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〇幻想蛍イカ

 サテュロスはぶつぶつと言いながら奠胡テンコがしていた様にごそごそと魔法陣を作っている。

「奠胡様も人使いが粗い、昨日運んだオーガじゃ足りないとすぐに行けとばかりに尻を蹴りやがって、くそくそくそ!」そして杖を地面に突き刺し、呪文を唱えだした。


加速(アクセル)」刀で魔法陣を切った。オーガが砂のように崩れる。

「お、おまえは朱雀門の小僧!なぜここにいるんだ」

「おまえこそ、ここで成敗してやる」と言うか言わないうちにすでにサテュロスはいない。

「ちぇ、また逃げられたか、逃げ足だけは早いやつ」宿へと引き返した。


「ふーまったくなんて日だ。これでまた奠胡様にしかられるじゃないか」汗をぬぐうサテュロス。

「おい!お前、奠胡の使用人だな。忘れものだ」

 先ほど風呂場にいた男が目の前にいて杖を投げよこす。

「ひえー!!だ、誰だ」腰を抜かした。

「俺だ。槌熊(ツチグマ)だ」人化を解いて正体をあらわす。

「これはこれは槌熊様、びっくりさせないでください」

「あの小僧は何者だ」

「奠胡様の邪魔をする不届きなやつでございます。あと女、タマモとか申すものと行動しております」

「何、タマモがいるのか、それならオオガミもいるな。あの剣捌きオオガミが師匠か」

 笑みを浮かべてうなずいた。

「使用人、案内せい奠胡テンコ)のところへ」

「ありがとうございます。これで叱られずに済みます」現金なもので槌熊の言葉で元気を取り戻した。

 そして闇の中へ姿を消した。


 日が昇るとすぐに、瑠璃村を後にして京丹後へ向かう。

「ちょっと急ぐだすか」タウロは牛車を召還した。

「清やん、喜ぃ公の足が遅いだす」それはそうだ普通の人には僕らのペースは可哀そうだ。

「お師匠、すみません足手まといになって」恐縮して小さくなっている。


「ハルアキ様、昨夜何かありました」葵は気が付いていたようだ。

「サテュロスがいたんだ。逃げられちゃったけど」

「ハルアキ、ちゃんと声をかけてくれなきゃ」茜には注意された。

「たいしたことはないのかなと、寝てるとこ起こすのも悪いしさ、ねっピコーニャ」

「うん、たいして強い反応がなかったからハルアキ一人で大丈夫と思ったんだ」

「あれ、しゃべれるようになったんだ」

「そうだよ昨日から」

「うれしい、ピコちゃん、いっぱいおしゃべりしようね」

「ピコ」


 夕方には久美浜(くみはま)に到着できた。

「まだ日暮れまで時間があるだ。清やん、喜ぃ公、仕入れにいくだで」

「僕らはここで待って近所の人に挨拶して夜営の準備をするから。いってらっしゃい」

 このあたりの漁村の人は人見知りが激しい。都の人たちとは大きく違うが、(こよみ)を配り、浜で野宿の許可を取った。正確な暦は農作や漁業にも欠かせない。

 浜に焚き火と、牛車を使って簡単なテントを張る。ちょっとしたキャンプ気分だ。

 タウロたちが帰ってきた。

「坊ちゃま、いろいろ美味しいものが仕入れられただ。清やん、喜ぃ公の二人のおかげで話がトントン拍子に進んで助かっただ」

「師匠の仕入れの技学ばせてもらいました」

「おしゃべりは得意なんでお役に立ててよかったです」

「喜ぃ公はこう見えて食材の目利きのコツをつかむのが早えだ。これから二人にはあちこち行ってもらって仕入れを頼むだ」


「さっそく晩御飯にしようよ」

「んだ。カレー食べたいと言ってたのでシーフードカレーを作るだ」

 やったね。まさにキャンプ飯。

 はたはたの焼き物、トリ貝の刺身、そしてボタン海老やホタルイカ、サザエまで入ったカレー、海老の殻で取ったビスクが濃厚なうまみを加えた絶品だった。

「どんなものを仕入れたの」

「桜鯛にアカガレイと旬外れてますが大きなズワイガニなどです」

「えっカニがあるの大好物だよ。いつお客さんは来るの」カニモードに入ってしまった。

「25日の夜だす」

「えっ明後日じゃない!」

「出かける前、厨房の暦は20日だっただ」

「厨房の暦をめくるのは喜ぃ公!めくり忘れておったな」清八が頭を抱えた。


「ごちそうさま、今日も美味しかったけど明日は強行軍だよ」

 早く寝て急がなくっちゃ。ふと気が付くと、真っ暗な海にホタルイカが青く光っている。幻想的な光景、茜と葵とともに海を眺めた。



三上ヶ嶽(みうえがたけ)山荘


「久しぶりだな。奠胡すっかりやつれたな」どっかり腰を下ろすが、それでも奠胡は見上げる形でかえす。

「オオガミのやつにひどくやられたから、せっかく転生したのこのありさまだ」

「オオガミもこの時代にやってきてるようだな」うれしそうな顔で言った。

「驚いたぞ、あの女狐もそして、ドーマハルトに似た小僧、忌々しいやつらだ」

「そういえばドーマハルトの面影があったな」

「逢ったのかやつらに、どこにいた」

「今頃は北の海で美味いものでも食ってる頃だ。教えてやった、はっはっは」

「のんきなやつだな、あとは迦樓夜叉(カルヤシャ)が集えば準備が整う」

「湯治していた時、都に女の鬼が現れたと噂を聞いたぞ。導魔法師とかいう陰陽術を使うものに腕を切り落とされ逃げたという」

「それは迦樓夜叉かもしれないな。で、どのあたりだ」

「一条戻橋のあたりとか言っておったな」

「そうかわしも転生したときそのあたりから現世に戻った。サテュロス!いってこい」

「ええ、今すぐにでございますか」

「もちろんだ、早くいけ」

「はっはい・・・」まったくなんて人だ。


 一夜明けハルアキたち一行は寄り道をせずに約百キロの道のりを駆け足で都に戻った。「ふう、さすがに疲れたな。タウロが清盛さんに頼まれた日を間違えていたなんて」

 夕べの会話がなかったら大変なことだった。


「ただいま!」


 タマモが真っ先に出てきて

「もう!ハルちゃん黙って出ていくなんて、そんな子に育てた覚えはないわよ!毎晩カレーばっかり食べさせられて、いらいらしてたのよ」お怒りだ。猫の散歩のごとく朝出かけたら帰ってこない自分のせいなのに、飛んだとばっちりだ。

「ごめんね。急に決まった出張なんだよ」

 横を向いたままだ。

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