〇飛んで嵐山
行商人姿の佐助が定期連絡で導魔坊を訪れていた。検非違使堀川の密偵である。ドーマとオオガミはそのあと、タウロの牛車で佐助と出かけて行った。
「ハルちゃん、修行はお休みだね。錦へいってお買いものしよう」
「そうだね、タウロもいないし、イロハで鰻でも食べよう」
イロハは清盛がスポンサーの蒲焼屋さんで、タウロ直伝のたれが名物の都で一番の名物店だ。
「ぼっちゃま、イロハに行くならご一緒してよろしいでしょうか」
清八、喜六が願い出てきた。
「いいよ、清やん、喜ぃさん、僕らは買い物していくから、並んで席を取っておいてくれる」
「へえ、かしこまりました。ではのちほど」二人は連れ立って外出していった。
その道中の陽気なことというくらいこの二人の織り成す出来事は聞いていると笑い転げるほど面白い。きっとイロハでも面白い話を聞かせてくれるだろう。
「ピコちゃん行こう」
「ピコ」
ピコーナはペンギン態でついて来た。
錦はいつも通りにぎわい市が立っていた。
「タマモさん、いつも通りタエちゃんの店で待っているからね。ピコーナと買いものしてきてね」
タエとはタウロの大親友の農家の女の子だ。家の農作物を錦の市で売っている。
「タエちゃん、お母さんこんにちは」
「ハルアキ兄ちゃんこんにちは」
タエの店には導魔坊御用達の看板が掲げてあった。僕のアイディアを採用して生鮮の野菜のほかドライベジタブルが評判の店になっている。
「ハルアキ坊ちゃま、おかげさまで繁盛させていただいています」
焼いていた干し芋をくれた。甘くておいしい。実はこのサツマイモも大陸から清盛さんルートで仕入れた。導魔坊特製野菜だ。
「西瓜がたくさんできましたので主人が夕方お届けに行きますのでよろしければ」
導魔坊の井戸で冷やして夕ご飯のデザートにしてもらおう。
「ありがとうございます。大好きなんです」
といっているうちにタマモが人間態になったピコーナの手を引きやってきた。
「タエ、こんにちは」
「だあれ?」
「タエちゃん、ピコーニャ改めピコーナ、ピコちゃんだよ」
「えーそういえば面影が本当にピコちゃんなの?」」
タマモ好みのかわいい服を着た同じ年頃のピコーナを見つめた。
「ピコだよ、タエ!」
「わーい、今度導魔坊いった時に遊ぼうよ」
「うん」
すぐに仲良しになってしまった。
「じゃあイロハ行こうか」
うなぎのイロハはすぐそこだ。タマモさんなじみの酒肆(居酒屋)のお隣さん、でもなんだか様子がおかしい。
すると酒肆から、清八が出てきて
「坊ちゃま、お休みのようです。こっちの酒肆で聞いてみると鰻を捕る係のハチ公の行方が分からなくなっているそうです」
「どういうことなの清やん」
「いまからイチやんに聞いてきますから、ここでお待ちください」
イチの家まで喜六と走っていった。
「こまったね。お昼が食べれないじゃない」
「タマモさんそれどころじゃないよ。ハチさんが心配だよ」
とするうちに二人がイチ、ロクとともに帰ってきた。
「ちょうどそこで、イチとロクやつに出くわして連れてきました」
「イチさんどうしたの?」
イチは息を切らしながら答えた。
「これはハルアキ坊ちゃま、へえ今朝、嵐山に仕掛けた罠の鰻を捕りに出たきり戻らないのです」
「そんなに遠くまで鰻を捕りに行ってるの」
「あのあたりの鰻が一番おいしかったもので足を延ばして仕入れています」
名店ならではのこだわりだな。
「渡月橋あたりだと思います」
探しに行ってあげよう。ピコーナに乗ればひと飛びだ。
「ピコーナ、せっかくきれいなお着物を着ているけど一緒に飛んで探しに行ってくれる」
「父、大丈夫」というとペンギン態になった。よく見ると朝にはなかった首輪をしている。
「この首輪にお着物まとめているから」
「便利な機能を身に着けたな、じゃあ行くよ」
「わたしもー」
「タマモも乗っても大丈夫かい」
「平気平気、二人とも乗って」
飛翔態に変化してタマモさんにおぶされる形で僕はピコーナに飛び乗った。
「ぼっちゃま、お気をつけて、わいと清やんはホヘトで待ってま」
「ホヘトって何?」
「この呑み屋、イロハの隣でっから、ホヘトと呼んでまんねん」
喜ぃさんらしいネーミングセンス。
「わかったよ、呑み過ぎないようにね」
ピコーナは飛び立った。
「気持ちいいわね。たまには私も乗せてね。ピコちゃん」
「ピコッ!導魔法師も同じ方向にいるよ。縁の糸がそっちへつながっている」
「ドーマさんがいるということは佐助さんが報告に来た事件と何か関連があるのかな」
「お腹が減っているから暴れちゃうわよ」
「タマモさんほどほどにね」
二人を乗せたピコーナはあっというもに嵐山にたどり着いた。
「父、あそこ!」
渡月橋のはるか上流にヘルハウンドの群れが見える。背には何人もの男女が乗っている。
「いくぞ、ピコーナ!」
急降下で群れに突っ込む。タマモがハルアキをおぶったまま群れの前に飛び降りた。
ヘルハウンドに乗せられている人たち四人は意識がもうろうとしているようだ。術にかかっているようだ。
「タマモさん行くよ!加速」
まずは連れ去られようとしている人たちを二人づつ退避させる。次の二人にハチがいた。
「この人たちを頼んだよ」
十数頭のヘルハウンドたちが牙をむき、一斉にこちらに飛びかかってきた。この前の僕とは違う。
数えると十六個の魔石になった。今の僕はこれがケルベロスであっても瞬殺できる。
一匹はそのまま逃がしてやった。
四人を術から解放した。
「ハルアキ坊ちゃま、どうしてここに?私はどうしたんでしょう?」
鰻を入れた籠はしっかり背負っている。
「大きな黒犬に睨まれたと思った途端気を失っていました」
各々が証言する。
「もう大丈夫ですから家に帰ってください。ハチさんはこっちへ」
ピコーナは足でハチをつかみ背には僕ら二人を乗せて飛び立った。
「ひえー南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏!」
ハチさん怖い思いをさせてごめんね。でも早く帰って鰻を届けてもらわなきゃ。お腹ペコペコだ。
ドーマさんの牛車が見えたがタウロに手を振ってイロハに急いだ。
イロハに到着するとイチ、ロクはピコーナにつかまれてやって来たハチを見て手を取り合い喜んでいた。
「イチさん、ハチさんは腰を抜かしているだけだから大丈夫です。ロクさん鰻重二人前、大急ぎで」
ハチは四つん這いになり店に入っていった。
「ピコ!三人前だよ」少女に戻っていた。
「あっごめんごめん、三人前で」
「お酒も付けてよ。ハルちゃんが一人で片づけちゃったから、つまんない」
ホヘトを覗くと二人とも何かをつまんでお酒を呑んでいた。
「解決したよ。早くイロハに来なよ。イチさーんあと二つ追加」
美味しい鰻重でお腹いっぱいだ。導魔坊に戻ってドーマさんたちの帰りを待ち報告だ。
タマモはピコーナと買い物を続けると言ったので一人で戻った。