〇間人の立岩
「放った眷属は消されたか」くやしそうに奠胡は杖を壁にたたきつけた。
「導魔法師とか名乗る陰陽師、なかなか侮れぬやつだ」
ここは間人、聖徳太子の母、穴穂部間人皇女ゆかりの地である。サテュロスは竹野川下流日本海に面した場所へとたどり着いた。
「ふー殺されるかと思った。この岩のようだな」
立岩に登り見つけた封印の綱を引きちぎり瓶の魂を注いだ。
暗い海から黒雲が立ち上がり雨が降り出した。稲妻が光、立岩に落ちた。
「ひぇー」
サテュロスはかがみこみ頭を抱えている。
「おぬしか、わしを起こしたのは!」
ちぢれた赤髪に角、十尺、三メートルはある大男が槌矛を杖代わりに立ち上がった。
「奠胡さまの配下、サテュロスともうします。槌熊さまよろしくねがいます」
あまりの迫力にひざまずいている。
「うぬ、やはりこの体がしっくりくる。奠胡のやつの差し金か、わしにも届いておる、あのお方の復活の気配は」
「急ぎ私と三上ヶ嶽までご一緒願いたい」
「まだあそこを根城にしているのか、わしは後で参ろう。おぬしは一人で帰れ」
一人で帰ると奠胡に何を言われるかわからない。
「お願いします、ご一緒に」
「うるさいの、ではこれを持て」
槌矛を投げつけた。
「これをわしの代わりに連れ帰り、あとで行くと伝えろ」
槌矛はサテュロスの力では引きずるくらいしか動かない。槌熊は立岩を飛び降り川を上流へ山の中へと去ってしまった。
「殺生な、こんな重いもの三上ヶ嶽まで何日かかることか、また叱られてしまう」
とぼとぼと槌矛を引きずり泣いている。
槌熊は、姿を人へとなり山中の集落へたどり着いた。人の姿とは言え六尺、二メートルの大男だ。
「この村だな」
薪を担ぎ戻る村人に長の居場所を聞いて、長の小屋に入り、座っている老人に声をかける。
「白犬よ、歳を取ったな」老人は目を見開きあわてて土下座をした。
「槌熊さま、申し訳ありませんでした。この命お捧げします」
「よい、お前の裏切りで奠胡、迦樓夜叉は打ち取られたが、それはよい。あやつら残忍すぎる。それよりもわが眷属を守りこの村を支えたことに礼を言うぞ」
どっかりと白犬の前に胡坐をかき、話をつづけた。
「村人は健やかであるか」
「はい、あれから世代は変わりすっかり鬼の力も弱まりましたが、たたらの技を継ぎまして鋳物師として平和に暮らしております」
「さようか、さようか、しばらくこの村で滋養させてもらう。また戦じゃ、恩ある方の頼みで少し働かなくてはいかん。わしには戦うことしかない、よろしく願うぞ」
ごろッと横になり眠り始めた。