が式神を使っているのも妙な話だが
「茜も式神使えるの?」
「また今度見せてやるよ。ハルアキ」
「しかし考えたね。やつらも一度逃げたとこは探さないものね」
「ただ油断してるだけじゃないの私たちを牢獄に送り込んだから」
茜の身も蓋もない意見が正しいのかもしれないかな。
「じゃあ、明日探しに行くの?」
「いや、間もなく新月だ。せめて一週間待とう」
オオガミの戦力が不足した状態では危険ということか。
「新しい力を修行する時間だね」
月のない梅雨明けの夜空は暗く静かに導魔坊を包んだ。
寝床に就いた晴明は寝入りばなであったが何か気配を感じて窓の蔀戸を上げ外を覗いた。
「まったく、人使いが荒いお人だ。どうやってあの小僧にこれを渡せばいいんだか」
サテュロスは導魔坊の塀を覗き込んでいた。そのとたん蔀戸が開いてハルアキと目が合ってしまった。
「ひぇー」と逃げ出してしまったが人形を落として行ってしまった。
「あっ!待て」
ハルアキは飛び出し塀を飛び越えたがすでに逃げ去った後であった。
「おかしいな誰か覗いていたと思ったんだけど」
足元を見ると人形が落ちていた。
「なんだこれ?」
拾い上げて見ている。
「何かお札が張ってあるな名前でも書いてあるのかな」
お札を引きはがしてた調べようとした途端、ハルアキの姿は人形に吸い込まれてしまった。
屋敷の外には人形がが一つ転がっているだけであった。




