◎長い別れ
「こっちだタマモ」
古びた五階建のビルへ導いた。
「私が骨董屋と話をするから外で待っててね」
セクシーな女主人と話をする晴人が気に入らない様子でタマモ自ら尋ねることにしたようだ。
「ちょっと尋ねていいですか。探偵事務所はどこにあるんでしょうか」
スマホを見ていた銭形が顔をあげタマモを品定めするように上から下まで眺め
「ちょっと、あなた商店街で大きな蜘蛛の化け物が現れたんですってニュースが流れてきたわ。あなた見た」
「さあ、ちょっと騒がしかったけどわからないわ」
「やっぱり妖怪かしら、晴海ちゃんの出番なのかと思ったけど。あの探偵なら屋上にいるわよ」
「エレベーターはどこかしら」
「こんな古いビルにエレベーターなんてないわよ。そこの階段から上がって」
店の前の階段を指さした。
「ところでさっき晴海ちゃんて言ったけど、水無瀬晴海?」
「あら、晴海ちゃん知ってるのうちの店は顧客なのよお祓い業の、あなたは」
「満腹寺の近くの旅館の女将なんです。息子が晴海ちゃんと仲良くしてまして」
「そうなの、頼みたい仕事があるんだけど旅行へ行ってるみたいで困ってるのよ」
「春休みが終わるまでに帰ってきますよ。うちの息子も一緒にお友達たちと出かけてるんですよ」
「それは心配ね。子供たちだけで旅行なんて」
「大丈夫、こまめに連絡とっていますから、それじゃ失礼いたします」
「どんな依頼か知らないけどよくあいつに依頼を頼むわね。まっ、がんばって」
「タマモ、話し込んでたようだけどなにかあったのか」
「晴海ちゃんとお知り合いみたいだったの、お目当ては屋上ですって」
タマモは階段を上がっていく
「階段で屋上かよ、さっきの戦いよりカロリー使いそうだな」
ぶつぶつ言いながら続いた。
屋上に出る鉄の扉を開くとプレハブ小屋があった。入口の看板を一瞥してにやりと笑うと、ノックをしてドアを開いた。
部屋は六畳ほどでソファーベッドと机と本棚くらいしかない。
黒いスーツ姿の男が足を机に乗せ、椅子にもたれながらペーパーバックを読んでいる。
「セールスなら帰ってくれ、借金取りもな、ここは探偵事務所だ。依頼ならそこのソファに座って話を聞こう。お茶は出ないぞ」
ぶっきらぼうに言い放ち読みかけの本を無造作に机の上に投げた。
晴人はその本を手に取りタイトルを見た。
「レイモンド・チャンドラーか、いっぱしのハードボイルド気取りだな」
「喧嘩を売りに来たのか、明後日こい、忙しいんだ」
晴人を睨みつけたが驚いたような表情を浮かべた。
「大神探偵事務所だって、そんな接客でよく務まるな。うちの旅館で接客の修業するか」
「お、お前…」
言いかけたとたんタマモが狐人に変身した。
「オオガミ、久しぶり、相変わらずだね」
「どういうことだ!ハルト説明してくれ」
眼を見開き立ち上がった。
「話せば長くなるがかいつまんで説明しよう」
晴人はオオガミとツチグマを異世界に送った後から瑠璃峡での出来事までを話した。
そしてタマモの石化が解けていて実はずっと夫婦であったことを
「なんだか夢ようだが気を落ち好かせてくれ、コーヒーでも入れる」
簡単なキッチンのような所へ行きヤカンで湯を沸かし、手回しのコーヒーミルを取り出して豆を挽き始めた。
「おっと、驚いたなお前がそんなことをするなんて」
「あゝお前との日々が俺を変えたのさ。あの後味覚が戻ってきたんだ。食に興味が出てきたんだ」
慣れた手つきでポットにペーパードリップしたコーヒーをカップに注いだ。
「砂糖とミルクはないが飲んでくれ」
「まさかオオガミが入れたコーヒーを飲む日が来るとは思わなかったぜ」
「美味しいわね。探偵なんてやめて喫茶店開いたら」
「タマモ、よかったな、幸せそうじゃないか」
「なんで、このでっぷりした晴人がハルトってわかったの」
「それは俺が転生者として目覚めたときにこの姿でを見ていたんだよタマモ」
「ハルアキも元気にしているのか」
「それが依頼なんだ」
晴人とタマモはソファーに腰を掛けて話し出した。