〇福原遠足
うららかな南風が吹き春一番が二十四節気の四番目を告げる。久世の橋を渡り長岡へ向かう一行は例の場所にたどり着く。例のとは盗賊たちとの一件の場所、今回は康成以外は徒歩での旅だ。大荷物は葵の役目、タウロも調理道具かなにか肩に荷物袋を下げている。タマモは手甲脚絆で手ぶらの旅姿だ。
「何かいい匂いがしてくるな」
まだお昼には早いがハルアキは好奇心いっぱいで匂いを追う。そこにはかつてハルアキが改心させた元盗賊の小屋があった。
「やあ皆さん元気でやってる」
店の開店準備をしている三人に声をかけた。三人はあっと声を発すると土下座を始めた。
「やめてよもういいよ」
手を引き上げにっこり笑った。
「いえ、ハルアキ様に助けていただいたおかげでこうして暮らしていけるようになりました」
「よかったね。でも三人で力を合わして頑張ったからだよ」
「助けていただいたときは名も名乗らずすいませんでした。わたしはイチ、料理をしているのがロク、魚を取っているのがハチです」
「1、6、8さんだね」
168、イロハの三人組か。
「いい匂いがしてるんだけど何作っているの」
「うなぎをぶつ切りにして串を指して醤油で焼いてるんですが結構人気があるんですよ」
イチが言うがいい匂いなのだが美味しそうじゃない。タウロに耳打ちをする。
「そんだば美味しい調理法を教えるだ」
調理番のロクに言うと、荷物袋からこれまたインのリュック同様、大きなまな板と包丁を取り出した。
「こうやって捌くだ」
うなぎの頭を目打ちして鮮やかな包丁さばきで背を開いていく。中骨を削ぎ切り脇骨もしごいて三等分にする。三本の串を指して壺に醤油と味醂を混ぜたタレを作り焼き始める。何度もたれをつけると焼いていく。あたりは蒲焼の匂いでいっぱいだ。ロクは真剣に凝視している。
「できただ、食べてみるだ」
三人に渡す。イロハの三人はかじりつく。
「これは旨い!ロクできるか」
「やってみる」
といい鰻をタウロを真似さばいていく。横でタウロもコーチをする。
「おお、筋がいいだ」
何匹も何匹もさばいていく。
「おおハチもっと鰻取ってきてくれ」
「ああ仕掛けた罠を見てくる」
串打ちも指導して焼いていく。
「もう!匂いだけでお腹が減っちゃったよ。お昼しようよ」
「坊ちゃんわかっただ」
釜やらなんだかんだと取り出し、ご飯のしつらえを始めた。
お昼には少し早いがこれが我慢できるかって話だ。丼にはみ出るほどの鰻を載せて、肝吸いに肝焼き白菜の漬物には少々の一味
「坊ちゃんこれも」
山椒の小瓶、パーフェクトだよタウロさん。
康成も感動して
「三人とも都に来て店を開け金は貸してやるぞ」
あながち冗談でもなさそうな勢いで言っては食べ言っては食べ、あっというまにすべて平らげしまった。
思わぬうな丼に僕も大満足。
「美味しいね。京でも作ってよタウちゃん」
「賛成!」
茜と葵、女性陣は賛同する。
イチが
「これはなんという食べ物なんです」
「蒲焼というんです。味醂はまた康成さんから仕入れてください」
味醂は伏見で作る黄金色の甘みの強い導魔坊特製品だ。
「このたれのツボをやるだ。何度も何度も継ぎ足して使えばさらにおいしくなるだ。色々と工夫し自分の味を作るだ」
ロクに最後のアドバイスをした。
「さあ!お腹もいっぱいになったしペースを上げていくよ」
日の暮れるころ、ハルアキたちは福原へ着いた。
「この西国街道を進んで有馬街道口までいけば清盛さまのいらっしゃる行き見の番所じゃ」
「雪見の御所、雪景色がきれいなの」
「街道から街道へ行くものを見はる番所のようなとこじゃ」
話がかみ合ってないが聞き違えをしていたことに気が付くが雪見の御所のほうが洒落ている。
「おーハルアキ殿も一緒だったか。康成の面倒ご苦労でござる。あやつは目を離すとおなごの尻ばかり追いかけてまっすぐこちらに来んのじゃ」
宋からの貿易船の帳簿づくりの応援に呼ばれたようだ。
「疲れたであろう。この川の先によい湯が沸いておるのじゃ、皆で飯の前に入るか」
「へぇ話に聞いてた温泉ですね」
みんなって混浴?
