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〇トマトと双六

「おはよう!タエちゃん」

 タウロの厨房で待ち構えていたハルアキは元気よく挨拶をした。

「おはようハルアキ兄ちゃん、あれ今日はどうしたの私のこと待ってた」

 勘が鋭いな。さすが女の子

「うん、この(タネ)をタエちゃんの畑に植えてほしいんだ。お父さんにお願いしたいから一緒に帰ろう」

「タウロさんに頼まれて色んな(タネ)を育てたけど、今度はどんな実がなるのかしら、たのしみね」

 野菜をタウロに渡すときびす返しにハルアキと家に戻った。


「おじさん、おばさん、おはようございます。ドーマさんのとこのハルアキです」

「おやまあ、法師様のところにこんなにかわいい坊ちゃんがいらしたのね」

 タエのお母さんが驚いていた。

「何か御用でございますだか」

 お父さんが鍬の手を休めこちらに近寄ってきた。

「この(タネ)を植えてほしいんです。真っ赤な美味しい実がなるんです」

「そんだば、この茄子を植えようと思っていた畑にまくとよいだべ」

 偶然ではあるがトマトはナス科の植物であった。指さす場所にタネを植え、手をかざし豊饒(フェルテ)の呪文の印を結んだ。するとさっそく土からにょきにょきと芽が出てきた。

「おんやまあ!驚いたべ、もう芽が出とる」

「術をかけてあるので成長が早いと思います。十日ほどで実がなると思いますので面倒よろしくお願いします」

「わかったべ、精魂込めて面倒見るだ」

 そういえば、農薬もないし獣害も心配だ。どうにか対策しておかないといけないな。見渡すと案山子が目にはいった。ドーマさんの呪符が張り付けてある。このあたりはドーマさんの結界で守られている。すでに対策済みってことですか。ドーマさんにはかなわない。

 タエちゃんの畑を後にした。


 導魔坊ではオオガミが待ち構えていた。

「さあ鍛錬を始めるぞ」

「はーい、お願いします」一礼をして今日の修業が始まった。


 トマトを植えてから一週間の日が過ぎた。

 その日は妙な客が導魔坊を訪れた。検非違使(けびいし)の堀川だが妙なのはその従者である。ハルアキほどの背丈に顔を真っ黒な包帯で覆いそこから鋭い目だけを出した猫背の小男であった。ただものではない雰囲気を醸し出している。広間に案内された二人は導魔法師と対峙していた。ハルアキ、オオガミも付き添っている。


「法師様このたびは突然の訪問申し訳ありません。清盛さまが福原へお越しとのことで直接お伝えしたい向きがございましてお邪魔しました」

 丁寧な口調だが緊迫感が伝わってくる。何やら大事が起こっているようだ。

「実はこちらの康成(やすなり)殿が行方不明となっております」

えっ康成がどういうことだろう。そういえば今朝は姿が見えない。清盛と福原に行ったものだと思い込んでいた。

「康成殿にもこの度の都の警備をお手伝いしていただいておりました。朱雀門あたりで姿を消し申されてしまいました。ここ数日あのあたりで都の者が消息を絶つという事件で見回りをお願いしたのですが、やはりこちらにお戻りになられていないとのこと」

「このものは放免(ほうめん)、私の手のもので佐助(サスケ)と申します。佐助、子細(しさい)をお話しせよ」放免とは罪を犯したものだが検非違使庁で働くことで役を免れた者のことである。密偵などをしているようだ。

「失礼いたします。私もそのあたりを調べておりましたが康成殿と思われる叫び声を聞き駆け付けたのですが、黒い鬼の影が人を担ぎ朱雀の門の中に消えていきました。どこを見ても足跡を発見できませんでした」

