◆フランシス困惑
「たしかそれがしはあのJの関係者でござるな」
「なんのことだか、私はただこの港に食材を仕入れに来ただけの料理人ですが」
いきなり声をかかられ驚く小太りな男は汗をびっしょり浮かべていた。竜宮丸の乗降ハッチにいる御堂は
「とぼけなくてもいいんだぜ。それがしのデータを覚えてないのであろう。晴人殿の弟子の御堂でござるよ」
男は先ほどまでのいぶかしげな表情から瞬く間に警戒の糸が解けたのか、おだやかな顔つきに緩んでいった。額に浮いた汗をぬぐいながら
「それはすみません。あの晴人さまのお知り合いでしたか。このところ店の方が忙しくて資料に目を通せてないものでして」
と言い訳をしているが実はあまり諜報活動には興味がないことが本音であった。諜報活動より店の経営が性に合っていたので妹に活動のすべて押し付けていたが今は自分しかこの支部にいない。仕方なしに不審な男のあとをつけてきたのであった。
「ちょっと聞きたいことがあるので竜宮丸まで来てくれないか。仲間が持って帰った地底世界アガルタの美味しい茶菓子もあるのでぜひ」
食いしん坊のJの兄だ。食べ物で簡単に釣られのこのこと御堂の誘いにのった。
「それでお名前は」御堂が尋問官に早変わりだ。
テーブルにはアガルタ土産と言いながらただの羊羹と番茶が置かれていた。
「フランシスです。これさっそくいただいてもいいですか」
目の前の羊羹が気になって仕方がなかったのである。爪楊枝をつかむとさっそく口に放り入れたのだ。
「エイジェント名はFさんでよろしいですか」
「いえ、私はエージェントじゃありません。他ただの連絡係です。妹にすべて任せてますので」
もぐもぐと口を動かしながら答えた。
「ということはベールには今エージェントは誰もいないということで?」
「ええ、このベールは支部というより駐在所みたいなものです。重要な個所ではありませんから、ところでこのお菓子はなんていう名前ですか、実に甘くておいしい、それにこのお茶にまた良く合う」
御堂と貴具は甘党でお気に入りの和菓子を色々と携帯していた。羊羹は結構日持ちがするお菓子なので特にたくさん持ち込んでいたのだった。
「地底羊羹という土産でござるよ。似たようなものはここにはあるかな。ぜひ感想を教えてほしいでござる」
異世界の甘味処が見つかればと何気なく聞いてみただけであったが
「ベールの地元グルメはカツカレーですが、同じくらい有名なものにぜんざいというスープがあるんです。そのテイストはこの地底羊羹に近いですかね」
カツカレーには貴具がぜんざいには御堂が二人の琴線に触れたようであった。
「水無瀬殿、少しフランシス殿と表を散歩してくる。侃」
三人は竜宮丸から出て行ってしまった。




