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〇梅雨の晴れ間

 小糠雨(こぬかあめ)の降る朝、湿気の多さに憂鬱(ゆううつ)な気分になる。

「オオガミよ。青龍の調査にはわれとハルアキと神獣たちで向かうゆえ、都へ先に帰って警戒せよ」

「法師様、ご一緒しなくてよろしいですか」

「心配するなオオガミ、やつらはすでに京へ戻っておるじゃろう」

 玄武のヨダルの案内で御所より東の道をまっすぐと進んだ。傘を差さないドーマの頭上だけ雨が降っていない。ピコーナはタマモが着せたのであろうピンクのかわいいレインコートのフードをかぶり、ヨダルとフースーは雨も気にせず濡れたまま歩んでいく。僕だけが傘を差している。


 30分ほどで今の異人館があるところに着いた。

「確かに争った跡があるの」

 ドーマは祠の周りを見て頷いた。

「ミシエルの血がこんなところにあるにゃ。怪我をしてかわいそうにゃ」

「青龍を捕縛しようと争ったのであろう」

 ドーマは呪符の後を見て推察した。

厄災(やくさい)の王の()(しろ)として使おうとしてるかもしれんのう」

 ヨダルはぽつりとつぶやいた。

「そうか、それで()に落ちた。強靭な青龍の肉体を使おうとはこれは厄介じゃ。ハルアキ、京へ急ぎ戻るぞ」

 というと魔法陣を描き始めた。

「ヨダル殿もうしばらくご一緒願うぞ。ハルアキ、転送(インヴィーア)じゃ」

「ええっ、ここから京へ飛ぶの、できるかな」

「今のお前なら造作もないことだ」

 傘をピコーナに預け「ピコーナ、ナビゲーション頼むよ」

「ピコッ」

 全員が魔法陣に乗ったのを見届けると



あまとぶや

かりのゆくさきしめしけれ

かのちめざしてとぶらう


転送(インヴィーア)



 導魔坊の庭に立っていた。瞬きをする間もない出来事だった。

「この術使えばどこでも行けちゃうね。ドーマさん」

「魔法力の残量を見てみるがよい」

「うあ、半分なくなってる」

「この術は膨大な魔法力を使うゆえ、注意せねばならぬのじゃ。この後戦いがあったらどうする」

 たしかにきっとドーマの実体験から出た言葉だろうとハルアキは理解した。

 実際、おのれの策に過信して魔法力を使い果たしたため、見す見す目の前にいたマサカドを一度は取り逃がしている。

「ハルアキ、部屋で(えき)をするぞ」

 導魔坊の錬金部屋に行くとすさまじい勢いでドーマが八卦のウインドウを開いていく。 ここに三体いる神獣のデータウインドウもある。この神獣たちを使ってもう一匹の居場所を特定するつもりだ。

「うむ、おかしい」

 僕もうしろからウインドウを眺めているが確かにおかしい。

「ドーマさん、青龍は冥界(めいかい)にいることになってるね。死んじゃってるの」

「いやにゃ!ミシエルっちが死ぬわけないにゃ」

屍術師(ネクロマンサー)の仕業じゃろう。魂が定着するまで冥界に隠しておるじゃないかのう」

「ヨダル様、私もその結論しか浮かびません。手も足も出せませぬ」

 ドーマは黙り込んでしまった。

奠胡(テンコ)を先に倒して取り出せなくしちゃえばいいんだよ」

「あの臆病者がそう簡単に姿を見せるわけがない。三上ヶ嶽(みうえがたけ)のアジトもすでに引き払っているだろう」

「指をくわえてマサカドの復活を待つしかないの。悔しいな」

 沈黙が続いた。


「あのう、法師様お戻りでしょうか」

 清八の声がする。

「清さん、帰ってきてるよ」

 扉を開けて清八、喜六が顔を出す。

「愛宕山にお出かけになってから数日さっぱりと音沙汰がないもので喜ぃ公と心配をしておりやした」

「ごめんね心配かけて、タウロたちは福原からこっちへ向かっている途中だと思うけどみんな大丈夫だよ」

「ようござんした。ところで坊ちゃん、お昼はいかがしますか」

 そういえばもうお昼だ。

「忙しくすっかり忘れてたよ。僕とピコーナとこの二人の分お願いできるかな」

「へい、四人前ですね。喜ぃ公仕事だ」

 元気よく厨房へ戻っていった。



「やっと雨が止んだわね。もうじめじめして大嫌い」

「タマモ、この時期は梅雨と呼んでここでは雨が続くんだよ」

 茜が蓑傘(みのかさ)姿で説明をした。もう三年もここにいるので季節の変化も熟知している。

「タウちゃんお昼にしよ。何か作ってよ」

「奥さんすまねえだ。福原で作ったおにぎりしかないだ」

「ちぇ、今夜はごちそう作ってよ」

 京へ向かい歩きながらの食事だった。

 雨が歩みを遅めここ武庫川までしかタマモたちは進めていない。


「オオガミ、あれ何かしら」

 タマモが人垣ができているところ指差しオオガミにしゃべった。

「ちょっと見てきますね」

 葵が駆けていって、すぐ戻ってきた。

「何人もの死体が川から流れてきたようです。どの遺体も血が抜き取られたようになっていました」

迦樓夜叉(カルヤシャ)の仕業じゃないの。あの女、精気と共に血を抜き取っていたから」

「この上流に潜んでいるのかな。あの女」

「とりあえず京まで戻り、法師様のご到着をお待ちし指示をうかがうことにしよう」

 オオガミは愛宕山での罠にかかったことで慎重になっている。

「いいわ、私一人で川をさかのぼってみるから、ドーマちゃんに伝えておいて」

「おい、タマモ勝手なことをするな」

 しかし勝手にどんどん上流へと進んでいった。

「茜、葵後を追ってくれ。俺は急いで京に行っておくから」

 オオガミの判断は正解であった。福原に戻るルートでドーマを探しに行けば行き違いになるところであった。


「坊ちゃん、お客様もお待たせしました」

 喜六と清八が丼をもって食堂に料理を運んだ。

「稲荷ずしときつねうどんか。いいねありがとう」

 二人の作ったおうどんはタウロに負けず劣らず美味しかった。

「稲荷ずし、タマモさんの大好物だな。今どのあたりだろう」


 雨はすっかり上がり雲の切れ間からお日様が顔を出していた。

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