「して、どの刻であった」時間を聞いている。

「四つの鐘の頃でございました」夜9時頃らしい。この時代は陰陽寮の当番の役人が鐘の音を鳴らし告げていた。

「わかった今宵、その刻になり申したら、こちらの手のものを派遣しましょう」もしや、また僕かな、やれやれだ。


 検非違使たちは去っていった。

「わかっておるなハルアキ」人型を取り出し式神を呼び出した。

「三人で解決するように、康成を助け出すのじゃ」

「まってよ!ドーマちゃん、私も行くわよ」盗み聞ぎしていたタマモがしゃしゃり出てきた。

「よかろう」法師は部屋へと戻っていった。


 その日の稽古は夜に備え軽めになった。気のせいかオオガミさんがいつもより弱かったような気がしたが新しい技を編み出したのに試させてもらえなかった。


 お風呂の扉を開けると先にタマモさんが入っていた。

「ごめんなさい」ピシャリと戸を閉めるが中から

「いいわよ入りなさい」夜の準備もあるので仕方ない。

「ねぇタマモさんて強いの」頭を洗われながら聞いてみた。

「とーてもっ強いわよ」お湯をざばっとかけられた。


 厨房を覗く、タウロが晩御飯の準備をしている。包丁の音が心地いい。

「坊ちゃま、つまみ食いはだめですだよ」後ろに目が付いているのかよ。

「タウロさん、新しい技思いついたんだけどオオガミさんが試させてくれないんだよ」

「そうだすな。下弦の月も過ぎて(さく)が近いので無理なさらねえんじゃないだすか」

「そうか満月の時は元気マンマンだとか言ってたのはそういうことか。明日から三日間お休みだとか言って喜ばせてくれたのはそういうわけか」

「そうだ、タウロ、試させてよ新技を『電離(プラズマ)』!」と言ってタウロの持っている包丁に印を結んだ。

「な、何をするんだす。坊ちゃん」

「まあ、何か切ってみてよ」

 タウロはカボチャを切ってみた。手ごたえもなくスゥっと刃がとおる。

「すごいだ!坊ちゃん」


 電撃(フリーネ)から派生した術で刃にプラズマをまとわせ切れ味を上げる技だ。

「あー大変だす」

 涙目のタウロ

「タウロさん手を切っちゃた?」

「元に戻してくだせい。まな板が真っ二つになっただ」

「はっはっは、ごめんごめん」術を解く。

「ちゃんと毎日、包丁は研いでおりますだで間に合ってますだ」

 二つに分かれたまな板を恨めしそうに見つめている。


 晩御飯は軽めにパスタとかぼちゃのサラダだった。ペペロンチーノを平らげ時間が来るのを待った。

 タウロが準備している四人の前に現れた。

「暗うございますだで、車でお送りしますだ」

 やったやった!やっとあの車に乗れるよ。

 下弦(かげん)弓張月(ゆみはりづき)もまだ昇っていない。漆黒の空は星々のみが輝いていた。車には松明(たいまつ)が灯されて闇夜を照らしていた。

 タマモさんはいつも衣装だが真っ黒な手甲(てっこう)をつけている。戦闘準備ってとこかな。


 乗り心地は最高なのだが、車の中ではタマモさんに抱き着かれたが逃げ場がない。茜と葵の目もお構いなくオモチャにされながら朱雀門に着いた。門は閉じられていた。

「ここでお待ちするだで、何かあったらいつでも呼んでくだせい」

 指輪を金棒に変えてぶんぶんと振り回している。

「ありがとう。気持ちは受け取っておくよ」

 あたりを見回す。門の中心に気配を感じる。そこに佐助が背後から突然現れた。全然気配を感じなかった。

「あの中心に何かありますな」僕と同意見だ。この人は何者なんだろう。

 佐助はクナイを投げつけた。

 真っ黒な穴が空間に現れた。ヤギの角をはやし下半身もヤギのような鬼がでてきてクナイをつかみ受て投げ返してきた。


「今宵はお前さんたちが遊んでくれるのか。くっくっく」

「やい!康成(やすなり)さんを返せ」

「こいつのことか」袋から賞牌(メダル)を見せる。康成の顔が彫られている。

「わしに遊戯(ゲーム)で勝ったら返してやろう。くっくっく」

「わしは朱雀の鬼、サテュロスだ。ついてこい」門の中心の暗闇にいざなった。

「用心して入ぃ・・」僕が言い終わらないうちにタマモさんが飛び込んでいた。

「もう!マイペースなんだから」残り四人も飛び込んだ。


 明かりはあるようだ。廊下のようなところへ出た。通路は入り組んで迷宮のようになっている。

「タマモさーん、大丈夫?」先の廊下からひょっこり顔を出しこちらに戻ってきた。

「この迷路を抜けわしのところまで一刻でたどり着くがよい」サテュロスの声がした。30分で来いだとさっさと現れろってんだ。

 蜘蛛切丸をはじき音を出した。音波ソナーのように迷路の構造をハンニャで解析してみた。

「楽勝、こっち・・・」言い終わる前にタマモさんは壁を突き破りどんどん進んでいく。あきれてものも言えない。どれだけマイペースだか。

「早いだろ、まっすぐ進んだほうが」茜と葵も同じくあきれている。

「いつもこうなの?」二人同時に「()()()!」と答えた。

 ものの数分で出口にたどり着いた。扉を開けるとサテュロスが驚いていた。


「はっ早すぎるじゃないか。用意をするまで待ってろ」慌てて机を出して何やら準備を始めた。お茶の用意をしているようだ。


 ステータスを見るが全然弱い。このまま倒してしまおうか。タマモさんはお茶菓子に興味を示していてさっきのように暴走しない。


「では始めようか。誰が最初に双六(すごろく)をするのだ」

 机の上に版を置いた。

 バックギャモンじゃないか!家の旅館の遊戯室に置いてあってよく父さんと遊んだやつだ。

規定(ルール)はわかっているか。この勝負に負ければ、お前はこの男と同じように賞牌(メダル)となり、わしに勝てばこれを返してやろう」

 タマモをじろじろ見て

「いい女じゃ、その女をかけてもよいぞ」

 タマモはウインクで返した。

「ありがと、でもあんたは好みじゃないの」


「僕が闘うよ」

「よーし始めるか」

 にやりとサテュロスは笑った。

 とたん僕の能力が封じられた気がした。サテュロスと僕だけが結界の中にいる。後のみんなは大丈夫のようだ。やられた油断した。タマモさんに習って一気にやっつければよかった。でもバックギャモンは得意だから大丈夫かな?

