〇卵とお休み
ハルアキはさっそくドーマに例の卵を見せた。
「これは面白い」
導魔の鑑定力はハルアキのそれをはるかに上回ったようだ。傍らに卵を置き朱雀門の鬼の報告をいつものように式神から受けていた。
「タマモに助けられたようだな。サテュロスというものなかなか侮れぬ能力を持っておるようだな。ああいう手合もいることを肝に銘じておくのだぞ。くれぐれも油断せずに敵と対峙することじゃ」
具体的な助言も欲しい。こういう場合はこうするといいとか、それはこういった技を使えとか、あとは自分で考えろってもう少し先生としての資質を身に着けてほしいよ導魔先生。
「でもほんと危なかったよ。タマモさんってすごいね。敵の動きを見抜いてたんだね」
「それはない、あやつの場合大抵行き当たりばったりで行動しておる」
やっぱりそうか、でも助けられたのは事実だ。
「大江山のことはいましばらく様子をうかがおう。こちらの戦力もおぼつかぬゆえ」
オオガミさんのことだろう。明日から三日も修行がお休みだ。土日ってあるのかどうだか不明だけど毎日休みなしは精神衛生上よろしくない。ゴロゴロしようかな何をしよう都見物かな。平安時代のこともっと知りたくなってきたから社会見学もいいなあ。
「ハルアキよ。この卵を抱いて寝るがよい」卵を放り投げてきた。
おーとっと、慌てて受け取った。温めろっていうこと?
「はーい、あやすみなさーい」
部屋に戻り卵を抱いて床に着いたが、寝相はいい方ではないので卵が少し心配だ。なんだかんだと思い悩んでいるうちに眠ってしまった。寝つきがいいのも僕の特技だ。その晩は空を飛ぶ不思議な夢を見た。大きな鳥にまたがり大空を気持ちよく飛ぶ、雲の上が気持ちよかった。全方向で感じる空は現実感満載だった。
翌朝、目を覚ますと抱いていた卵がない。あわてて布団をはねのけると卵の殻だけがあった。
「あっちゃー、寝返り打って割っちゃたか、可哀そうなことをした」ところが頭の上に何か乗っている。恐る恐る手を伸ばすとふかふかした羽根布団のような感触?つかんで下ろすと小太りな鳥がいた。朱色と朱鷺色で頭にはねた羽が三本、鶏のようだがそれとも違う。ピコピコと泣いて僕を見ている。
「ピコっていうのかな?」ピコピコと喜んでいる。「じゃピコだ」聞いたことがあるが刷り込みってやつか親だと思っているようだ。頭の上に止まっている。とにかくドーマに報告だ。
「ドーマさん!大変だよ!」ドーマは錬金部屋で書物を読んでいた。
「孵ったようだな。それは神獣の朱雀だ」
「神獣!ピコなんて名前つけちゃったけど」威厳もない名前で申し訳ない。
「面倒を見て大切に育てなさい」ドーマはまた書物を読み始めた。もう少し詳しく説明してよ。自分で調べろってこと。
とりあえずタウロに何か餌をもらいに厨房へ向かった。
「あらま、めんこいヒナが生まれただ、何を食うのだ?」生米を掌に載せてくちばし先に差し出してみた。無反応、飛び立つと昨日の残り物のかぼちゃサラダのところへ。パクパクと食べ始めた。
「坊ちゃんと同じで食いしん坊だすな。ふはっはっ」ベーコンや何やらくちばし先に近づけるとなんでも食べていた。餌の心配は特にいらないようだ。
「さあさあ、朝ごはんにするだ、洋食にするだ」ベーコンをカリカリに焼き、目玉焼きを作り出した。ピコの卵見てよほど卵料理が作りかったんだろう。よかったなピコ、目玉焼きにされずに。何も具の無いコンソメスープにクルトンを散らした。
食堂で食べながらパンをピコにあげると喜んで食べている。スプーンですくったスープも気に入っているようだ。黄金色のコンソメ、澄み切った色とは対照的に濃厚なうまみを醸し出していた。
タマモも起きてきた。
「おはよ!ハルちゃん」
「美味しそうね。あら、その鳥さんは?」
「今朝あの卵から生まれたんだ。ドーマさんに面倒見なさいって言われてるの、ピコって名付けたんだよ」
「あーらピコちゃん、よろしくね」「ピコっ」答えた。
「かわいいー」すりすりとほほを寄せる。
オオガミさんは起きているようだが部屋から出てこなかった。
「今日はお休みでしょ。一緒に都見物しようかハルちゃん」
「いいよ、導魔坊以外この町のこと知らないから、案内してよタマモ」
「ふっふ、デートだね。うれしーい」
「そんなんじゃないよ」ちょっと後悔した。
帯刀してタウロにおにぎりをもらいピコを頭に乗せ導魔坊を出た。ピコが空を見る、おぼろ雲広がり、お出かけ日和だ。
錦と呼ばれているところに来ると、市が立っていた。
「いろんなものが売ってるね」野菜や魚、衣服、布切れまで売っている。
「大好きなのお買い物、ドーマちゃんお金持ちでしょ。向こうにいたときはいつも貧乏で欲しいものかえなかったから、こっちで憂さ晴らしよ」
げに女は恐ろしきかな。
そーだ向こうの話、聞いてみよ。
「ねぇ向こうでドーマさんはなにしてたの」
「中流くらいの貴族の息子だったんだけど、戦乱で冒険者になったの、オオガミは代々のその貴族家につかえていたから、一緒に旅してたのよ」
冒険者だってまさに異世界、ロマンがあるなあ。代々の家の主に仕えていたなんて
「へーオオガミさんっていくつ位なの?」
「あいつの歳はわからないよ、本人でも」
「えっなんでわからないの」
「あいつは朔、新月の時しか歳を取らないの、ユートガルトは二つの月が出ていて、ドーマが言うには公転速度が違うから年に一回か二回しか両方が新月にならないの、年に一、二度しか歳を取らなかったのよ」
「えー朔の日に一日、およそ二百五十年に一歳しか歳取らない計算じゃん」
「あら計算早いね。そう、神話の時代から生きているのにあんなに馬鹿なの」身もふたもない言われようだ。タマモはいくつだろう?
すると道の先にタエちゃんとおばさんが野菜を売っている。
「あーハルアキ兄ちゃん!おはよー」
「おはよう、タエちゃん、今日もお手伝いエライね」
「兄ちゃんそのトリさんは」興味津々で見つめている。
「ピコっていうんだ。今朝から飼い始めたんだ」
「ピコちゃん、タエよ、よろしくね」
「ピコっ」挨拶をした。
「あっタマモおばちゃんもおはよー」
「お姉さんよ」キッと睨んでいる。タマモの歳を聞かなくてよかった。
大江山のとある屋敷
「サテュロス!なんてざまだ!」髑髏の鬼が杖を振りかざして怒っている。
「奠胡さま、お許しを」
「ばくち狂いの強欲で鬼にしてやったが、その能力がなかったらぶち殺してやりたいわ」
「ひえーお許しを」
「まあいい、これまでの魂でなんとかしよう」魂を封じ込めた瓶を見た。
「これを使い間人へ向え、立岩に体を封じられた槌熊を連れてこい」
「はっハイ」屋敷を飛び出していった。
さて槌熊はこれでいい、京には何匹か眷属の鬼も放っておいたから時間稼ぎはできるだろう。問題は迦樓夜叉だ。あいつはどこにいる。




