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僕が考えた最強の召喚陣

トアル王立学園は中学校相当です。


 昔は魔法使いがたくさんいたらしい。

 

 魔法学で学ぶ歴史や、かつて使われていたという魔法理論は既に廃れて教養の一つとなり、世界に存在する数少ない本物の『魔法使い』は絶滅危惧種より貴重で、それぞれの国で厳重に保護されている。

 

 そんな、魔法が辛うじて残っている世界。

 トアル王立学園の卒業パーティで、トアル国の第二王子が婚約者に向かって大きな声を上げた。




「マルガリータ・デル・キュラッソ! 国家転覆を企んだ反逆罪で、貴様を断罪する! 当然、貴様との婚約も破棄だ!!」


 朗々と響く大きな声に、パーティ参加者は声の主に視線を向け、その言葉の不穏さに息を飲んだ。

 対する公爵令嬢、マルガリータも大きく目を見開き、婚約者である男を凝視する。


「…………殿下。私が一体何をしたと?」


 マルガリータは小首を傾げ、尊大な態度で指を向ける第二王子に言葉を返した。

 間が開いてしまったのは許してほしい。

 あまりにも荒唐無稽すぎて、思考がフリーズしたのだ。むしろ再起動の速さを褒めてほしい。


「ふん。しらばっくれても無駄だ。証拠は押さえてある!」


 そう言うと、第二王子パエージャ・イグ・トアルは胸ポケットから数枚の紙片を取り出した。


「このような恐ろしいものを作り出し、我が国を滅ぼそうなどと! 聡明なる愛しきミーティアが教えてくれなければ、大変なことになっていた!」


 声を張るパエージャの隣に、一人の少女が寄り添うように立った。ストロベリーブロンドの髪がふわりと揺れる。

 庇護欲を誘うような、小柄で可憐な姿。

 背後には、側近たちが控えている。

 

 パエージャは、微笑むミーティアの細腰を左手で引き寄せ、熱い視線を送る。

 しかし、マルガリータに視線を戻した時には、その眼差しは冷たく、侮蔑すら込められていた。


 パエージャは右手の紙片をカードのように広げ、皆に見えるように掲げた。

 それには幾何学模様に記号と数字が書かれ、中央には何かの紋様が描かれていた。


「───!! 殿下! それをどこで!!」


 顔色を変えたマルガリータをみて、パエージャは口端を引き上げた。


「知らんと惚けるかと思ったが、馬脚を現したな。これはお前が描いた邪悪なる魔法陣。見よ!!」


 パエージャは一枚の紙片を引き抜き高々と掲げた。

 円に絡むように植物のような紋様が描かれ、均等に記号のようなものが書きつけられている。

 中央にも円が配置され、その中には生物のような図案。


「これは邪龍を召喚する召喚陣だ! このような悪しきものを呼び出して我が国を蹂躙しようなど許し難し!!」


「……あれは、野良猫と仲良くなるおまじない……」


 王子教育を受けているパエージャの声はよく響き、会場の隅まで届く。

 だが、周囲の声を拾うのは苦手のようだ。

 王子が掲げた魔法陣を少し離れた所で見たモブ令嬢の声は、パーティ参加者には聞こえるが、パエージャの耳には入らない絶妙な声量だった。


(野良猫……?)


 参加者たちはマルガリータ公爵令嬢を見ると、すぐに得心を得て頷いた。

 マルガリータは無類の猫好きで、保護活動にも熱心なことは良く知られた事柄だ。

 その様子を、己への理解と受け取ったパエージャは、更に得意気に別の紙片を掲げた。

 突起物を思わせる複雑な形が幾何学模様を描き、中央へ収束していくような図柄だ。

 それを見たマルガリータは、顔を赤くして慌てて制止の声を上げた。


「───!! 殿下! それはダメです!!」


「黙れ! 悪逆非道な犯罪者め!! 貴様、邪龍の召喚時に属性の付与も企んだであろう!」


 パエージャは自信満々に演説を続ける。


「不浄の穢れを集め、流し込む陣! 召喚した邪龍に不浄の力を付与し、毒屍邪龍にする目論見! 悪魔の如き思考と言わざるを得ない!!」


「あれは、便P……体内の毒素を排出するデトックスのおまじない……」


 先の令嬢が、便秘解消のおまじないと言いかけて、慌てて言い換えた。

 が、周囲の人々は正しく理解した。

 そして、王子の見立てに感心する。

 体内の毒素や廃棄物を集め、排出するという点は間違っていないからだ。

 流し込む先が邪龍ではなく下水道というだけで。


 自らのお腹事情を暴露されたマルガリータは、羞恥に顔を染め体を震わせる。

 その姿と、周囲の賞賛の空気を感じ取ったパエージャは、自らの勝利を信じて疑わない。

 意気揚々と声を張り上げる。


「更に!!」


 え、まだあるの?

