〇瀬を早み
やはり、かなりお怒りのようだ。お風呂にも乱入してこない。百キロマラソンを走ったばかりで、くたくただから、ちょうどいい。電撃を弱くかけて電気風呂にする。
そこへタマモが入ってきた。かけ湯をして浴槽へ
「きゃっ」足をつけたとたん飛び出る。
「何よこれビリビリしびれるじゃない。よくこんなお湯にはいれるね」
「ごめんごめん今術を解くね」
「なんのいたずらなのもう怒ってないわよ」
「これは電気風呂と言って筋肉の疲れを癒していたんだよ。走り過ぎてくたくただよ」
「清盛さんが大事な人連れて来る、明日の夕食会の仕入れはうまく行ったの」
「すごいよ、カニがあるんだよ」
「あら私も好きよ。楽しみね」
「へーユートガルトでもカニ料理はあるの」
「そうよ、ベールという港町に住んでたんだけど冬はたくさんカニがとれるの温泉もあってその時期は観光客がいっぱいでハルトが考案したカニ鍋が大人気だったの」
「ドーマさんは食事に貪欲だったんだね」
「そうよ、美味しいお酒と料理が一番の好物だったの、なのに今は食べれない、一番の楽しみ奪われてかわいそう」
「僕が食べれば、味を感じるそうだからかわりにいっぱい食べてあげるよ」
「そうね、私は呑んじゃおっと」それは関係ないと思うけど。
さて風呂上りはいつものように厨房を覗く。
「坊ちゃん、つまみ食いはだめだすよ」恒例の釘刺しだがちょこっとポテトサラダをつまむ。
「きょうは日本海の海の幸を使うの?」
「んだ。明日の試作も兼ねてアカガレイでアクアパッツアでもつくるだ」
アクアパッツア、魚介類をトマトと煮込んだナポリ調理だ。
「じゃあ、今日はイタリアンだね」
「ホタルイカのパスタも作るだ」やった待望のパスタだ。食堂へ向かう。
「迦樓夜叉様を探せと言っても、少しは休みが欲しいさ」
一条戻橋付近をうろうろするサテュロス、いつしかコロンと横になって寝てしまった。
どのくらい眠ったのであろう目を覚ましあわてる。
「いかんいかん、また叱られてしまう」
あたりを見ると夢遊病のようにふらふらと歩く集団を見つける。
「なんじゃあれは?」
先頭を見るとヘルハウンドが引き連れているようだ。
「ついていってみるか」サテュロスは歩き出した。
「ふー今日の料理も美味しかったよ。タウロ、カニが出ていなかったね」
「明日のお楽しみですだ」もったいぶらないでちょっとでも出してよ。
「この濁りのある日本酒、シャンパンみたいね。発泡してて素敵」
タマモが聞く
「明日、出す予定の食前酒だ、去年できた白ワインもようやくお出しできるくらいに熟成しただでお出しする予定だ」
「なによ、今すぐ試飲してあげるからおだしなさいよ。カレーの毎日でストレスたまってるのよ」
駄々をこねてタウロから巻き上げた。
「あら、辛口でカニさんに合いそうだわ」
「一本だけ出すよ奥様」
「はいはい、明日は遠慮しないわよ」すっかり機嫌も治って万々歳だ。
こんなに準備をするなんて、どんな人が来るのだろう。
愛宕山山荘
大勢のからみあう裸の男女の中
「まだ力が戻らん」右手の傷を眺め迦樓夜叉がつぶやく。
ヘルハウンドの吠える声が聞こえる。
「いけにえを連れてきたか」迦樓夜叉は部屋から縁側へ出た。
「ん!」鎌を手に取り投げつけた。
「ひっひっえぇー」首をすくめ鎌をよけたサテュロスがいた。片方の角が切れてなくなっている。
「なにものじゃ」
「てっ奠胡様の下僕のサテュロスと申します」ひれ伏している。
「なんじゃ奠胡の差し金か、よくここがわかったな。不用意ないけにえ探しだったか。注意せねば。ところで何の用じゃ」
「三上ヶ嶽の山荘まで奠胡様がぜひお越しをということです。すでに槌熊様もすでにお越しです」
「ああ、あそこか、わかったもう少し精気を蓄えたら向かおう」
「わかりました。しかし何か証明をいただけませんか。奠胡様に叱られますがゆえ」
「面倒くさいやつだな。そこの鎌でも持っていね」
「はは、ありがたくお預かりいたします」とはいったものの、この鎌も異様に重い、引きずろうとすると迦樓夜叉に引きずるなと怒られ、泣く泣く担ぐがふらふらだ。
「このご婦人も奠胡同様いやなやつだな」愚痴をこぼしながらとぼとぼふらふら三上ヶ嶽へと向かった。
次の日、朝から夕方までみっちりとオオガミの修業を受けた。
早めにお風呂で汗を流した。母屋の様子が騒がしいいよいよご登場の運びですか、表に出てみる。タマモも興味津々で同じく横に来た。いつもにまして派手な衣装だ。
