●指輪と噴泉
一週間たったが敵は一向に動かない。テンコというやつはよほど用心深いと見える。卑怯者ほど臆病だからか。カウンター攻撃が今回の作戦なのでこちらも動けない。隧道のおかげで支援物資には事欠かないのだが、早く片づけたい気分だ。Qのガジェットのおかげで敵の初動は筒抜けだ。心配はない。
最近は陰陽の面を常につけているので、素顔はあまり晒されていない。暇に任せ平服でミノの街をタマモとぶらつく毎日だ。
「縄暖簾の店に行こうよ」タマモも角打ちのファンになっていた。
「親父、酒二杯と何か頼む」
「あいよ!兄さんまた、彼女と一緒かい仲がいいね。すっかり治安が良くなってドーマハルト王様様だよ」店には客が戻って活気がある。
「彼女だってハルト、いい店ね」この頃はもう弁解しなくなって久しい。ファザコン娘のわがままに付き合っていこう。枡を置いたところに酒瓶からもっきりで注がれる。
口を枡の角まで近づけてまずはすする。タマモも真似して唇を枡まで寄せる。
「こんなのは大丈夫かな。モツ煮込みだ」親父はは丼にいっぱい牛の内臓を蒟蒻と赤味噌でとろとろに煮込まれモツ煮突き出した。。
「大丈夫だ、何かもう少しもらおうか」
生姜と瓜の粕漬が運ばれた。エンドワースの料理は久しぶりに日本を思い起こさせてお気に入りだ。
「ミノ牛以外に何か名物はあるのか親父?」と問うと隣の年老いた客が
「昔はのう温泉が湧いて観光客も多かったんじゃがのう」
「そうだな河原に温泉が噴き出していたのだが、十数年前の地震の後ぴたりととまってしまったな」親父も腕を組んでうなずいた。
噴泉かいいじゃないか。名物になる。軍の居留している横の川のことだな。
「いい情報だな。爺さんに酒を注いでくれ」
「兄さん若いのに気が利くな。ありがとよ」
勘定を済ませ店を出て街をぶらつく。
「ねえお洋服買ってもいい」
「だめだ!まだ戦争中だ。そんなにちゃらちゃらしていては軍の規律も保てない」
タマモはシュンとしてしまい泣きそうだ。こんなに大きくてもまだ十二歳の子供だ。
「わかったよ。仕方ない何かアクセサリーをひとつ買ってあげるよ」
だめだな甘すぎるな俺も。
みるみる機嫌がよくなっていくのがわかる。
「じゃあ、アクセサリー屋さんを探がそっ」
腕をぐいぐい引っ張っていく。道行く人に聞き一軒の店にたどり着いた。
「指輪を見せて頂戴」
タマモは店に入るなり決めていたかのように指輪を頼んだ。細工の素晴らしい指輪を店の奥から次々と運び出してくる。次々にはめては指を眺めて悦に入っている。高そうな宝石が付いているものを見つめている。耳元でこっそりと
「おい、そんなに金持ってきてないぞ」飲み食い分しか手元にない。
「これにしよっ」銀細工のシンプルなものを選んだ、値段も手持ちで足りる。
「それでいいんだな。じゃあこれで」金を払おうとしたら
「ふたつ、ハルトとおそろいにする。お姉さん、私の指輪にはハルト、ハルトの指輪にはタマモと彫ってくれる」
注文をして店の中でしばらく待った。彫りあがった指輪を自分の左手の薬指に、もう一つを俺の薬指にはめ込んだ。
「エンゲージリング、なくしちゃだめだめ」
まいったな妙な遊びに付き合わされてしまった。しばらくはめて飽きたら外そう。
タマモは自然に手をつなぎ店を出た。こうやって手をつなぐのも小さい頃以来だな。こうしてみると親子にも兄弟にも見えない。恋人同士のようだ。困ったな、振り払うわけにもいかないし、誰かに見られないことを祈ろう。あっアイスクリーム屋がある。
「アイスを買ってやろう」すっと手をほどき
「一つ頼む」
アイスを渡してポケットに手を入れた。これで手を繋げないだろうと思ったが今度は腕を組んできた。やれやれ、まあいいか。
「ドーマハルト様」モモに見つかってしまった。
「ほら、モモ姉ちゃん、買ってもらっちゃった」
指輪を見せびらかす。
「あら、よかったわねタマモ、似合っているよ」
「閣下、オオミドウが探していましたよ」
「わかった、タマモを頼む」
よかった、何とか逃げ出せた。
