〇巡業夏相撲
「奠胡よ。せっかく私がもらった魔石を使って作った妖魔がこんな汗臭い筋肉馬鹿かい」
迦樓夜叉が奠胡に文句を言っている。
「エレガンスでクールな女戦士を頼んでいただろう」
「すまぬな迦樓夜叉、わしはこの滑稽なやつを気に入ってしまったのじゃ。かなわぬ夢に取り付かれて面白じゃろ、愉快じゃろ」
「ふん、趣味の悪やつめ」
迦樓夜叉は去っていってしまった。
「迦樓夜叉様はお気に召さぬようですがおいはこの体に満足でごわす」
「さあさあ、もっとこのゾンビの獣魔を吸収するのじゃひっひっひ」
ちゃんこ鍋よろしく大量の化け物を食らう鬼若であった。
「いい汗をかいたでおらもお腹が減っただ。たっぷり昼ごはんを作って夕方の相撲大会にのぞむだな」
タウロは厨房に戻り、昼の用意を始めた。土俵ではモグちゃんたちが相撲を取り始めていた。
その間ドーマは佐助から詳細を聞き及んでいた。
「つまりその巡業を率いているのが奠胡だというのか」
「その巡業では女相撲も余興としてあり、例によって康成様がわざわざ大坂まで見に行った折、奠胡の姿を見たというのです」
「康成か思わぬところで役に立つ男じゃな」
「さあお昼の用意ができただ。タウロ特製ちゃんこ鍋だ」
「やっぱりそうくると思っていたよ」
食堂の床板がはずされ囲炉裏が姿を現していた。
鍋にはさまざまな具材が放り込まれていた。味噌味仕立てでバターの風味もしていた。
タウロを始め厨房の清八、喜六も加わり、さながら相撲部屋のごとく食堂はにぎやかに皆、汗をかきながらお昼の食事をした。
夏の一日は長い、夕時になっても明るくいくぶん風も出てきて夕涼みがてら人々は下鴨の杜へ集っていった。巡業の旗がたなびき、寄せ太鼓の音が響いている。
本割の前の余興が始まっていた。土俵の向い側に康成の姿があった。
「康成さーん」
「これはハルアキ殿も相撲見物ですか」
「そこで聞いたんだけど今日は女相撲はないんだって」
がっかり首をうなだれる康成。
「さてさて、ここに追わす鬼若関を土俵の外まで追い出すことができればなんとここにあります。米俵一俵を差し上げまする」
司会に扮した呼び出しの男が高らかに宣言をした。設けられた受付に力自慢の男たちが殺到していく。
土俵の真ん中には鬼若がボディービルダーのようにポージングをしてアピールしている。
タウロを始め十人ほどが参加するようだ。タウロが最後の挑戦者だ。
まず最初の男は土俵際までぎりぎりに下がり勢いをつけて突進した。ぶつかった瞬間、鬼若はピクリとも動かず、突進した男はそのまま気絶してしまった。そのあとの男たちも軽々と放り投げられ、挑戦者タウロの番となった。
観客から大きく声援が上がる。導魔坊の料理人タウロはちょっとした有名人だ。あちらこちらで賭けも始まった。
「タウロ!やっつけちゃえ」
タエの声援がひときわ大きく響いた。タウロの鼻息が大きくなる。足で土俵の土を後ろへ何度もかく。まるで闘牛のようだ。
「発気揚々!のこった」
軍配が上がった。
タウロの立会いの呼吸を鬼若が受け止める。ずずずっと後ろに押し出していく。タウロの頭から湯気が出ている。もう少しだ。観客も息を飲む。
鬼若の打っちゃりだがこらえた。オオガミとの稽古が生かされた。両者ともまわしをつかみ土俵中央へと戻っていった。
「あともちょいだ!タウロ、がんばれー」
タエの声援を聞き、タウロのギアがあがった。
上手投げを放つタウロ、こらえる鬼若の足が宙を待った。
ズッズッシーン!
「やったー勝った勝った」
ハルアキとタエが抱き合って喜んだ。
仰向けに倒れた鬼若の腹が大きく裂けて口になった。そこから伸びる舌がタウロに巻きついた。
タウロを飲み込もうとしている。
逃げ惑う観客たち、周りにいた力士たちが獣人化していく。なんと力士全員が奠胡の妖魔であった。
「ひっひっひ、まんまとおびき出されよって、これだけの人々がいては手も足も出ないじゃろ」
奠胡も正体を現した。
「加速」
ハルアキが土俵にいる鬼若の舌を切り落とした。どっさとタウロも地面に落ちるが、手には棍棒が握られていた。その棍棒を力任せに鬼若にたたきつけた。ノシイカのように土俵に張り付く鬼若。
ハルアキは土俵で天叢雲剣を振るいながら禹歩を舞う。
ドーマが鼓を葵と茜が笛を吹く
あさみどりやなぎまけつけ
拘束
あたりに魔方陣が浮き上がっていく。ちゃんこ鍋を食べた後、先に来てハルアキはこの魔方陣を用意していたのだった。
魔方陣から伸びたツタが妖魔力士たちを拘束していく。タマモとフースーが観客の避難を誘導する。
後はオオガミまかせだ。拘束された妖魔を切り刻んでいった。
「いつの間にこんな準備をくちおしや!」
土俵に倒れている鬼若を杖でたたくと、オオガミに切られた妖魔たちの死骸がそこに集まり鬼若に取り込まれた。
奠胡をつかむと大きく飛び上がり去っていってしまった。
「何したかったんだろうね奠胡は」
ハルアキが首をかしげる。
「新しいおもちゃ見せたかったんじゃない」
タマモがそういった。
「あれはバグベアの魔石だな。ハルアキ、核は捉えたか?」
「オオガミさん、おぼろげだけど感じることはできたみたい。次は逃がさないよ」
「よしよし、ハルアキ、ここらを片付けて導魔坊に帰るか」
「はい、ドーマさん」
夕闇が迫る薄明るい空に白鳥座のデネブが光っていた。