「康成、おぬしは帳簿の整理じゃ」
明らかに失望した顔だ。
「わしは夕餉のお手伝いをしますだ」
「いいよタウロさん一緒に入ろうよたまには休んでよ。お昼のうなぎで今日は結構満足しているから」
「坊ちゃまのやさしさに甘えさせてもらうだ」
驚いた御所の目と鼻の先に泉質が実家の温泉と似ているこんな湯があるなんて、この仮小屋風の建物も味がある。まあこの街道を登っていけば今はまだない実家なんだから泉質も似ていて不思議はではない。ホーホーとアオバズクの声が聞こえるくらいで天王川のせせらぎしか聞こえてこない。いいなぁこんな情景で入れればお湯も気持ちいいよ。湯船の真ん中には行き来は自由な簡単な目隠し代わりの仕切りがある。女性陣はそちらで湯につかっている。
「都では迦樓夜叉とかいう鬼と闘ったそうだな。聞けば康成が呼び寄せたようだがあやつの女好きがこんなところで役に立つとは思わなんだ」
サテュロスの件は内緒にしているようだ。いつもですよとばらしたい。
「すごく強くて、いったん退けるだけでもやっとのことだったんだ」
「法師殿でもかなわんかったのか。それは厄介じゃな。おおそうだ、この川と石井村から流れる川の三角州のところに祠があるのじゃ。その祠に願えば隠された力が身に着くと言い伝えがあるぞ。明日の朝でもお参りしてみるがよいぞ」
神頼みでもしたい気分だった。
「じゃあ明日行ってみるよ。でもこの福原ってところ少し京に似ているね。東西だけど大路があって碁盤の目のように町が作られているよね」
「おおそうじゃ、いずれ京からここ福原に都を移し宋との貿易をもっと増やしてこの国を豊かにしたいと思っておるのじゃ」
結構若い頃から考えていたんだ。
「明日は港を案内しよう。丁度宋からの船も三隻きておるので壮観だぞ」
「私も行くよ」
タマモの声が聞こえたと思ったら僕の後ろにいていつものごとく抱き着かれていた。
「お買物も手伝ってね」
やれやれだ。
「さあ、飯にするか」
屋敷に戻ると食膳の準備が出来上がっていた。各自にお膳が三つとり添えられ何やら法事の食事のようだ。一つの膳には大盛りのご飯と調味料の小皿、もう一つの膳には立派な焼き鯛が一匹丸ごとと鯛のお刺身、蕪の煮物に海藻の酢の物、最後の膳はエンドウの煮物、唐菓子というスィーツとライチがならぶ。
「いたっだきまーす」
鯛は身が締まってコリコリ甘い。明石の林崎村から届けられた一級品だ。焼き鯛も身がしっかりとしているが旨味が凝縮されている。蕪の煮物は葛餡がかかりとても上品な味付けだ。ほかの一品もとてもよくできている。エンドウはここらの名産品だそうだすり胡麻をあしらっている。
「満足されているようだなハルアキ殿」
タウロさんの手伝いがなくても立派に仕上がっている。
「ここの料理人は皆タウロ殿の指南がされておるのじゃ」
なっとく
「よく精進しておるだ厨房へいって褒めてくるだ」
タウロさんは厨房へと向かった。イロハの一件と言いタウロさんは教え上手だな。
「どうじゃ導魔坊に負けじと良き料理であろう」
「はい、もしかしてここでも官僚の接待しているんですか」
「おう、港との権益を守るためにも役人は持ち上げてやらんとな。はっはっは」
政治家だなやっぱり歴史に名を残す人になるはずだ。
「忙しい中、康成を連れてきたお礼じゃ」
「ハルアキは旨いものさえあればどこでもいくよ」
茜が芯を突く一言。
「いえいえ困った人を助けずにいられないのですよ」
葵ちゃんナイスフォロー。
タウロが土瓶を持ち帰ってきた。
「残ったご飯の上に刺身の鯛を載せて見てくろ」
言われやってみると薬味を振りかけて土瓶から出汁を注ぐ。
「ああ、鯛茶漬けか」
ほんのりと温まった鯛の身はさらに甘さを増して出汁と溶け合う。 さすがタウロさん一つ上をいく。
「やはりタウロ殿の着想はすばらしい。美味しいでござる」
タウロはうれしそうだ。
「明日はおらが料理をこしらえるだ」
エンジンがかかってきたな。弟子の前でお手本のつもりだろう。
