〇盗賊と商人
「いつまでも寝てないで行くよハルアキ!」
茜のとりわけ大きな声で目を覚ますと葵はすでに荷物をまとめリュックを背負って出発の出で立ちだ。
「ふぁぁ~朝ごはんは」
大きなあくびをしながら眠け眼をこすりながら答えると
「京に着いてタウロに作ってもらいな、早く用意しな」
それはいいね。想像だけでよだれが溜まってくるよ。二時間ちょいでお楽しみの朝ご飯だ、がまんがまん。
歩きながら覚えたてのスキルをハンニャを呼び出して確認する。
火球は熱エネルギー系の呪文、それで最大火力はと・・・ロウソク並みですか・・お湯を沸かすにも時間がかかりそうだ。水球は水操作系の呪文で空気中の水分を集める能力だ。コップ一杯分の水を数分で生成できて喉の渇きは・・多分いやせそうだ。土壁は土系の操作の力だ。敵の攻撃を防ぐバリアか結束力が強度の目安となるけど今のところそこらの土塀と同じくらいか、まあ少しは時間が稼げるかな。電撃、これは電気を発生させる呪文で使えそうだと思たっら肩こりを直すくらいの電力だった。沐浴は回復呪文、生体の自己回復力を高める呪文だがこれもたいして役に立たない。これじゃ絆創膏を貼った方がマシだ。
身体強化系は、おっとこれは加速、0.1秒間限定ではあるが身体能力をクロックアップして特別早く動けるようだ。意外とこいつが一番役に立ちそうだ。
ハルアキたちは田畑の続く春うららかな街道を歩む。行き行く農夫たちとすれ違うがこんな変な姿をした三人連れを誰も気にも留めずに何事もなかったように過ぎ去っていく。晴明の脳裏には自分の知る平安時代ではなくよく似た別の異世界なのかなと思ってしまう。
突然周囲がざわつき始めた。晴明たちにではない。前方から暴れ馬が走ってきたのだ。その馬の先には子供が立ちすくんでいる。
「あぶない!加速!」
土煙と共に駆けるハルアキ、間一髪で子供を助け出す。
「茜、葵、馬を頼んだよ」
走り去る馬を二人の少女が追う。泣き叫ぶ子供の母親を見つけ、その子を預けるとその先に進む、何か起こっている。
荷車を轢いた商人たちが三人の盗賊に襲われていた。補正強化をかけると盗賊たちの前に飛び込んだ。
「邪魔をするんじゃねえ!退きやがれ小僧!」
「小僧じゃないよ。通りすがりのお人好しさ」
こんな場面であるにもかかわらずハルアキのテンションは上がっていた。軽く立ち回りをしただけなのに相手が驚くほど弱すぎるのか素手でアッという間にコテンパンに叩きのめして、盗賊たちを縛り上げた。
「ケガはないですか」
「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいものか」
「いえいえそれよりご無事で何よりで」
言いかけてグーっと、おなかが鳴る。かっこをつけたばかりなのに台無しだ。晴明は赤面してしまった。
「これをどうぞ」
竹皮に包んだおにぎりと沢庵をもらってしまった。
改めて話を聞くと商人たちはこれから宋への輸出品を大輪田泊、つまり神戸港に運ぶ途中だと聞いた。おにぎりをがぶりと頰張り沢庵をポリポリ食べると、おや?タウロの作ったものとおんなじ味がする。
「このおにぎりは」
「これは法師様の料理人に作っていただいた結びですが、何か不具合でも」
やはりこれはタウロ製じゃん、ドーマさんの知り合いのようだ。ほどなくして馬を引いた二人が戻ってきた。
「あーこれは茜様に葵様、この方はお連れ様でしたか。さすがにお強い、助かりました」
「ヤスナリさんよかったですね」
彼女たちの名前まで知っていた。
「申し遅れておりました。藤原康成と申します」
深々と改めてお辞儀をする。
「この盗賊たち縛ったけどもどうすればいいの」
「検非違使に引き渡すことになりますが、死罪でしょうな」
「ちょっと待ってよ可哀そうだよ」
僕のせいで人が死んじゃうなんて考えただけでもぞっとする。三人のステータスを見る。商人、漁師、料理人の特性があるほか特に悪いことをしてきたようにも見えない。よほどのことで追い込まれ切羽詰まって悪事をしてしまったんだろう。
何を思ったかハルアキは蜘蛛切丸を大上段に構える。おびえる盗賊たちはもはやこれまでと悟ったかまぶたをぎゅっとつむった。ところが振り下ろす刀は綱を断ち切る。
「もう悪いことしないよね約束して」
震えながら頭を下げる盗賊たち。
「葵ちゃん、残っている塩と醤油この人たちにあげて、ここは街道で人の往来も多いので、そこの川から魚を取って焼き魚を売る商売をしてみれば」
葵から筆を借り、丸太を真っ二つに割りそこに五芒星とへたくそな魚の絵を描き看板を作った。これでOK!
