●侵略
小高い丘の上にある公園から中世ヨーロッパのような街を眺める。城壁に囲まれ土色の瓦と漆喰の白壁の家々、教会には時を告げるからくり仕掛けの時計台、帆船が何隻も並ぶ入り江の港、ユートガルトでの父の領地ユート、俺の第二の故郷だ。首都から離れ、隣国エンドワースとの境界の辺境地である。この世界は国と言ってもそんなに大きなものではない。戦国時代の藩を少し大きくしたものだ。隣国同士協定を結び安保を保証しあっているが、その中でも東方のシーモフサルトのように侵略し吸収しようとする国もある。現状はエンドワースと戦争中だ。ここらもそろそろ危ないはずだ。
「さて家に帰るか」学園を卒業して徒歩でここユートヘ着いた。そのまま諸国漫遊の旅にでも出たかった。家にいったん戻りオオガミと旅に出るつもりだ。
小さい頃から乳母とオオガミに育てられ、ほとんど関係の無かった父と母には何の愛情もわかない。赤ん坊の頃、彼らの話す内容の記憶がある。父は主君、この国の王の命で母と結婚をした。母は王の愛妾であった。王の子を授かったがそのまま父に娶らせていた。父はその貴族の地位を確かなものにするためにそれを受け入れた。俺は王のご落胤、世が世であれば王子様ってわけだ。何があるのかわからないので大事には育てられた。貴族の子が多く通うユートガルト学園に体よく幽閉され、もうすぐ元服、この国では15歳で大人として認められる。そして、どうせ城使いの役人として働かされるのあろう。それだけは嫌だ。
「ただいま帰りました」屋敷の扉を開け大きな声で言った。使用人たちが父と母に連絡する。あらかじめ手紙で帰る日時は伝えてはあった。
「おお、ドーマハルト立派になったな。トップでの成績で卒業したそうだな、父も鼻が高いぞ」階段の上での第一声だ。両親との久々の対面だがそれより腹が減っている。
「ただいま戻りました。父上、母上お久しゅうございます」わざと他人行儀に挨拶をした。
「うむ、長旅疲れたであろう。部屋で休むがよい。おまえに使用人を二人雇った、好きに使うがよい」
「晩餐会まで少し時間があります。それまで部屋でお過ごしなさい」母は俺の凱旋に貴族たちを呼びお披露目をするつもりだ。面倒くさいが飯だけでも食って、夜にはこの屋敷を抜け出すか。
部屋は出ていったままだが、隅々まできれいに掃除はされている。寝るときに抱いていたクマのぬいぐるみもそのままだ。ノックがする。
「やっと戻ってきたなハルト!」オオガミが入ってきた。
「ああ、久しぶりだな。この部屋と同じで全然変わらないな」
「新月が重なる時一日分しか歳を取らないのだ。それより立派になったな。見違えたぞ」まあ15になったので背丈もオオガミに頭一つ半分くらいまで追いついてきた。現世の俺も小さかったがすぐにオオガミくらいの背丈に追いつくはずだ。
「それよりこれを受けとってくれ」ひと振りの剣を差し出した。
「これは?」直刀の刃渡り80センチ、柄も金属製、美しい刀だ。
「クラウドソード、本来はこの家に代々伝わる刀だ。いつしか忘れられた宝だ」クラウディア家の始祖が使った剣だとも言った。
「雲の刀か何か不思議な力を感じるが、何か伝えはあるか」剣を眺めながら聞く。
「時空を切り裂く力がある。始祖が放った一撃でできた裂け目から俺は来た」
これを使えば元の世界に帰ることもできるのかな。まずは使いこなすことだな、またノックの音
「失礼しますご主人様」同い年くらいの二人の少女が黒いメイド服姿で入ってきた。
「ドーマハルトさまに今日からお仕えする。イソルダです」赤い髪の少女はお辞儀をした。
「アルジェです。ドーマハルト様よろしくお願いします」青い髪の少女もお辞儀をした。
年に似合わず大きな胸をしている。好きに使えか、ゲスなことをあの父親はいったな、俺には陽子という大切な妻がいるんだ。あいつの嫉妬深さはよく知っている。元気にしてるかな。悲しんでいる姿しか想像できない日々だが、
「よろしくな、ふたごなのか?」すぐにこの家を出るのでよろしくもないが、取り合えずの返事だ。
「はい、性格はかなり違って火と氷みたいですが仲良くしてます」
「晩餐会が始まるまで一時間ほどです。入浴されてお着換えください」
「お手伝いしましょうか」
「いやいい、それには及ばん一人で大丈夫だ」まったくなんて言われて来てるのだか。
浴室へいくと、上品な貴族のご子息といった着替えが置いてあった。日本の風呂に入りたい、こんなバスタブではなくヒノキの香りのする。さっさと汗を流し着替えて自室へ戻ってオオガミと打ち合わせをする。
