〇重唱
導魔法師たちは晴明神社の社務所で時を待った。
「ドーマさん何か新しいことわかったの」
「うむ、おぬしいや、神獣のおかげで卦の道筋が通った。迦樓夜叉はここにおる」
素直にほめてほしいよ。そいつは奠胡の仲間でかなり残忍で非常に強い鬼だそうだ。
「どうしてドーマさんは、奠胡や迦樓夜叉とかの情報に詳しいの?」
「あやつらとはユートガルトで戦いうち滅ぼしたのじゃが、きやつらの大将がここ平安に逃げ延び再び蘇生させたのだ。あとひとり槌熊もおそらくは甦ったとみてよい」
「もっと悪いやつがいるの」
「うむ将門という怨霊じゃ。この世で暴れここ晴明神社に祀られている晴明殿に倒されユートガルトに転生してきたのじゃ」
平将門の怨霊って有名な話だ。映画や小説で見たことがある。その親玉を倒せば僕は元の世界に戻れるってこと?
「これはこれは、晴明様の生まれ変わりと呼び名も高い導魔法師様、この社にお出ましいただきありがたき幸せです」
この神社の禰宜さんがやってきた。
「宮司は出かけておりますが、夕刻にはお戻りになられるはずです。しばらくお待ちいただきお会いしていただければと思います」
面倒なことになったが夜まですることがないのでしかたがない。佐助さんがいない。すでに一人で橋へ向いどこかに潜んでいるのだろうか。タウロと茜、葵は車のところで待機している。ドーマさんと二人きりっだ。聞きたいことはあるが改めてしゃべることが思いつかない。父さんと二人っきりになった時も話すことが見当たらないのと同じだ。こんな時に母さんがいれば何か糸口を見つけて会話が成立するのに。八つの鐘(1時)がなってしばらくたつ。お腹がすいたのでおにぎりを食べる。
「ハルアキどうだ、この世界には慣れたか」
ドーマから話し始めた。ドーマさんも同じ気持ちなのかな。いつも妙に距離を置いて接せられてる気がする。
「たのしいよ」
何と答えるとよかったのかな気を使っちゃう。
「そうか」
会話は途絶える。
「ドーマさんはどうなのこの世界」
意を決し僕から話しかける。
「そうだな、人が人らしく暮らす世界も悪くない。禍さえなければスローライフもいいもんだ」
話口調が変わっている。いつも無理してしゃっべているのかもと思ってしまった。
「あら!こんなところにどうしているの?」
タマモさんが突然入ってきた。
「タマモさんこそ、どうしてここがわかったの?」
「だって、この神社に来ると『お狐様』とか言ってお酒やお供え物くれるんだもん。見るとタウちゃんの牛車があるし、驚いたわよ」
こんなところまでチョロチョロと出歩いていたのか。キツネというよりネコに近い行動だな。なわばりをうろうろしてあちこちとおやつをもらって帰ってきては甘える。
「ハルト、いやドーマちゃんなにしてるの?」
「ハルト?」
父さんと同じ名?
「ごめん、導魔法師様とこっちでは呼ぶように言われてたんだけど、ドーマちゃんの本当の名前はドーマハルト・クラディウスっていうの」
そうかそれでハルトね。
「やれやれ、口が軽いというか軽率だないつもながら。だから向こうに置いてきたんだぞ」
ドーマさんお怒りだ。
「いいじゃないの、名前くらい」
首をプイと向こうに向けた。
「僕は気にしないよ。ドーマさんも許してあげて」
「まあ、やさしいこ」
ほっぺにキスされていつものように胸を押し付け抱きしめられたが、いつものようにはねのける。
「ハルアキに甘すぎるぞタマモ!でも丁度よかった。迦樓夜叉がこのあたりにいるようだ」
「なに!あの女、蘇ってきたの!」
タマモの様子を見ると迦樓夜叉とは何やら因縁があるようだ。
「ああ、蘇ったばかりなのでまだ力を蓄えていないだろうが、お前がいてくれると助かる」
けっこう口ではなんだかんだとタマモさんのこと言っているけど頼りにしてるんだ。
「ドーマさんに平安の生活をどう思っているのか聞いてたとこなんだ」
「私は楽しいわよ。ユートガルトはいつも戦乱であっちの国が攻めてきたと思ったらこっちのの国が滅ぼされてとか、人がいっぱい死んで平和とかいうものがあるのかって思ってたの」
平安の時代もこれから戦が増えて清盛さんも大変なことになる歴史を知っている僕としては複雑な気持ちだ。
