〇逃走
タマモと一緒に奠胡と交戦中だ。スケルトンの軍団にオーガの兵士たち、多勢に無勢、困っちゃうよ。ドーマ、オオガミ早く来てよ。絶体絶命、朝にはこんなんことになろうとは夢にも思っていなかったよ。
迦樓夜叉の腕を取り返され一か月、何事もなく導魔坊の日々は過ぎていた。
その日はドーマとオオガミは清盛と一緒に伏見へ”ひやおろし”とかいう日本酒の製造の指導に出かけていた。導魔坊には僕とタマモの二人っきりだ。あ
「ねえハルちゃん、お昼はイロハにしない」
元盗賊のウナギ屋さんだ。
「いいよ、ただしお買いものは無しだよ」
「いいわよ」本当かな。
ピコーニャも連れて錦へ向かった。昨日の大雨から打って変わって五月晴れの穏やかな日だ。
錦のタマモさんが大暴れした酒肆の隣にイロハはあった。お昼前だが何人か並び繁盛を物語っている。
「こんにちは」
「ハルアキ様いらっしゃいませ」
イチが元気よく挨拶した。すっかり商人の顔になっている。板場からロク、ハチも顔だし挨拶をした。
「はいどうぞ」
タマモさんの前には肝焼きとお漬物、日本酒の徳利が置かれた。いつものってやつだ。
「もう。お昼から呑んでいつもそうなの」
「このくらい呑んだうちに入らないわよ。固いこと言わない」
イロハのうな重はますます磨きがかかり、タウロ製と遜色がなくなってきた。繁盛するのも無理ない。
「今日はお二人でお祭り見物ですか」
イチが言っているのは葵祭のことだろうか。
「あら、お祭りがあるの、ハルちゃん行こうか」
「お貴族様の祭りですが参道には出店も出て、糺の森の流鏑馬神事が見ものです」
「あまりはしゃぎすぎないでね」僕もちょっと興味があるので賀茂の神社まで行くことにした。
高野川と加茂川に挟まれた奥深い原生林が広がっていた。
「すごかったね。流鏑馬」
「あんなの簡単よ。私も弓は習ったことあるから」
タマモは縁日の出店で買った狐のお面を斜に頭に載せているが、それ意味あんの?
まだ日も高いので森の奥を散歩してみた。人影も少なくなり森はさらに深くなった。
「道に迷ったみたいだね」
タマモは多少退屈してきたようだ。
「ピコーニャ道わかる?」
肩から飛び立ち帰路を示した。
「便利ねピコちゃん」
<気配を消して>ピコーニャが語りかけた。
「タマモさん用心して何か起こるかもしれない」
森の少し開けたところにフードをかぶった男が一人いた。木の陰に隠れよく様子をうかがった。
男は地面に魔法陣を描いている。呪文を唱えている。どうするべきか迷っていた。このまま見逃して戻ってドーマに報告することがベストだろう。間違っても自分で何とかしようと考えてはいけない。
呪文を唱え終えると手に持つ杖を突き刺した。
オーガが次々と地面から現れた。これはいけないな。
「ピコーニャ、ドーマさんの居場所わかる」
無理を承知で尋ねた。肩に止まったピコーニャが目を閉じる。そして
<縁の糸をたどればわかると思うよ>すごいな。そんなものが見えるんだ。
「じゃあドーマさんを呼んできて急いで」ピコーニャが飛び立つ。
その気配をフードの男は感じとった。
「誰かそこにいるのか!」
しまった、うかつだったか。息をひそめる。ウサギが飛び出してきた。
「ウサギか」
ふ―助かった。タマモがウインクをしている。白いハンカチを操ってウサギに見せて化かしてくれたようだ。
「何をこそこそ隠れておる」
万事休す見つかったぞ。杖を向け火炎放射を浴びせてきた。飛び退きさらに身を隠す。
「オーガども探せ!」
魔石を放り投げてオーガへと変化させた。
タマモさんと合図をして、逃げる選択を取って二人は走った。
しばらくして気配を探った。
「まいたようだね」
「ちょっと嫌な予感がして逃げたけど、なんだったんだろうね。あの男」
目の前の地面がせりあがり見覚えのある妖魔スケルトンが五体現れた。
「こいつらは晴明神社の、あいつが奠胡か」
後ろからオーガが追ってきた。挟み撃ちになってしまった。
「仕方ない、タマモさん行くよ!」剣を抜いた。
タマモは手甲を付けた。