「約束だからね」
にっこりと笑った。
盗賊たちは何がどうなっているか驚き涙を流している。
「康成さんはここをよく通るのでしょ。塩と醤油をたまに分けてあげてね」
「やれやれなんとお優しい方じゃな。では私も助けてもらった御恩、少し助成してやりますか。この康成も、ただし商売が軌道に乗ればお代はしっかりいただきますが、はっはっは」
小太りの好々爺は満面の笑みでハルアキに答えた。
馬に乗り神戸に向かう康成と車夫の引く荷車を見送って京へ向かう。ふりむくと盗賊の三人は見えなくなるまで土下座を続けている。
「人の命も虫けら並みのこ世に、あんたは優しすぎるんだよ」
茜があきれている。
「ハルアキ様は優しく立派な方だと思いますわ」
「さっぱりわかんないよ。仕事を与えて塩や醤油まで、なんてお人よしもいいとこ」
「いいのよ。どこか法師様と似ているわ」
二人の言い争いを聞きながら、先へと進む。羅生門から朱雀大路に入りしばらく行くと大きな屋敷にたどり着いた。門番は茜と葵に軽く挨拶をしている。屋敷の離れの前で、
「遅かったな、足を洗って中に入れ、法師さまがお待ちだ」
オオガミが出迎えた。獣人化は解け耳も尻尾もない。
「ねぇ先にタウロの朝ご飯とお風呂に入っていい。毎日風呂に入らないと一日が始まらないんだよ」
「朝から風呂だとは贅沢なやつだな。わかったから厨房のタウロに頼んでみろ。この奥だ」
離れの奥に踏み入れる。食べ物の匂いのほうへ歩みだす。奥の厨房ではタウロが小さな女の子と楽しそうに話をしている。竹かごの野菜を渡しているようだ。
ハルアキに気が付くと
「ハルアキ坊ちゃん、お帰りなさいだす」
タウロがこちらに挨拶をすると女の子は
「ハルアキ兄ちゃんていうの、私はタエ」
野で摘んだ野草と家で作った野菜を厨房に届ける近所の子らしい。こんな小さなうちから家計を助けて働いているのか、平安時代は大変だな。
「よろしくねタエちゃん」
「じゃあ明日も頑張ってお野菜集めてくるから、さようなら、タウロ、ハルアキ兄ちゃん」
小さな背に大きな竹かごを担ぎ勝手口から走り去った。
「タウロさん!何か朝ご飯作ってよ。もうお腹ペコペコだよ。タウロの料理が待ち遠しいから三ツ星級の腕前料理人だよ」
三ツ星と言って通じるのかどうかはわからないが最上の賞賛でほめているようには聞こえる。
「喜んで腕を振るわせていただくだ」
鼻息が荒くなった。
ごそごそと食材を取り出し、手際よく調理する。バターのいいにおいが漂ってきた。出来上がったのは、スクランブルエッグに焼いてカリカリのベーコンとサラダだ。カンパーニュ―風のパンと新鮮なミルクも茶わんいっぱいに差し出された。予想外の洋食だ本当に平安時代?
