△味変と明日の予定
しっかりと昆布で出汁をとった上に薄口の醤油で味付けされ蟹と菊菜と豆腐だけのシンプルな鍋であったが素材の味がよく引き出されていた。誰もが無言で固いゴツゴツの殻から甘い身をひきづり出してはむさぼり食い始めた。アカネとアオイは大根と蒟蒻の味噌おでんと甘辛い味とゴマが決め手の手羽先を作っていたがそれどころではなさそうであった。
「ひなたもタマモももっとゆっくり食べなよ。誰も盗りゃしない、アカネにも分けてやれよ」
「晴兄、大丈夫だよちゃんといただいてますよ。それより手羽先はどうですか」
「おいしいよ。これはアカネが作ったの」
「うん、味付けはアオイだけどあげたのは僕だよ」
「お昼の唐揚げもそうだけど、火加減はバッチリだね。外はカリッと中はジューシーで名古屋コーチンのいい味を引き出しているよ」
「こんなに大きなカニを食べるの初めてだよ。輝也はどう異世界のカニと味はちがう?」
「全く一緒だよ。それよりこのおでんっていうのおいしいね」
「名古屋名物なんです。八丁味噌を使っていて関西風とは全く違ていますけどヤジロウさんはどうですか」
「田舎のおばあちゃんの家に行った時に食べた味とそっくりアオイはすごいな」
「田舎って名古屋なの?」
「そうだよ。パパは名古屋出身なんだ。そうだ!おばあちゃんがどうしているか調べに行かなくちゃ。お母さんとパパに報告しないと」
「まあそれは心配ね。明日、一緒に調べに行きましょうか」
「ホント嬉しい、いいのアオイ」
「それじゃ私が八式で一緒に行ってあげるわ」
タマモとしこたま日本酒を呑んでいた鬼無瀬にも聞こえていたようだった。
「リサ先輩まで巻き込んじゃっていいんですか」
「いいわよいいわよ。おばあちゃん元気だといいね。明日の朝早速参りましょ」
鍋はどんどん減って、追加を投入と宴は進んでいったが晴明は残りのカニを調理場へと運んでいってしまった。
「晴ちゃん、どうして持っていっちゃうの」
「まあ待てよ。味変だよ」
と言ってカニにガスバーナーで炙り出して再び机に戻ってそれを投入した。カニの焼ける匂いがあたりに漂ってきた。
「どうぞ、これで食べてみて」
その香ばしい香りは鍋の味を激変させた。
「うわ!おいしいです!晴兄」
「晴ちゃん!ナイス!」
皆は残りのカニをあっという間に平らげてしまった。
「こんなのもいいでしょ。旅先で知ったんだ」
「晴兄様、締めの雑炊は普通でいいんですか」
「いつものでアオイ、いいよ」
八雲家の雑炊には卵を入れない。せっかくの出汁の味がぼやけてしまうからだ。その雑炊もあっという間に平らげてしまった。
「ああ、もう終わりか、ねえねえ晴兄、これで終わりなの」
「ひなた、安心してそういうと思って実は少しカニ残しているから芙蓉蟹どんぶり作っちゃうよ」
「アオイはさすがだね」
と言って酒飲みの二人を除いた分の丼を用意してそれもすっかり平らげ終わったのだった。
「お腹いっぱい!ごちそうさまでした。晴兄、お土産美味しくいただかせてもらいました」
「喜んでもらえて嬉しいよ」