●作戦・後編
「ハルト閣下のすさまじい魔法があればこの戦争を簡単に終われせることができるのではないですか」
アオナはそういうが、破壊を伴う勝利には興味がない。
「暴力で統治することは愚者の考えだ。俺はできるだけ戦闘は避けたい。そのための努力をするだけだ。この魔法力は暴力や破壊を打ち破るために使っていきたいんだ」
「ハルトはいつでも困っている人に手を伸ばし続けているんだよ。アオナも見習えよ」
タマモがアオナに意見している。
「生意気なことを言うな、それより先を急ぐぞ!隧道をすべてぬけて、ミノの街の領主のところまで行くんだ」
イソルダ、アルジェとトンネルの出口で合流を果たした。
「作業員たちはどうした」
「全員、近くの作業小屋へ避難しました」
「まだ、誰もミノには報告へ向かっていないんだな」
「はい、しかしこの轟音はかなり遠くまで響いたかと落盤事故とかを思ってこちらへ向かってくるかと」
「モモ隊はこのまま先駆けて隧道を進め、慎重になタマモ、気を付けてついていくんだぞ」
「はーい、任せてね」んーこいつらしいが緊張感がないな。
「モモ、頼んだぞ。アオナ、次の軍隊と合流したら急いでモモに追いつき、最後の出口で集結して俺の指令を待て」
「はい閣下、たしかに」
「いくぞ、イソルダ、アルジェ」
三人は馬で最後の出口目指して駆けだした。
「アーカムス、こっちだ」
勝手知ったるこの屋敷、数百年の奉公先だ。隅から隅まで隠し通路からネズミの穴まで知っている。
「ここが指令室だ」
かつての執務室のドアを力任せに開け放った。
「お前たちユートガルトの者たちか」
ツチグマが槌矛を手に取った。三メールと以上ある巨体は天井に頭が付きそうである。
「待てよ!俺はオオガミ、察しの通りユートガルトの戦士だ。話があってきた武器を置いてくれ」
さすが豪胆な男ツチグマはあわてもせずメイスを下ろし机に腰かけた。
「降伏に来たというわけでもなさそうだな。わしがこの戦地の司令官とわかってきたんだろうな」
「さすが肝の座った男だな。護衛をつけずいるだけのことはある。率直に言うこの街から撤退しろ」
「はっはっはっ、冗談か。その人数で来て何を言い出すかと思えば、オオガミとやらわしを笑わせに来たのか」
「すでに一万の兵が城門の前に集合している。門兵達は眠らせた」
アーカムスが、門兵たちのドッグタグを床にばらまいた。
「そんなことか、わしなら一人でもそいつらと立ち向かえるぞ」
「豪気だなツチグマ、お前の兵の命はおしくないのか?兵舎には爆弾を仕掛け俺の合図で爆発して半分の兵の命はないぞ」
「くそっ卑怯な」
「大人しく国に帰れば見逃そう。今すぐ撤退の指示を出すんだ」
オオガミは机に足を置き、顔をツチグマに突き合わせ睨んだ。この挑発的な態度も作戦の内であろうか。
「はいそうですと撤退するわけにもいかん。かといって戦いを受けどちらが、勝っても甚大な被害になるの見えている。わしの性分に合わん。どうだ大将同士の一騎打ちで決めないか」
「そういうと思ったよ。うちの大将の言った通りだ。俺が闘ってやるよ」
オオガミは不敵な笑いを浮かべた。
「おぬしと逢った瞬間から体がうずいておったのじゃ。望むところだ」
メイスを持つと窓から飛び出した。
「オオガミ司令官、閣下の言った通りの展開ですね。しかしここから飛び降りるとは大したものです敵ながら」
五階にある指令室から中庭まで飛び降りていった。
「じゃあ俺も行くか」
同じく窓から飛び出していった。
「どっちもどっち化け物同士の戦いだな。俺たちは階段で降りるぞ」
アーカムス隊も中庭に向かっていった。
鎧と陰陽の面をアルジェに預け平服でミノの街へは入った。
「ここが元ミノ領主がいるところだな。入るぞ」
護衛も付かない屋敷へと踏み入った。
「お、お前たちは何者だ!」
元領主のモリトモが叫んだ。
「ユートガルトの王、ドーマハルトだ。間者からの手紙が届いていただろう」
「今朝届けられたあのふざけた内容のか、てっきり嘘だと思っていたぞ」
「嘘じゃない。隧道には一万の兵が控えている」
ここはちょっと割りまして嘘をついた。
「あの山道を越えてきたのか」
「こちら側からも隧道を掘ったんだよ。それより文面通り、あなたの兵士たちに連絡を取りこちらに寝返るように指令を出してもらえるとありがたい。腹心の兵長がいるだろ」
「しかし、あのカルヤシャが何というか。怖いのじゃよあの女が」
「まかせておけよ。俺もあの女にはうらみがあるんだよ。あいつだけは生かしておかないから、安心して命令を出しておくれ、一時間後には進行する。これであなたも領主に返り咲きだ」
「わかりました。ユートガルトの王、あなたを見ていると勇気が湧いて来た。信用しました。お任せください」
「この二人も手練れの者だ。護衛に一緒に出掛けてくれ」
「イソルダ、アルジェ、行け」
「はい、ご主人様」