「いえーい!いただきまーす」
何、このパン!カリカリと歯ごたえのある外側も美味しいけど中はふかふか、パン屋を開店できるよ行列のできる。卵の焼き加減も絶品ふわふわとろとろ!ベーコンもまた野味あふれてグッドテイスト美味しゅうございますだ。サラダはあまりなじみのない野菜だが和風ドレッシング味、意外性を狙っているのか。わき目も振らず朝ご飯を楽しんだ。
「猪肉のベーコンお気にいられましたか」
タウロはにっこりした。
「もう大満足!楽しみにしてたんだタウロの朝ごはん!予想をはるかに超えて美味しいよ」
「おほめいただき光栄だす。ここの人たちは誰もほめてくれないのだすよ。痩せ狼は味音痴だし、法師様は食事をお取りになられないので、こんなに美味しそうにいただいていただき感謝感激です」
おいおい泣いている。
オオガミがのぞいてきた、ベーコンをつかみほお張ると
「なんだよ、しけた肉だな分厚いステーキでも食わせてやれよ。おい!風呂の用意ができたぞ」
タウロは憎々しげにオオガミをじろりとにらんだ。
風呂なんて一生入らなくても大丈夫だと言っているオオガミに案内され湯殿に着いた。ヒノキのいい匂いがする。ドーマさんが設計したのだろう。なんと石鹸までおいてある。この世界に来て初めてのお風呂だな。目がさえてくるよ。朝風呂サイコー!
「湯加減はどうだ」
窓を開け茜が覗いてきた。
「覗くなよ!いい湯加減だよ」
入口を開け葵は「お着換え置いておきました」
もう、湯船に深く沈み隠れた。
またガラッと入口が開く音がした。
「もう!一人にしておいてよ」とみるとタマモが裸で入ってきた。
「あら、朝からお風呂なんていい身分ね。私もご相伴させていただくわ」
急いで風呂から出ようとしたが、タマモにつかまり体中を洗われた。
「今度は私の背中流してもらいましょうか」
慌てて湯殿を飛び出し着替えた。
そういえば小さい頃は父さんと母さんの三人でお風呂に入ったな。もうホームシックだ。
ドーマの待つ部屋に葵に案内された。
椅子に座って待っていたドーマは茜と葵のほうに手のひらをかざすと二人は元の人型の紙へと戻った。その紙を額に当てると、
「ほう、よいことをしてきたな。徳を積むことも修行の一部だよくやった。ゴブリンまで倒すとは良い子じゃ」
二人は僕のドライブレコーダ役も務めていたのか、いろいろ驚かされる。
石鹸のいい匂いがしたかと思うと女官姿のタマモが入ってきた。着付けの仕方は独特で着物の裾は短く切っている。そしてまたもドーマにまとわり始めた。
まず一番聞いておきたいことをドーマに尋ねた。
「いつ帰れるのか教えてください。父さんも母さんも心配していると思うんです!」
ひと際、大きな声で言った。
「戻れる日は今はかいもくわからない。ただ戻るのはここへ来た時と同じ時に返すことになる」
つまり僕の時間は元の世界ではフリーズされているということか、心配が一つ消えたが
「ドーマさんのことも教えてよ。ハンニャに聞いてもロックがかかっていて何もわからないんだけど」
「少しは教えてあげなさいよ」
タマモがドーマの上着をはぎ取った。機械?いや、木製のからくり仕掛けの体だ。からくり人形?ドーマは白面を取った。そこには骸骨のような人形の顔があった。
思わずごくりとつばを飲み込んだハルアキ、西洋料理など目でもない意外すぎる正体を知ってしまった。一通り見せ終わるとドーマは元の姿に居住まいを正した。
「驚かせて済まぬが、われはこれでも人間なのだ。元の体は、ほれ、お主が着ておる」
タマモが追いかけてきた世界での戦いで体に大きなダメージを負って、近くにあったからくり人形に精神を移して体を修復したそうだ。修復の過程で時間を戻し子供の姿まで戻ったらしい。縁の糸はつながっていて僕が死ぬと導魔さんまで死んじゃうそうだ。
ちょっと責任が大きすぎる。それが僕の精神を召還したドーマさんの覚悟らしい。なぜ僕なのかは、きっと答えてくれないだろう。時が来るのを待とう。
「わかったかなハルちゃん」
またもタマモの大きな胸に挟まれた。甘い匂いがするがお決まりのようにはねのける。
「私の大切な人の体を守ってね」
もちろんだよ。ドーマさんの目的に協力することで僕も帰ることができるんだから。
これからこの屋敷で昼は、オオガミから体術、夜はドーマから座学で陰陽師としての技を学んでいくスケジュールということだ。