「そうだな向こうの世界は荒れていた。タマモの言うことはもっともっだが、人の世はいつも争いの中にある。やがてこの平安も人の憎しみの連鎖によって争いの輪廻の輪に取り込まれるだろう」
ドーマさんはいつになく口数が多い。
「難しくてよくわかんないけど、もっと手を取り合ってなかよく暮らしていくことが希望だけど」
「そうだな希な望みだ。将門は力によってすべてを支配し平和というものを目指した。ユートガルトでも人の希望を踏みにじり高みへとめざしておった。この世で成せなかった野望を果たそうとしていたが我々が阻止したんだ」
「でも逃げられちゃった。こんなかわいいハルちゃんを巻込んでどうするつもりなの」
ドーマを睨んでいる。
「卦がそう指示したのじゃ」
法師口調に歯切れの悪い返事をする。
「はっはっはは!」
父さんが母さんにやり込められて困ったときの情景を思い出し笑いが出た。
「お話し中のところ大変申し訳ありません。当社の宮司です。このたびはお越しいただきありがとうございます。『お狐様』」
ドーマじゃないのか。タマモがそっくり返っている。
「どう!私のほうが偉いんだからね」
かなわない人。
郡司さんは去っていった。ドーマさんは何か頼みごとをしていたようだ。
「そろそろ一条戻橋へ向かうかハルアキ」
元の調子に戻ったようだ。
ドーマとタマモは牛車に乗り、僕や茜たちは歩いて堀川通りを上がっていった。車の中から二人の言い争う声がまだ聞こえもれている。新月の闇夜だが気づかれないよう松明も灯さず静かに向かう。視覚をバフで強化して前を見る。星々の明かりでも遠くを見ることができた。
橋の手前で車を降りる。離れて橋のほうを見ると男がこちらのほうへ向かってくる。向こうはこちらに気が付いていないようだが康成さんだ。ドーマが作った行燈を手にしている。横には女の人、ニコニコしながら歩いている。
「いくぞ!ハルアキ」
ドーマが飛んだ!僕は加速で二人の目の前に移動した。
「康成!こちらに逃げるのじゃ」
康成さんが驚いてこっちに来ようとするが、襟首をつかまれた。傍らから黒い影が飛び込み女の腕を切り落した。佐助さんだ。康成さんの手を引きこちらに連れ帰った。
「うう!口惜しや!貴様ら何者じゃ」女は切り落とされた腕を抑え叫んだ。
「迦樓夜叉!正体をあらわしな」
タマモが答える。
「うっうぬは、キツネ娘!こちらに来ておったか」
まさしく鬼の形相でタマモを睨んでいる。
「ピコ、車のところで隠れていて」
ピコを非難させ、相手を観察するがステータスはブロックされ、迦樓夜叉・サキュバスとしかわからない。うかつに飛び込むなと感が知らせる。
迦樓夜叉は切り取られた右腕を振り回し血液をまき散らす。そこから獣、野犬を大きくした黒いヘルハウンドを生み出した。牙をむき次々と現れ襲い掛かってくる。
左右から二匹タマモに襲い掛かる。白く両手が光ったかと思うと振り下ろしひねっている。ヘルハウンドは同時にねじりちぎれる。ヘルハウンドは警戒して唸り声をあげてタマモを取り囲むように数匹が構える。
タマモは心配いらないようなので佐助さんを補佐する。佐助は適格に敵の喉笛に刃を当て絶命させていく、こちらも助けが必要なさそうだ。
迦樓夜叉の近くを守るヘルハウンドを加速で五匹ばかり倒した。佐助さんのようにはいかないがなかなかの業だと思う。迦樓夜叉に隙ができた。横振りに蜘蛛切丸で薙ぎ払うように飛び込む。「ピー!!!」
ピコの鳴き声、足を止め飛び退くか否やの瞬間鼻先を鋭いカマが通り過ぎた。
あぶなかった。ドキドキしている。ピコありがとう。
「くそっ!右手さえあれば首を掻っ切ってくれたものを、その小僧から血祭りにあげてやる」
迦樓夜叉の姿は黒いタイツに長いしっぽ、蝙蝠のような翼をはやし細長い角が生えている。またも血を振りまきヘルハウンドを生み出し僕を取り囲む。
「迦樓夜叉!貧血で倒れちゃうぞ。ハルちゃん遠慮なくやっつけちゃいな」
タマモは手を振り回し囲んでいたヘルハウンドをずたずたにして迦樓夜叉に投げつけた。
加速を繰り返し残像で分身を作りヘルハウンドを翻弄し
「標的」
ヘルハウンドたちの額に魔法陣が浮かぶ。
「水球弾」