「ほう、それは喜ばしい。明後日はともに京へ戻る前にここ瀬戸内の海の幸を楽しもう」
「ごちそうさまでした」
今日も美味しく楽しい食事ありがとう。
翌朝、タウロが昨晩作っていた鯛の残りのアラと牛蒡の兜煮が朝ごはんのメインになった。食後、清盛さんが言っていた祠へピコと散歩に出かけた。
三角州の河原で山側を見ると鳥居のある洞窟があった。
「ここだな」
肩に乗るピコが「ピコっ」と首を傾げた。
「入るがよいそこの者」
洞窟の奥から声がする。
「お邪魔します」
礼をして踏み入った。少し進むと少し大きな空間となった。中央にまた洞窟だ。
「よく来たぞ。朱雀を伴うものよ」
洞窟から頭が飛び出してきた。
「かっ亀?」
でかい!ガメラか。
「わが名は玄武のヨダル、おぬしは」
「ハルアキと言います。ここの祠では秘められた力を開放してくれると聞きお参りにきました。」
「ふふ、秘められた力じゃと」
目をつぶると小さな老人が現れた。亀のような顔に蛇の尾の小さな老人だ。膝をつき目線をあわすと肩に乗るピコに向かい何やら話しているように見えた。
「ほう、あの導魔の弟子か、おぬしの力なら既に解放されておる、きっかけさえあらば大きく花開くであろう。しかし朱雀はまだ本来の力を取り戻しておらん」
「えっピコの力?」
「さよう、おぬしの智慧と連結するのじゃ。さすれば新たな力が現れるであろう」
と言い放つと消えてしまった。目の前の大きな頭も奥へと引きこもってしまった。
もう、ドーマさんと同じで肝心なこと具体的に言ってくれないんだから。今の子供は察するとか忖度するとか苦手なんだから。仕方なく洞窟を後にし雪見の御所まで戻った。
「ほう、玄武のヨダル老子とお会いできたか。あの洞窟は簡単に入れないのじゃがさすが法師のお弟子さんだ」驚いて感心していた。
「さあ、港へ向かうか。案内するぞ」タマモ、茜、葵と出かけようとするとタウロがやってきた。
「タウロさんも来るの?」
「いえ、坊ちゃま、人化の呪符をまた貼ってもらえないだか」
「どうしたのこのあたりの人は怖がっちゃうの」
「いえ、弟子たちと漁港へ買い出しに行こうと思うんですが、このあたりの人たちはわしを見ると牛頭天王様とかいって拝んでくるだす。どうにも先に進めないのでお願いできないだすか」
「牛頭天王?」
清盛さんが説明してくれた。
「そこの神社の祭神さまだ。牛の頭をしているから間違えられるんだろうよ」
なるほど
「わかったよ、はい」
と言って人化の呪符『ゲンさん』を張ったあげた。
「ありがとうごぜえます。坊ちゃま」
「ぷぷっ」
何度見ても笑っちゃう。
「じゃあまたあとでね、がんばって美味しい食材頼んだよ」
タウロとわかれ港へ向かった。小一時間で大輪田泊へ着いた。二つの帆を張った大きな木造船が三隻港に停泊していた。
「うあぁ!すごいや」
瀬戸内の海が目の前に広がる。潮の香りが心地いい。
「すごいだろ」
得意げな顏の清盛さん
「まだ風の影響で船に支障があるのでそこに島を作ろうと思っておるのじゃ」
指をさす。えっポートアイランドの先を行くじゃん。
「こちらを見るのじゃ」
連れていかれたお寺に大きな大仏が
「大和の国の盧舎那仏にはかなわぬが湊の安寧を祈願し寄進したのじゃ。宋人が驚くのを見たいだけかもしれんがの、がっはっは」
港の付近を案内にしてもらうと、異国情緒あふれる一角についた。
「このあたりは宋人の居住区だ。こちらに住んで港湾の仕事をしてもらっておる」
「わお、色んなものが売ってるわ」目を輝かせタマモがテンションを上げている。
「茜に葵、一緒にいらっしゃいよ」
二人を引き連れどんどん進んでいく。仕方がないので追いかける。
「ハルアキ殿、港の仕事があるが故、番所で落ち合おう、道はわかるな」
「はーい大丈夫です」
タマモさんのお目付け役へと、いや荷物持ちとなりに追いかけた。
元町の南京町のようだ。あちらこちらにお土産屋、屋台があふれている。さっそく食い物センサーが起動した。あっ豚まんだ。神戸に来たら食べなきゃ必須だ。
