●異世界転生
「おーい晴明、遅刻するぞ。まったく、露天風呂で寝てしまうなんて」
「ちょっと待ってよ、父さん、母さん!朝ごはんのサンドウィッチまだぁ」
「ハルちゃん、はい、ミニボトルにミルクティーいれてるあるから試験がんばるのよ」
「ありがとう母さん、夜はオムライス頼んだよ」
「はいはい、ケーキはお父さん、帰りに街で買ってきてね」
「ああ、美味しいやつ注文してあるから大丈夫だ」
「いってきまーす」
老舗旅館の裏口の朝の光景、なに変わりない普通の一日の始まりであるように見えた。
ローンの残った車の後部座席に滑り込む「晴明、今日だけだぞ。明日はちゃんと早起きして電車で行くんだぞ」
「はーい」気のない返事のあと、さっそくサンドウィッチを食べ始めた。
薄く切ったキュウリ少なめ、ハムどっさり、マヨネーズが口の横に着くのもお構いなしの遅い朝ごはんだ。
「どうだ試験の準備はちゃんとできてるのか」
「ばっちりだよ。1156年、保元の乱、後白河天皇方と崇徳上皇が闘って、平家が天下を横臥する時代の始まりで、平清盛が活躍するんだよ」
「平清盛か、父さんも歴史は好きで小説もいろいろ読んだな」
次は卵サンド、板場のゲンさんが作ったフワフワの出汁巻きの卵にトマトが入っている。この分厚い卵がそそるんだよな、ボトルの紅茶を注ぎ口から直にごくごくと飲む。
「うまそうだな、帰ったら俺も食べるか。そうだ帰ったら布団部屋の整理のお手伝いだぞ」
「前見て運転してよ」
まったく芸がないな。どうせプレゼント隠してあるんでしょ。
「はーい」
14歳になるのにまだまだ母親だよりの甘えたやつだな。清盛か実際はどういう人物だったんだろう。出自や若い頃のエピソードが薄いから、よほどいい参謀に恵まれていたんだろうな。さて、せっかく元町に出るからには、母さんには花買って、ワインもいいのを選んであそこで美味しいトンカツ食ってから帰るか。
八雲晴人は、鎌倉期からの老舗温泉旅館の主人である。子煩悩で愛妻家、天体観測が趣味で四十歳になる普通の中年だ。最近太り過ぎと妻から言われ節制しているが美味しいものに目がなく家族であちらこちらへ美味しいものを求め休みの日はグルメ三昧である。そのせいか息子も自然と詳しくなっている。彼より食いしん坊かもしれない。
「やっぱり、サンド一口く・・」といった瞬間崖の上からの落ちた大きな岩が車を押しつぶし、そのまま川へと落ちていった。
晴人の意識が遠のいていく、後部座席の晴明はピクリとも動かない血まみれだ。
「ハルアキ・・・」言い残しこと切れた。
八雲晴人目覚めなさい。不思議な空間の中で目を覚ました。あのヒーローが破れ上司の宇宙人と会話するシーンを思い出した。そのせいか声にエコーがかかっている。天国かな。
光放つその人物は、こう説明した。俺は死んで異世界に転生することになった。特別な力を宿し6歳になれば再び自我を回復する。悪を討てと言い放つと意識が遠のいていく深い深い眠りにつくように、悪を討てってヒーローになれってことか小さい頃の夢が一つかなうな・・・・・・
「夢か」ベットから起き上がる。ベット?うちは布団だぞ?周りの景色は洋館の室内だ。ああ、夢じゃないここは異世界だ。頭の中に八歳までの記憶が一気に流れ込んでくる。
ドーマハルト・クラディウス、今の名だ。起き上がり鏡のところに向かう。
やっぱり夢ではなさそうだ。六歳の俺がいた。姿は小さい頃の俺に似ているがどちらかというと息子の晴明に近い。!そうだ晴明、生きているだろうか。あの様子では望みが薄い。あー母さん、陽子、悲しむだろうな。一度に二人も・・・保険金は入るだろうから車のローンやお金のことは大丈夫だろうが、あいつの悲しみを想像すると死にたくなる。あっ死んだんだ。晴明も同じように転生していないだろうか、まだわからないことが多すぎる。
ノックの音がする。
「ドーマハルト様、入学式に送れますぞ」痩せた男が入ってきた。
「オオガミ、わかった準備する」返事をしたとたんオオガミが肩をつかんできた。
「転生者だったのですか」目を見開き歓喜の表情に変わった。
「どうしたんだ」いや子供らしくしゃべらないと「どうしたのオオガミ」
「いえ隠さなくても大丈夫です。この日を待っていたのです」かなり興奮している。
「どうしてそう思うの」いや「なぜわかったんだ」
「ええ、見えるのです。元のお姿が」ただの中年のおっさんだぞ、そんなに興奮することか。
「私は代々この家に仕えていたのはこのためだったのです」
「代々ってわが家は三百年は続いているぞ」
「不老不死のこの体の呪いを解くカギがあなたなのです」
「カギ、持ってないけど」
「違います。あなたを助けその使命を果たすとき私は死を迎え、あいつのもとへ?あいつだれだ。わからない。長い月日が記憶を・・・だがツクヨミ、あいつの名は忘れん、俺を永遠の牢獄へ閉じ込めたやつ」何か混乱しているようだ。人はつらいこと悲しいことを忘れようとその記憶を自ら封印、なかったもとそう思い込むことがある。長い月日苦しんでいたのだろう。
「まあ、わかった。俺も使命があるらしい。とりあえずこれから8年間、全寮制の魔法学校を卒業してから、ゆっくり話そう。何百年も待ったんだろ。それくらいあっという間だ。俺もこの体じゃなにもできない」
「それと転生者であることは誰にも内密にしてください」
「とりあえずそうするつもりだがなぜそこまでいう」
「今この世で侵略を続けるシーモフサルトの国の王が転生者であると噂があります。その配下の三人の将軍たちも同じく転生者だと」
「わかった転生者は嫌われているのだな」
「そうです。ところでお名前はどうお呼びいたしましょう」
「ドーマハルトのままでいいよ元は八雲晴人というのだが」
「日本からの転生者でしたか、私もそうです。呪いをかけられた後、何かの力でここへ」
「いいね、日本人同士仲よくしよや、ハルトと呼んでくれ」
「ハルト様、かしこまりました」「ハルトでいいよオオガミ、さあ馬車を用意してくれ」
馬車で二日の王立ユートガルト学園へと旅立った。
八年の歳月は水が流れるように過ぎ去る。
学園での話はまた別の機会で語ることもあるやもしれない。