兵舎に戻り陰陽の面をつけ、オオミドウを呼んだ。
「何かようか、オオミドウ」
「ドーマハルト閣下、ミノの兵士たちにも鞍馬一刀神流を訓練させたいのですが、よろしいですか」
「ああ、では俺も見学させてもらおう」
オオミドウの配下に付けたミノ兵たちが三十人ほど勢ぞろいしている。いずれもオオミドウの要望で魔法も使える兵士たちだ。
「閣下、すみませぬがここに魔法力を注ぎ込んでくれませぬか」
見るとヤカンの中に魔石が詰められている。取っ手をつかみ注ぎ込む。
「おっ、そのくらいで結構です」
ちょっと注ぎ込み過ぎたか。
「これから訓練を始める!刀を構え!」
兵たちは身体の真正面に刀をとどめ中段の構えを取った。
「よし、その刀にありったけの魔法力を流し込むのだ」
魔法剣の基本か、普通の者にはこれだけでも結構きついはずだ。五分ほどそのままの構えを続けさせた。兵士たちは脂汗を流し苦しそうだ。
「そのまま百回素振り!」
十振りほどで魔法力の尽きるものも出てきた。
「魔法力のなくなったものは、このヤカンから補給するのだ」
なるほどラグビーのヤカンみたいなものか。こっちは本当の魔法のヤカンだけど。
何とか百回、素振りが終わり兵たちはへなへなとしゃがみ込む。
「よし少し休憩したらこれをきょうは後十回だ」
げんなりしている顔の兵ばかりだ。
「これからシーモフサルトから自国を取り戻す戦いだぞ、家族を守りたいなら気合を入れていけ」
俺もカツを入れる。このくらいなら三日分くらいの魔力を込めてあるのでしばらく訓練には申し分ないだろう。ヤカンに群がる兵士たちだった。
「オオミドウ、面白い訓練方法だな」
「ええ、疲れては回復、その繰り返しで基本能力は格段にアップします」
「よし、続けて頑張ってくれ」
さて、思いついたことをやるか。キグナスを呼んだ。
「土木兵たちを十人ほど集めてついてきてくれ」
「はい、閣下、でも何をなさるのですか?」
「まあついてこい」
河原に兵を連れてきた。探査を使い土中を探る。地中の様子がウインドウに現れる。なるほど地震で地盤が変わったか、これならいけるな。
三十センチほどの魔法陣を描きクラウドソードを構えた。
空間
地面からお湯が噴き出す。噴泉の完成だ。
「キグナス、ここに二つ岩風呂を作るのだ」
小一時間で大浴槽は完成した。川の水をうまく取り込み程よい温度の温泉の出来上がりだ。
「閣下、これはいいものを作っていただきました。順番を決め兵たちを浸からせてもらいます」
「二つの湯の間に垣根を作るのを忘れないように男湯と女湯に分けるぞ」
兵たちの中には女性も多い福利厚生はこんな感じでいいだろう。
「まずは中隊長と俺から一番風呂。皆を呼んで来い。それとペティとQも、打ち合わせをする」
ミーティングを兼ねたパワーランチならぬパワー入浴だ。
「こんなところで温泉とは慰安旅行のようだな」
「アーカムス、慰安旅行とは何だ従軍中だぞ」
「オオミドウ、いいじゃないか。陛下からのご褒美だ。なっキグナス」
中隊長たちにも好評だ。オオガミは一人、機嫌の悪そうな顔をしている。風呂ギライも筋金入りだ。
「ハルト、ペティのおっぱいでっかいよ」女湯からタマモが叫ぶ。
「お前もいたのか、まあいい声は聞こえているようだな。これからミーティングを行う」
岩風呂のふちに腰かける。
「オワリが動かないので、陽動作戦を明日行う。隣の鉱山の街ナガクを開放する。ミス・ペティ、ナガクの現状を報告してくれ」
「ナガクは鉄鉱石を産出しており、現在オワリの住民約一万人が採掘の労働作業をしております。シーモフサルト兵は妖魔五百人がその管理を行っており、テンコの部下、半人半獣のシレノスという男が妖魔のリーダーとして常駐しております」
「聞いての通りシーモフサルト軍は労働者の見張りだけしかいない。防衛を考えていない、ここをオオガミ、アーカムス隊で奪還する」
「オオガミ、アーカムス、ミス・ペティからナガクの街の地図をもらい作戦を練ってくれ、以上、風呂を楽しんでくれ」
その夜は兵士たちの慰安の入浴が続いた。