「オオガミ、今夜この家を出る。一緒に来てくれ」
「ハルト、いいのか?あてはあるのか」
「冒険者として依頼をこなしながらレベルとスキルを上げるつもりだ。ユートから西へ船で向いベールへ行きそこを拠点にするつもりだ」
「ベールか西の大きな交易都市だな」
「学園の同級生もいる。料理がおいしく温泉もあるらしい」
旅の準備を整えたところに晩餐会がそろそろ始まるとイソルダが伝えに来た。
五十数名の賓客を迎え、長々しい父のスピーチのあと、俺は壇上に上がりあらかじめ持たされた原稿を読むなんて、まったく。
突然、砲撃の音が響いて警報が響き始めた!敵襲警報だ。おそらくシーモフサルトの軍が攻めてきたに違いない。宴会場を飛び出た。
屋敷の衛兵を捕まえ状況を聞いた。
「港より戦艦八隻の敵襲です。敵兵も上陸中」
激しい砲撃が続き、街は火に包まれてる。30分もすればこの屋敷にも敵は来るだろう。砲撃の着弾音が近くまで聞こえる。上陸場所を一掃し終えたのだろう。破壊音が耳をつんざいた!屋敷に命中する。宴会場のあたりだ。
再び屋敷に入り、部屋から剣と荷物を持ち出した。途中、宴会場を見たがほぼ全滅であった。父も母もすでに絶命していた。しばらくの間であったが両親だ。手を合わせ弔い、オオガミを探した。
「オオガミっ!」崩れたがれきの下からオオガミが這い出してきた。イソルダ、アルジェの二人とともに、オオガミがとっさにかばったのであろう、オオガミはボロボロだ。
「逃げるぞ。ここはもうだめだ」砲撃が続く中、四人は屋敷裏の山道を選んだ。この山を越えれば、陸路で時間はかかるがベールまで行くことができる。途中にユートガルトで最強の城塞都市ドメルがある。走って山道を駆け上るが、驚いたのはメイドの二人が遅れもせずについてくる。峠を越え追っての無いことも確認して少し休憩をした。
「すごいじゃないか、二人とも、えーと・・」
「イソルダです」「アルジェです」そうだった。
「何か鍛錬していたのか?」
「城の兵士となるべく戦士として育てられました」
「両親の借金の為あのお屋敷へと奉公することなりました」
改めて二人のステータスを確認すると魔法も使えるし戦闘力も屋敷の衛兵たちよりも高い。
「よかった、それでは二人きりでも逃げ延びることができるな」
「だめです。私たちはドーマハルト様にお仕えする命令です」
「契約に背くことは私たちにはできません」
まいった、あのクソ親父、奴隷紋の契約を施してあるのか、契約を行ったもの以外は解呪できないじゃないか。もう少し早く言っておいてくれれば、腕一本でも切り落として持ってきたのだが、しかたない。
「わかった、しばらく一緒に行動しよう。解呪の方法が見つかればその時別れよう。しかし腹が減った。どうして飯を食ったあとから攻撃してくれないんだよ。まあスピーチせずに済んだのが幸いだけど」
アルジェが背負ったリュックからパンを出してきた。いつの間に背負っていたんだ?
「ありがとう、用意がいいな」
「アルジェの癖でいつもカバンを近くにおいて何かと集める収集癖があるんです」かわいい顔をして関西のおばちゃんみたいなやつだな。
「飴も入っているのか」
「お入り用ですか」ごそごそしだした。
「いや、いいんだ」やっぱりか。ほかの食べ物も取り出してきた。宴会場に散らばったものをありったけ拾ってきたらしい。アルジェにはアイテムボックスのスキルがあるようだリュックの容量以上の収容力を持っている。
「もったいないですから」おっやっぱり関西人の血が流れてるな。
腹ごなしも済んだから先を進もうかと思ったときオオガミが、
「気配を消して隠れるんだ」
緊張が走る。追ってなのか?ではなかった。前方から30人ほどの小隊がやってくる。
ドメルの援軍?ではない。シーモフサルトの旗に翼をはやした女の魔人が率いている。ヘルハウンドやケルベロスもいる。挟み撃ちでユートを攻める軍勢のようだ。危なかった鉢合わせするところだった。無事に気づかれずにやり過ごしたようだ。
「危なかったなハルト、これでユートも陥落したな」俺という使命を得たオオガミには他人事のように映っている。
「早めに降伏して被害が少ないといいのだが」しかしあの女魔人を見ると胸騒ぎがする。無益な殺生も辞さないタイプに見えた。小隊が来たほうから火の手が上がっている。確か獣人が暮らす村があったはずだ。
「オオガミ、村に向かうぞ」