「よーしビシビシしごいていくぞ」
オオガミはやる気満々だ。昼までの時間は基礎トレのようなものでみっちりとしごかれた。体と精神のシンクロ率を高めて自由自在に動かすトレーニングらしい。ドーマ本来の体捌きには遠く及んでいないそうだ。剣捌きのスキルは持っているだけでは十分な効果を発揮するものではないということだ。竹やりで土蜘蛛を地面に張り付けたときは、ほぼ、まぐれのようなことらしい。へとへとになったが体がどんどん機敏になっていく感じは悪くはない。乾いた砂があっという間に水を吸い込む感じだ。
お昼は簡単に刻んだ刻んだすぐき漬を混ぜ込んだ大きなおにぎりと蕗の佃煮。お茶が美味しい宇治から取り寄せているらしい。
午後からの修業も同じようなことの繰り返し、夕暮れには自分でもいい動きができていると感動していた。
オオガミが木刀を投げてよこした。
「ちょっと打ち合いでもしてみるか、俺は左手だけで相手をしてやる。一歩でも後ろに下がらせたらお前の一本だ」
望むところだ。驚かせてやる。バフとアクセルを組み合せて切りつけるが簡単にいなされてしまう。汗だくで打ち込むが全然歯が立たない。オオガミは涼しい顏をして笑っている。西の空が朱色に染まり一番星が輝き始めた。
「ここまでだな」
「ありがとうございました」
「うむ、いい返事だ。明日も頑張るんだぞ」
汗を流してドーマさんの授業だ。湯殿に行き今度は呪文で湯を沸かす。筋肉痛でよれよれの体に湯が染む。お決まりのタマモさんが入ってきた。疲れて追い返すの面倒になっている。
「体は自分で洗うからね」
「何よケチね、ちっちゃいドーマが懐かしんだから」
話を聞くとドーマとの付き合いは長いらしい。六歳の頃から今の僕くらいのドーマと旅をしていたらしい。その頃にもうオオガミさんもいてワイワイとにぎやかに過ごしていたそうだ。懐かしそうに湯気を見つめる瞳は泣いているのかもしれない。
「さあ僕は授業があるから先にあがるよ」
黄昏るタマモさんを後に導魔の部屋に向かった。
難しそうな書物が積まれた机に向かい座った。天文学の講義だった。陰陽道は星の運航を読み陰陽の理を読み解く。難しそうな話だがダウロードされた情報がどんどん頭の中で知識として構築されていく。学校の勉強もダウロードしてもらえばもっと成績が上がるだろう。帰る前に落としてもらおうかな。
陰陽師の仕事の一つは暦を作って売ることにあるので、旅の先々で路銀が尽きたときは役に立つとのことである。一時間の授業で頭はくらくらだ。おなかがすいた。頭を使うにも燃料がいる。ドーマはそれを見越してか
「よし、今日はここまで飯にしなさい」
やった、献立は何だろう。タウロの顔が浮かぶ。厨房のそばの食堂まで移動した。
オオガミとタマモが何やらしゃべって先に席についている。なにがでてくるのだろう。揚げ物の匂いがしてきた。
タウロが料理を運んできた。大皿にキャベツ大盛りの鶏のから揚げだ。赤い木ノ実で彩られている。
「うあ大好物だよタウロありがとう」
ポテトサラダに小鉢に色んな料理が次々運ばれてくる。ごちそうだ。
口にはご飯をいっぱいにほおばり
「でも、この時代にこんな食材をよく用意できたね」
オオガミ曰く、この屋敷の主は宋との貿易で泰西からの品もこの屋敷にはいろいろと運ばれてきているとのことだ。泰西?ヨーロッパのことか、すごい家主さんだ。康成さん?と聞くと違うらしい。康成さんはその人の家来らしい。
「タウロちゃん、昨日はあいさつし逃したけどタマモよ。よろしくね、美味しいわよ。ユートガルトでも料理屋さん開けるよ」
ユートガルトは元居た世界のことだろうか。タウロさんはこの世界でドーマさんに仕えたのか。
「奥様にそう言っていいただけて光栄です」
「奥様だってウフ!もっといってよタウちゃん」
「タマモ何をふざけているんだドーマさまの妹みたいなものだろう」
オオガミに釘を刺されたが、上機嫌に箸を進める。
楽しい食卓だ。みんなとわいわい言いながら食べるごはんは最高なのに、ドーマはここにはいない。その驚愕の理由をやがて知ることとなるのだが今は、みんなのことがちょっと知れてこの暮らしも楽しくなってきた。寝床に入るとあっという間にぐっすり眠ってしまった。翌朝には思いもかけぬ人物と出会うことになると知らずに
さてさて物語の演者たちは出揃いましたが、これよりどうなることやら。
敵の正体がこれから徐々に語られましょう。