小さな水滴を高速でヘルハウンドの眉間を連続で貫く、そして陣を抜け出し迦樓夜叉の前へ土壁!視界を奪い後ろに回り込んだ。いける!電撃の斬撃を打ち込む。
迦樓夜叉は空へ逃げ空振りに終わった。
「忌々しい!これでもおくらい」
左手の爪が槍になり降り注ぐ。ハルアキを貫いたかに見えたが残像であった。迦樓夜叉の後ろにすでに飛んでいた。渾身の一撃!がカマで防がれた。しかし地面に撃ち落とした。
電撃剣で切れないなんてなんて固いカマだ。チャンスだと思った瞬間、迦樓夜叉の放った爪がヘルハウンドより大きな五体の首が三つあるケルベロスへと変化した。
「なんだよ次から次から、『標的』『水球弾』」
撃ち込んだ水球弾は簡単に弾かれてしまった。さっきのヘルハウンドどころではない強敵だ。一匹でも手を焼きそうなのに五匹同時なんて。ケルベロスの腹の下に滑り込み切りつけるが致命傷には至らない。
「浅いか」
邦楽の音色が鳴り出した。やった必殺技だ。タウロ、茜、葵の演奏が始まった。少し後ろに下がりドーマさんの動きを観察する。
あまびこの
おとをまゐらすわりなしの
さがなしものにさながらうす
雷撃
ケルベロスたちに輝く魔法陣が広がる。突如黒い雲が広がったかと思うと無数の雷が襲った。ケルベロスをいとも簡単に消し去った。
迦樓夜叉のカマにも雷は襲ったがあまり効いてないのか僕にそのままカマを振り回し襲い掛かる。重い斬撃だ。力負けしてどんどん後退をする。
「ハルちゃん、加勢するわよ」
手のひらを迦樓夜叉にかざし地面をたたいた。とたん迦樓夜叉に重力がかかったように動きを鈍らせた。
「よし!ハルアキよ。さっきの歌は覚えたか!二人で舞うぞ」
えっまた無茶振りをとも言ってられない。ドーマさんの少し後ろに移動する。蜘蛛切丸を扇代わりに禹歩をまねる。なるほど北斗七星をたどっているのか。二人の動きがシンクロする。体に力がみなぎってくるのがわかる。トランス状態になり声を発す。
あまびこの
おとをまゐらすわりなしの
さがなしものにさながらうす
雷撃
さっきより大きくさらに輝く魔法陣が迦樓夜叉を包んだ。無数の雷が迦樓夜叉を貫いた。敵は動きを止め、天を仰ぎうつろな表情だ。とどめの電離剣を打ち込もうと近づきかける。
「もどれ!ハルアキ」
ドーマが叫ぶ。バク転でドーマの陰に隠れる。迦樓夜叉は天に向かい左手のひらを上げている。そこには大きなエネルギーのボールがあった。
しきたへの
ころもまといし
土壁
大金剛輪印を結びドーマさんが唱えると僕らをすっぽりと覆う結界が現れた。轟音とともに衝撃波が僕らを襲ったがドーマさんの結界のおかげで誰にも被害は出ていないが、周りの土はえぐれその威力を物語っていた。
迦樓夜叉の姿はそこにはなかった。逃げたようである。
「残念じゃ、仕留めそこなったか。あれであいつは半分の力も取り戻していない。この好機を逃がしてしまったか」
ドーマは悔しそうにしている。
「ところで康成殿、あやつの行方に心当たりはあるか」
きょとんとしてドーマへふりむく康成!
「あっ!康成さん後ろ」
何と襟首を迦樓夜叉の右手がつかんだままだ。康成は手を回し何事だろうと右手をつかむ。
「ひぇぇ」
つかんだ手を地面に投げ落とす。導魔が拾い布で巻き付け封印の呪符を張って無造作に車に投げ込んだ。
「これを取り戻しにまた現れるであろう。まあよいか」
「しかし、あんたの女好きにもあきれるね。あんな陰獣女にまでのこのこついていくなんて」
またもタマモの軽蔑の目にさらされていた。
「いえ、まあ、あのその、明るい行燈をお持ちのようで愛宕山の山荘まで送ってたもれと、お願いされたものでつい」
汗をかきあたふたとしている。
「でかしたぞ!愛宕山とな、重要な手がかりだ」
ドーマさんに褒められ少しは面目を躍如したかのように落ち着きを取り戻した。
「もちろん!作戦でございます。タマモさま」
小さな声で言った。
「さあさあ、みなさん導魔坊まで帰りましょうだ。お腹がすいているだろうで美味しいもの食べて力を蓄えるだ」
タウロが促した。
「やったーお腹ペコペコだよ。早く帰ろう。康成さんも車に乗って今日は定員OKだよ。タウロのご飯食べっていってよ」
北のうす霞んだ夜空には北斗七星が輝き、地形も変わるほどの戦場を後にした。