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△逃走したもの

 電源復旧もままならない街、月明かりだけの中、一台のバイクが動植物園の入り口ゲート前に止まる。

「着いたよ、ジロー君、ここからどっちへ行けばいいのかな?おばあちゃん()は」

 背後の喜多屋(きたや)に聞くと間髪を入れず

「ここまでくればもう分かりますよ。ばあちゃんのとこ行くといつも必ず歩いてここへ来ていたから、こっちの道を進んでください」

 後ろに乗る喜多屋が身を乗り出し指差す方向へ晴明は向かっていくと

「ここを曲がった先・・・あの家!」

 大きな庭のある古い家の表札には喜多屋と掲げられていた。

「ばあちゃん!ばあちゃん!ジローだよ。神戸から来たよ!」

 喜多屋はバイクを飛び降りると固く閉じられた門の外から大きな声で叫んでみたが応対がはない。

「ひな兄、いないのかな」

 そう言う喜多屋を突然、晴明が抱き抱えられ塀から遠のけられてしまった。塀を乗り越え何かがその喜多屋がいた場所に現れた。

「異界獣!いや違う」

 大きな虎が唸り声をあげこちらを威嚇していた。

「ジロー君、メダルは持ってきているよな」

「はい、召喚しますか」

「頼む、虎の動きを止めてくれ」

 喜多屋はポケットから一枚メダルを取り出し虎に向かって投げた。

「ノウマク サンマンダ ボダナン バク!来たれわが眷属(けんぞく)!」

 獣は投げつけられたメダルに何かを感じ避けようとしたがイワザルが現れ虎の首を羽交締めにした。どんなに足掻いても万力のように虎を締め付け唸り声支え出せない。晴明はゆっくりと近づきその頭を掴み詠唱を始めた。


ゆふづくよあかときやみにねぶる

睡眠(ソンノ)


 イワザルの腕にはグッタリと毛皮のように沈黙する虎

「殺しちゃったの?」

「眠らせただけだ。おそらく動植物園から逃げてきたんだろう。返しに行こう。イワザル、ジロー君と一緒についてきなさい」

 イワザルは片手に虎を抱えたまま喜多屋を掴むと肩車をすると駆けていく晴明を追いかけた。動植物園に着くと高く飛び上がり中へと入り込むと事務所にいた飼育員を見つけ出した。

「虎逃げ出してませんか?」

 事務所を覗き込んだ晴明は尋ねた。

「あなたは今頃何を言っているんです。地震が起こった日から毎日、拡声器で注意を促しているじゃないですか」

 疲れた顔の飼育員は吐き捨てるように答えた。

「やはりそうですか。よかった。見つけましたこちらです」

 部屋を飛び出した飼育員はまず大猿、イワザルの姿を見て驚いた。

「こ、こんな猿は逃げ出していないですよ!!いったいどこから連れてきたんですか」

「飼育員さんよく見てください。これですよ」

 イワザルは虎の首根っこを猫のごとく掴み飼育員に見せた。

「生きているんですか。キータは」

「大丈夫です眠らせているだけですよ。半日は目覚めないでしょう」

「虎舎まで案内します。こっちです」

 無事虎を返した喜多屋はイワザルをメダルに戻した二人はおばあちゃんの家に戻ると明かりがついていた。

「ばあちゃんもう危険はないよ虎はもういないよ。ここを開けて」

 静かに扉が開くと

「ジローなのかい」

「ジローだよ。みんなは大丈夫」

 玄関から叔父の一郎がやってきた。

「どうしてジローこんなところまでさあ入りなさい」

 蝋燭の灯りの中叔父家族と対面したのであった。お互いの無事を確認したあと喜多屋家を後にしたのだった。


「よかったなジロー君、みんな無事で」

「でもこれからどうなっちゃうんだろう。昔みたいな生活は取り戻せるのかな」

「それは大変だろうけどみんなが力を合わせて前に進んでいくだろう」

「そうなるのかな」

「君たち若い力がそんなことを言っていてどうするんだい。必ずみんなで復興の希望を絶やしちゃだめだ」

 晴明は力強く喜多屋の肩を抱いていた。

「さあ、帰って風呂にでも入ろう」

 バイクのキックスタータを力強く踏み込んだ。

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