タウロの牛車よりもっと豪華で大きな車で正装した清盛が付き添いやってきた。よほどのVIPだろう。警備もすごい厳重だ。
「すごいわね、ハルちゃん、すごいお金持ちだよきっと」
「十二人はいるね警備の御付きの人たち、すごい貴族じゃない」
なんだかんだと言っているうちに車の入口があき、一人の男が降りてきた。
真っ黒な貴族衣装に栗毛色のさらさらした髪、優しい顏の人だった。
「どこかで見たことあるわね。誰かに似てるのかしら?」タマモがつぶやく。
オオガミが導魔防へ導き入れる。僕らも手招きされ食堂へと入る。
食堂の円卓の上座に謎の人物、清盛、ドーマと並ぶ。オオガミ、タマモ、僕と次に並ぶ茜と葵はウエイトレスだ。
驚いたのはドーマだ。人化の呪符を張っているのだろうか。生身の人の姿で席についている。痩せてはいるが父さんの若い頃の姿に似ている。
「紹介しておこう、昔はあきひとと呼んでいた。幼馴染だ」清盛がそう紹介した。
その男の人は軽く会釈をした。
「恐れ入りますが崇徳様でしょうか」ドーマが小さな声で聞いた。
「すまぬ、忍んで参ったがその通りであるが、気にせず清盛の幼馴染としてくれ」
崇徳天皇はそういったが。
崇徳院だよ、おどろきだ。あの
瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ
のですか!僕は興奮してしまった。こんな素敵な恋愛の歌を詠むのがこんなにかっこいい人だ。
「ここの飯と都で名をはせる導魔法師にあってみたいと頼まれてな。まさか正体がこんなに早くばれるとは思いもよらなかった」
清盛は頭をかいて苦笑いだ。
「それはそうですよ。清盛さんあんなすごい警備でやってくるから」
「ハルアキ殿その通りでございますな。今度は内緒で参るようにしましょう」
だいじょうぶかな。こんなVIPがうろうろしていて。
食前酒は昨日言っていた濁りの発泡する日本酒に前菜が運ばれる。
前菜は八寸でちょっとづつお酒の肴のようなものが並ぶいかにも日本料理という皿だ。真ん中にカニの甲羅にカニ味噌の甲羅焼き、胡瓜とカニの身の酢の物、ホタルイカの沖漬け、おそらくアカガレイの煮凝り、卵の黄身の味噌漬けにカニの卵焼きがきれいに並んでいる。食べるのが惜しいくらいに美しい。
「どれも珍味であるな。このお酒とも良く合い申す」崇徳様はご満悦だ。
「清盛はいつもこんなおいしいものを食べておるのか、うらやましい」崇徳は清盛に聞いた。
「いや、たまにじゃ」よく言うよ、こっちにいるときは三日に一度は来ているくせに。
厨房から香ばしい匂いがしてくる。あれか、やった。
カニのお刺身に炭火で焼いたカニだ。カニ酢の甘酸っぱさとカニ本来の甘みを存分に味わった。焼きガニは粗塩で柚子胡椒をつけて食べた。
白ワインも運ばれたがこれはいつものように僕はスルー、タマモさんが僕の代わりに呑む。ぺろりと少し舐めたがカニの旨さが広がった。これはいいな味の深みが増す。でも二十歳になってからだ。ドーマが少し睨んでいるのが見えた。さっきから僕の食べている順番で料理を食べているのは感覚共有を楽しんでいるのだろうがお酒だけはちょっと勘弁してね。
特に政治の話などはなく崇徳と清盛は昔話で盛り上がったり、宋との貿易の話にと楽しい時間を過ごした。
カニチャーハンが出てデザートに良く冷やした瓜が出て食事は終わった。
「皆の者大変今宵は楽しかったぞ。法師殿もこれからも京の街の警護頼みましたぞ」
崇徳は大勢の警護と清盛と共に導魔防を後にした。
残ったのは導魔坊の者たちだけになった。
「見たか崇徳を」ドーマがオオガミに言った。
「何をでしょうか?」
「そうか感じなかったか。ミシェルに似ておらんかったか」ミッチーと呼んでいたドーマハルトの親友だ。
「そうよ、ミッチーに似ていたんだ。どこかで見た覚えがあると思ったの」
「それがどうしたんでしょうか」
「ユートガルトで最期にシーモフサルトのマサカドと対決したとき逃がしてしまった魂を見たときなぜかミシェルを見たんだ。そしてわしの知るこの時代の怨霊伝説では崇徳も含まれておるのだ」
「つまり、あの崇徳がマサカドということですか」
「うむ、しかしまったくその気配を感じぬかった。思い違いかもしれない」
何の話をしているのか全く分からないけど敵の大将に関する重要なことなんだろう。
夜も更け休みに着いたが、僕もなぜか寝付けずいた。