◎ユートガルト・オンライン
晴明は大学を無事卒業すると白鳥の紹介で東京の出版社にエディトリアル・デザイナーとして就職をした。本の装丁やレイアアウトなどをデザインする仕事だ。京都の下宿の荷物を引っ越し屋のトラックに任せ、自分は愛車のバイクで引っ越し先に向かうつもりでいた。その前に家に立ち寄っていたのだった。
「晴ちゃん、バイクで行くなんて疲れないの振動がすごでしょあのバイク」
彼の愛機は入学祝に父親に買ってもらった黒い400㏄で単気筒のエンジン音がとてもいいバイクだった。バイクでの遠出は慣れている。ほぼ日本国中をツーリングしていた。遊びではなく招待状を受けた仕事でだったが。
「お袋たいしたことないよ。慣れてるよ」
「もう嫌だ。母さんって呼んでよ。四年間下宿して戻ってくるたびにそう呼ぶようになっちゃって、母さんて言ってよ前みたいに」
「わかったよ。母さん、正月には戻ってくるから親父と仲良く元気でいてくれよ」
「う~ん・・泣けてきちゃったわよ。出かける前にみんなですき焼食べて行ってね」
涙目になっている母にハンカチを渡して食堂へ向かう。節目節目はすき焼を食べる。八雲家が代々続けてきた慣習だ。食堂には十五歳離れた小さな妹ひなたと同じく妹のようなアカネとアオイがVR ゴーグルを被って騒いでいた。陽子は三人のゴーグルをむしり取ると
「ゲームはそこまで、早くテーブルに座りなさい今日は晴兄ちゃんの送別会よ」
「ママ?送別会ってなあに」
「ひなた、兄ちゃんは東京に住むことになったんだよ。大学の時よりももっと会えなくなるからからだよ」
「いやだ、晴兄行かないで」
ひなたがしがみつくとアカネやアオイまで抱き着いて泣き出してしまった。ふと見ると背中に母が抱き着いて泣き出していた。収拾がつかない大ピンチだ。
「もう、困ったな一生逢えないみたいじゃないか。また帰ってくるからさ泣かないでよ。こういう時は笑って見送るもんだぜ。言うこと聞かないと本当に会えなくなるぞ」
その言葉は効果覿面であった。小さな子供たちは泣き止んでくれたが
「もう母さんたら、こんな小さい子が泣き止んでるのに必ず帰るよ約束するよ」
「針千本?」
「わかったよ。ほら指切りげんまん」
陽子は落ち着いたのか
「お父さん呼んでくるね。晴ちゃんは鍋の準備しておいてね」
けっろとして出て行った。こんな母が大好きな晴明であった。
「ひなた、ゲーム面白いか」
「うん、楽しいよ。悪い敵をバンバンやっつけるのスカッとするよ。アカネとアオイでパティ―組んで戦ってるのよ」
「そうか兄ちゃんにもゲーム画面見せてくれるかな」
ひなたは母から取り上げられたゴーグルを晴明にかぶせた。
「これってテンミニッツが開発したゲームじゃないか。開発画面を見せられて感想を聞かれたな。それでこのヴァルキリーってのがひなたか」
格闘系RPGのゲームでユートガルト・オンラインという名で市販されていたものだった。ひなたのアバターは母タマモそっくりのマトリックスでアカネとアオイはというと虎耳がアカネ猫耳がアオイでイソルダ、アルジェとネーミングされていた。出現する敵たちはユートガルトの魔人や魔獣たちだった。
「どのくらい進んだんだ」
「今は冥界クインテットと戦闘していたのにママにゴーグル取り上げられて全滅しちゃった」
まずは来るべき時に備えての情操教育ゲームなのか、それにしてもヴァルキリーって
「でもどうしてヴァルキリーって付けたんだ」
「パパが最近よく聞いているニーベルングの指環って曲が気にったから」
晴明は神々の黄昏という言葉をなぜか連想していた。




