●要塞都市ドメル
幼子のタマモもいることなのでドメルまでは、村に残された馬車を使おうと思ったが、肝心の馬は略奪されてしまってる。しかたなくトラクターを車につなぎ小さなタマモと皆を載せドメルを目指す。
この世界は基本は中世後期の文明だが、このトラクターは魔石を原子炉のように使いその熱エネルギーで動く蒸気機関だ。魔法科学や錬金術など驚くテクノロジーでいっぱいだがいまだ空は征していない、魔法のほうきや絨毯もまだ見たことがない。通信もアナログの手紙だ。情報と移動速度の未発達のおかげで文明の発達をもこのように中世でとどめている。
道程の途中に兵士の死体があった。ユートの兵士たちでドメルへの伝令に向かうところをシーモフサルトのやつらに殺されたのだろう。つまりドメルはまだユートが陥落した情報を得ていない。しかし隣国と戦争中のシーモフサルトがなぜユートを?
挟み撃ちか、ユートを挟み撃ちの拠点とし奪い取り隣国を攻めると言うことか。その戦争が終われば、ユートを起点としてこちらに攻め込むつもりなんだな。隣国エンドワースとユートガルトの陸路は連なる山脈によって険しい道で分かれている。つまりあの小隊は山越えでこちらに来た。鵯越の逆落し、義経かってんだ。
「ハルト、タマモが腹が減ったとうるさいんだ。ここらで休憩してくれ」
そうか朝の食事で晩餐会の残りもなくなったか。川辺に馬車を進めた。
「ハルト、おなかちゅいた」といわれても川には見たところ大きな魚もいない。オオガミが森の中へと消えていった。
イソルダが川の中からザリガニを五、六匹か捕まえ、焚き火を熾し馬車にあった釜でゆで始めた。
「こんなもんでも食べな。腹の虫押さえくらいになる」アルジェはリックから宴会場にあった塩コショウの瓶を取り出してザリガニにかける。タマモはバリバリと殻ごとアッという間に平らげた。
「もうないの」食欲は旺盛で結構だ。とオオガミが猪の魔物ギアーレを担ぎ戻ってきた。手慣れた様子で小刀でギアーレを捌いていく。毛皮と牙、魔石ととりわけ、肉もブロックごとに分けて、あっという間に解体してしまった。馬車の中の壊れた鋤を焚き火にのせ焼き始めた。元祖すき焼ってとこだな。脂が焼ける牛肉に似たいい匂いがする。ジビエを堪能させてもらおう。リブ肉の骨の部分をつかみかぶりつく。
「旨いな。塩コショウだけで十分だ。タマモ、熱いので気をつけて食べるんだぞ」
「タマモ、お肉大好き」身の部分を食べ終わると、骨についた肉を子犬のように懸命にかじり取っている。口の周りが肉汁まみれだ。手拭いで拭いてやる。
オオガミはギアーレの生の臓物をそのまま食べている。
「そんなの旨いか?」
「口に入れば何でもいい」便利というか食の楽しみを知らぬ可哀そうなやつだな。
「さあ、ドメルに向かうぞ」ギアーレの残りはアルジェが収納する。トラクターの魔石に魔力を補給して、水のタンクを満タンにする。あと一日てところかドメルまでは、その日は野宿をして残りのギアーレを食べ、タマモは俺に抱き着いて眠る。オオガミはまた、夜警をしている。
「オオガミ寝ていないが大丈夫か」
「ダブル・フルムーンだ。体力は無尽蔵にあふれている」
食欲にも睡眠にも興味を示さない不思議な奴だ。
次の日、朝飯は多少飽きがきているが肉を食べ出発した。昼前にドメルの一番外の城壁の門にたどり着いた。衛兵が近寄ってくる。
「なんだお前らはそんなトラクターになぞ乗りよって妖しいやつらだ。おいっ!身分を示せ、行商人なら通行書を冒険者ならギルドのライセンス出せ!」
高圧的に言ってきた。俺は首から身分証代わりの認識票を取り出し衛兵に見せる。貴族のみ持ちうる身分証だ。
「ユートの領主の息子ドーマハルト・クラディウスだ。それと付き人たちだ」
衛兵が起立をして敬礼する。
「失礼いたしました。お通りください」
「もっと人当たりは優しくな、損をするぞ」衛兵はむっとして睨み返した。
「ガートベルト卿に面談の許可を取ってくれ。ユートが進軍された」
衛兵はこの街の領主の名を聞いた途端、自分の失態をやっと気が付いたようだ。
「しっ至急連絡をいたします。この件はどうにか御内密に」
「おい!そこの男!クラディウス卿を領主さまのところまで案内するのだ」しったぱの衛兵に命じた。
本当は飯でも食って一息ついてから報告するつもりだったが衛兵の態度に腹が立ったのでお灸をすえたくなり、つい口が出てしまった。
馬車から首をだし「タマモ、おなかちゅいた」またか、しかたない。
「衛兵くん、このあたりで安くてうまい料理屋はあるか」
「はっ、あそこの山猫軒がおすすめです」
注文の多い料理店かまあいいだろう。馬車を前に止め
「俺はこれからここの領主と話をしてくるのでこの店で飯を食って待っていてくれ。後で向かう。タマモいい子で待つんだぞ」
タマモは俺と別れるより山猫軒からの食べ物の匂いのほうに気が言っているようで、すぐにうなずいた。四人を料理屋で待たせ領主の屋敷へと向かった。
ガートベルト卿は、報告の内容におどろき、すぐに面談の運びとなった。
「カイン・ガートベルトだ。ようこそドメルへ。早速だがユートが敵襲されたとは本当か伝令も何もなかったぞ」
さすが要塞都市の領主といった軍人のような男が答えた。
「これはガートベルト様、可及的速やかなお目通りありがとうございます。ユート領主クラウディア家の嫡男、ドーマハルトです。二日前の夜、海より軍艦八隻、山からシーモフサルトの旗を掲げた一個小隊での挟み撃ちでシーモフサルトの軍に攻撃されました。父と母は戦死、そして伝令は山からの小隊に殺されておりました」
「シーモフサルトなのか!エンドワースではないのだな。なぜだ」
「これはあくまで私感ですが、シーモフサルトはエンドワースを攻めるためにユートを奪ったのでは」
「合点の行く考えだな。しかし、ユートガルト王に進言して軍備を増強しておこう」窓の外を眺めながら考え込んでいる。
「父君母君は残念であったな。領土も奪われ、これからどうするつもりだ」
「冒険者として力を蓄え、シーモフサルトとの有事の際には必ず駆けつけるつもりです」
シーモフサルトの王を打つことが使命だとは伏せておいた。
「それは心強い、頼んだぞ。さてもう昼だが何か一緒に食べるか」
「いえ、お誘いありがとうございます。付き添いを待たせているのでこれで失礼いたします」
「そうか、それは仕方ない。いつまでこのドメルに滞在するつもりだ」
「今晩泊り明日には西のベールを目指します」
「では、またの機会ゆっくり食事でもしよう。ここに戻った際はかならず来てくれ」
「はい、よろしくお願いします」ガートベルトとわかれ山猫軒へ向かった。