「これください」
「它是什」
日本語が通じない。
「ハンニャ、翻訳してよ」
<知道了、翻>
とたん何を言っているかわかるようになり、僕がしゃべることも相手に通じるようになった。豚まんを何個か買い、四人で分ける。
「美味しいわねこの饅頭、豚まんっていうの」
「うまいな何個でも食べれる」
「美味しゅうございます」
女性陣に好評だ。小ぶりの神戸独特の豚まんと一緒だ。肉まんなんて言うけど僕は頑として豚まんというぞ。そのあともいくつか店を回り色々と食べ廻った。タマモさんのお買物にも付き合ってあっという間に夕暮れだ。
「さあ、雪見の御所に帰るよ」
風呂敷にめいいっぱいタマモさんのお買物を背負い帰路に就いた。川をさかのぼる一本道だ。茜と葵も楽しそうだったのでいい休日をおくれたようだ。
「ただいま」
清盛さんは温泉にいるようだ。僕も迷わず入浴を選択。
「お帰り、ハルアキ殿、港見物は楽しめましたかな」
「うん、すごく楽しかったよ。宋人街は美味しいものがいっぱいあったよ」
「そうかそうか、それはなによりだ。あの町では豚などというものを飼い、独自の食文化があるから、こちらは仏教の教えが厳しくなり殺生禁断の思想がひろまっておるからのう、わしは食い意地が張っておるから、あの町でよく飯を食うておるがの」
それじゃなきゃ、清盛さんは肉食系でバイタリティ溢れてるんだから。そーだ僕は呑めないけどビールなんて作れると清盛さんも喜びそうだ。でもホップがないか。ハンニャに聞くと唐花草ってので代用できるようだけど宋から輸入であるかな。
「清盛さんお酒好きだよね。麦酒というのがあるんだけど作れたらいいんだけど」
「そうかなんでも取り寄せるぞ」「大麦と唐花草って苦みのある実が必要なんだ」
「唐草花の実か、宋から来る陶磁器の詰め物に使われているものかもしれんな」
「ビールができるのかい」タマモさんも風呂に入っていたようだ。
「風呂上がりの一杯はこたえられないね。ハルちゃん作ってよ」
「あとでタウロさんに相談してみるよ」
御所に戻ると食事の支度が済んでいた。
タマモさんはチャイナドレスだ。今日買ったやつをさっそく着ている。茜と葵も赤と青の同じくスリットの深く入ったドレスを無理やりか?いや結構気に入ってきてるみたいだけど、いつも同じ衣装に飽きてるのかな。康成さんが鼻の下を伸ばして見入っている。
「おお華やかじゃのう」
清盛さんも喜んでいる。楽しい宴になりそうだ。
「今日はいい鱧が上がっていたので鱧尽くしだ」
膳には鱧の梅肉和え、鱧の照焼、鱧にセリの根っこが入った汁物が載っていた。
「いい穴子もあったで」
と穴子の押しずしと鯛の握りとが並んでいた。
タンパクだけど旨味がギュッと梅の酸味がさっぱりと美味しい。照焼も鰻に比べるとあっさりしているけども絶妙の弾力がいい、セリの根っこが鱧から出る旨味と合わさってシャリシャリいい味。お寿司も久しぶりでいいね。
「タウロさん、お風呂で話してたんだけどビールって作れる」
「坊ちゃんには関係ないだと思ってたが飲みたいだか」
「いや、僕じゃあなくて清盛さんやタマモさんにどうかなと思っただけ」
「あるだで、ここの厨房でも試作品作っていただ」
冷えたビールを陶器のマグカップに入れ大人たちに配った。真っ先にタマモがぐびぐびと呑み始めた。
「ぷっはー!いいね、いけるよ」
鼻の頭に泡が付いてるよ。続いて清盛と康成が
「ぷっはー!程よい苦みで食にも合い申す」
「どんどん持ってきて」
酒盛りが始まった。
「ここの地下に氷室があって前に来た時醸造してただ」
僕も呑めれば呑んでみたいけどあの苦みは苦手だ。父さんが呑んでいるのを一口飲んでだめだった。もう少し大人になったら再チャレンジだ。
酔っぱらってみんなは踊って歌っている。もう僕はお腹いっぱいお先に失礼。
「ごちそうさま!でおやすみなさい」誰も聞いていない。
でもピコの進化ってどうするれば、京に帰ってドーマと相談だ。