一時間か、ちょっと街でもぶらつくか。あちこちで黒い鎧のシーモフサルト兵が見回りをしている。緑の鎧がエンドワース兵だな黒いやつが威張り散らかしている。これじゃ不満も鬱積されているだろう。
こういう時は酒場で情報収集だな。酒屋で角打ちしている場所を見つけた。角打ち、立ち飲みともいうが酒屋でそのままの呑むということだ。
縄暖簾だ。いいなこの感じ、店選びは外したことがない。
「親父酒を一杯」
「見ない顔だね旅人かい、珍しいシーモフサルトに占領されてから商売もさっぱりだよ。おっとこんなこと言ってはいけないな。黙っていてくれ」
客は俺一人だ。
「大丈夫だよ親父さん、何かつまむものがあるか」
枡酒が目の前に置かれた。角から一口呑む。吟醸ではないがなかなかの味だ。
「こんなものしかないが」
コンニャクに赤味噌が付けられた田楽で酒に合う。一山越えただけで全く違う文化だ。はやくシーモフサルトを追い出してトンネルを使って交易をしよう。この作戦の重要性を再確認した。
「勘定頼む」
少し色をつけ支払い酒屋を出た。
旧クラディウス家の中庭に敵味方まじりあい輪になってオオガミとツチグマの二人を取り囲んでいる。
「誰も邪魔をするなよ。この勝負に勝てばこのままここに居座るぞ」
気のせいか先ほどより大きく見える。オオガミとの体格差は歴然である。
「こちらの手出し不要だ。安心してみてろ」
オオガミも興奮し獣人化している。口は少し裂けて牙が覗いている。耳も頭上付近に移動し体中の毛が伸びしっぽまで生えてきた。
二人の戦いは早すぎて誰の目にも追えない。アーカムスとオオミドウの二人だけはしっかりと目で追い戦いを鑑賞していた。鑑賞というほどほれぼれとする攻防であった。
戦いは30分は続いていたどちらも疲れを知らず同じような攻防を続けていたが、ツチグマのメイスがオオガミの脇腹あたりを貫いた。オオガミの口から血が噴き出した。
ユートガルトの兵士たちからは落胆の声が、シーモフサルト兵からは歓声が上がった。 アーカムスとオオミドウの顔色は変わらない。勝負の行方を見届けた。
オオガミが口から血を吹きながら
「さあ、シーモフサルトの兵たち、このユートから出ていけ」
右手を高く持ち上げた。そこにはツチグマの脈打つ心臓が握られていた。
「さあ、オオガミそれを握りつぶせ、それで勝負は終わる」
ツチグマは倒れたままそうつぶやいた。
「早く港の自分たちの船で国へ帰れ、それとこれも忘れるなよ」
というと心臓をツチグマに戻した。ツチグマの再生能力で心臓が再び彼の体へと戻った。
「くそ、情けをかけやがって」
「また、闘いたいからな。次は容赦しないぞ。国に帰って養生しな」
獣人化を解いた。脇腹の傷はすでに再生されていた。
オオガミたちは無血開城を果たして、ユートガルト兵は勝ち鬨をあげた。
イソルダからの無線が入った。ミノ軍の根回しは済んだ。トンネルで待機の兵たちに進軍を命じた。俺はすでに旧ミノ領主邸に忍び込んでいた。
鬨の声をあげてここへ向かう三千の軍隊、戸惑うシーモフサルト兵たちカルヤシャが金切り声で出陣の命令をしているがさっぱり響かない。兵たちはすでに意気消沈していた。ミノ軍の兵隊が忽然と姿を消してしまったからだ。
ドアをけ破りカルヤシャのいる部屋に入った。窓からふりむきカルヤシャがこちらを向いた。
「初めましてじゃないがカルヤシャさんよ俺がユートガルト王ドーマハルトだ」
「貴様どうしてここへ」
「加速」カルヤシャの護衛三人を切り払った。
「獣人の村の仇だ。覚悟しろ」
カルヤシャは窓の外に飛び立ちかわす。俺も窓から飛び出しカルヤシャの翼を切り裂いた。地面に頭から落ちたカルヤシャは立ち上がった。血だらけになりながらも笑っている。アオナ、モモ、タマモも駆けつけてきた。
「ああ。あの妖狐族の村か、楽しかったよ。泣き叫び死んでいく女子供たちを見るのが私の楽しみなのさ」
「よくも父さん母さんたちを」
タマモの腕が光りカルヤシャを空に持ち上げる。アオナの弓がカルヤシャの胸を貫きまたしてまたも頭から地面に落ちたが再び立ち上がり。
「特に最後の親子の絶望的な顏といったらなかったね。笑っちゃうよ」
モモが掴みかかる。そしてカルヤシャを投げつけ壁にぶつけた。タマモが両の手を開きカルヤシャに向けると業火がカルヤシャを包んだ。
黒炭のようになりながらも、なおも笑っている。
「タマモ、アオナ、モモ俺のうしろに来い!」
アオナ、モモがタマモの手を引き後ろに就いた。
「土壁」
突然カルヤシャが爆発をした。跡形もなく消えていた。しかし俺の目はとらえた。かなたを飛ぶ蝙蝠を。
「逃げられたか」
タマモは悔しくて泣いている。
「ハルトー逃げられちゃった」
おいおいと泣いている。背中をさすりながら抱きしめて
「次は必ずやっつけような。それまでの我慢だ」
残ったシーモフサルト兵は捕虜としてとらえた。
「さあ、ここは残った兵隊に任せてユートに向かおう。オオガミが待っている」
ドーマハルトは初陣を飾ったのであった。