「わかっているようだが、勝負を受けたらこの中ではおぬしはわしに危害を加えられぬぞ。くっくっく」

「バックギャモンならそんなの使わなくても負けないよ」

「ほう、その名を知っているのか楽しみじゃくっくっく」

「がんばれーハルちゃん」

 茶菓子をほおばりながら応援してくれている。お気楽なもんだ。

「ねぇ佐助ちゃん、どんなルールなの()()()()()()()()って?」

双六(すごろく)ですか堀川様のお相手をさせられたことがあるのですが、大体こんな次第です」

 ざっとルールを説明した。


「さいころ振ってあの15個のコマを動かすのね。で、さいころが同じ目ならいっぱい動かせるのね」何か思いついたようである。


 ハルアキとサテュロスが最初のサイを転がした。

「やった!6だ、僕が先手だね」再びサイを振る。6のぞろ目。やったね!ついているようだ。6×4で24コマ動かせる。サテュロスは1と2。

「くっそ!これからじゃ」そのあとも僕はぞろ目ばかり、サテュロスは1と2ばかり、敵のあらかたのコマをヒットして振り出しに戻してしまった。うまく行き過ぎている。何かたくらみがあるのか?

「くっそ!倍付けをする!受けるか」ダブルのことか、得点が倍になるということは、掛け金も倍、あとのメダルにされた人たちも取り返すことができる。そろそろ何か仕掛けてくるのか。

「いいよ、受けてやる。こっちもダブルだ」

「おぬしの仲間らも一気に賞牌(メダル)に変えてやる」すっかり頭に血が上って冷静さを失っている。

 結局、そのまま僕の圧勝でサテュロスのメダルをすべて奪い取った。結界が解けた瞬間、蜘蛛切丸を目の前にかざした。。

「まっ待ってくれ、許してくれぇお願いだ。これをやるから」ソフトボールほどの卵を差し出してきた。


「なんだこの卵?」

「この朱雀の門に封印されてた卵じゃ、何の卵かはわからんが大切に封印されていたので宝に違いない」と言って卵に気を取られている隙に一目散で逃げ出していった。

「しまった!黒幕のこと聞けなかった」

「仕方ありませぬな、次の機会を待ちましょう」佐助が慰めてくれた。

「しかしツイてたよなぁ?ハンニャ何かあった?」

「ふふっハルちゃん。私がやったのよ」

 タマモさんがさいころを宙に浮かしている。さいころの目を操作したイカサマなのか、なんて人だ。


 つまり、結界は僕だけに効いていて、ほかの人はフリーだったんだ。サテュロスが馬鹿でよかった。全員囲ってれば手も足も出なかったのに・・・

 (あかね)が「タマモは念動力と人の心を操る幻術が使えるだよ」

 つまり最初からサテュロスに術を掛けていたのか、ドーマと同じくかなわない人たちだ。

 メダルの入った袋を拾い上げ迷宮を出た。とたんメダルは術が解け康成さんたちが現れた。


 迷宮の入り口は消え失せ、あたりはただ静かな闇夜となった。

「ハルアキ殿!助けてくださったのか。ありがとうござる」康成は手を握り締めて何度も礼を言った。

 松明に照らされた康成へ黒幕の手がかりを聞く。

「サテュロスといたとき何か気づいたことはない」

「わしは勝てばおなごを紹介してくれると勝負を持ち掛けられたのじゃが、骸骨の鬼もそのときいて、力を取り戻すため魂を集めろと命じてました」と言って去っていきました。

「あんたも女好きだねぇそれだけなの」タマモが軽蔑の目で見ている。

「いやいや、情報を引き出す為でござる」冷や汗をかきながら弁解をしている。

「おっそうじゃ大切なことを忘れておった。三上ヶ嶽(みうえがたけ)まで届けろと言っておりましたじゃ」

「やったじゃん!大ヒントだよ!で三上ヶ嶽ってどこ?」

「大江山でございます」佐助が補足してくれた。

「やっぱりあの辺が本拠地なんだ。瑠璃(るり)村のみんなも心配だね」

「とりあえず導魔坊に戻ろうか。康成さんは助けたみんなを送って行ってくれる。タウロの(カー)定員オーバーなんだ。ごめんね」


「導魔坊?法師様のお屋敷にそんな名をつけただか、いい名だす」タウロは笑っていた。

 それにしてもこの卵?鑑定しても中身がわからない。タウロは料理しましょうかというがドーマに見せよう。


「さあ帰るよ」

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