 

 第二王子の妄想溢れる解釈が楽しくなってきた周りの空気に後押しされて、パエージャの弁舌は力強さを増す。


「この陣! 王国の民の体調を悪化させ抵抗力を削ぐ効果に加え、血に塗れた世界にすべく邪龍を思考誘導する陣!! どれほど悪辣な陣を重ね掛け、我が国を蹂躙せしめようというのか。魔王ですら、これほど非道な行いはしないであろう!!!」


「あれは…………」


 解説者と化したモブ令嬢が、言葉を発しかけて口を噤んだ。

 ほんのりと頬を染め、恥ずかし気に俯く令嬢に、周囲はやきもきする。


「ご令嬢……」


 我慢できなかった令息が、モブ令嬢を促す。

 モブ令嬢は顔を上げると、期待に満ちた周囲の圧に息を飲んだ。きょどきょどと瞳を動かすが、逃げ道はない。

 観念するかのように目を閉じると、モブ令嬢は口を開いた。


「あれは……月のものの痛みや不快感を和らげるおまじないです……」


 今までの解説と違って小さな声だったが、耳をそばだてていた人々にはきちんと届いた。

 気まずそうな男性陣、疑問符を浮かべる男性陣、そして労りの眼差しを向ける女性陣。

 それぞれの視線を受けて、マルガリータは顔を掌で覆い隠して俯いた。

 

 言い切った高揚感と満足感に浸っているパエージャは、それらの視線に気づかない。

 完全勝利を確信して、パエージャは高らかに宣言した。


「お前の企みは全て露見した! もはや言い逃れはできまい! 衛兵!! この大罪人を捕らえ牢へ「殿下のバカ!!!変態!!!」」


 彼の断罪は、マルガリータにより遮られた。

 『変態』ワードに動揺したパエージャが不敬を咎めようと口を開きかけたが、真っ赤な顔に涙目で睨むマルガリータに思わず怯む。

 マルガリータは踵を返すと、素晴らしい俊足で会場の外へと駆け抜けていった。

 ぽかんと後姿を見送っていたパエージャだったが、はっと我に返ると、慌てて衛兵に叫んだ。


「衛兵! 大罪人を捕らえ牢に入れろ! 逃がすでない!!」


 わあわあと喚く第二王子に衛兵は困惑の表情を浮かべたが、王家の者の指示に逆らうわけにもいかない。

 仕方なく会場を出ると、国王に報告する班と、公爵令嬢を護衛して屋敷まで届ける班と二手に分かれ、その任を全うした。

 

 第二王子による断罪により、異様な盛り上がりを見せた卒業パーティであったが、この後早々に解散となった。

 独創的な王子の主張を信じる者は皆無であったが、その発想力は男性陣に賞賛された。……笑いを伴ってはいたが。

 翻って女性陣には大変不評で、マルガリータに同情する者がほとんどであった。

 

 この騒動はその日の内に貴族の間に光の如く広まった。

 卒業パーティから随分早く帰宅した子供に、当然の如く親たちは理由を問い、その日開催された様々な夜会でこの話題一色になった。

 そして、面白おかしい話題を常に求めている貴族たちにより、あっという間に社交界全体に知れ渡るのであった。



◇◇◇



「お父様! 私、もう生きていけません!!」


 泣きはらした顔で物騒なことを叫ぶ愛娘に、父、カールトン・デル・キュラッソ公爵は困惑した。

 そして、娘から事の詳細を聞くと、余りのことに頭を抱えた。

 

 娘がおまじないに嵌っていることは知っていた。

 学園では、有志による『おまじない研究会』を立ち上げ、魔法の書物を参考に『おまじない魔法陣』を作っていたことも。


 余談だが、件の解説令嬢はおまじない研究会副会長のモヴィリアータ伯爵令嬢、愛称モブ令嬢である。

 マルガリータは会長だ。

 

 魔法のエッセンスを加えた少女の遊び。

 それが、どこをどうしたら『邪龍召喚陣』になるのか。

 そんな凄いものを作れるのなら、今頃とっくに国の保護対象になっている。

 第二王子の婚約者なんて未確定の契約ではなく、もっと強固で動かしようのない誓約だ。

 

 蟀谷を抑える父に、マルガリータは訴える。


「わ、わたくしも、お花を綺麗に咲かせるおまじないとか、探し物が見つかるおまじないとかなら構わないのです。でも! よりにもよって愛らしい猫ちゃんを邪龍って言うとか、便秘や月の障りに関するおまじないに変な言いがかりをつけるとか!! しかも、あんなに大勢の前で! わたくし、恥ずかしくてもう人前には出られませんっ この家に引きこもっても、心無い者が心配する振りをして私を嗤いに来るに決まっています!! 誰も来られない辺境の修道院に入るか、いっそ命を……」


「まてまてまてまて!!」


 心情の吐露が具体的な未来予想になり、物騒な結論に行きつきそうになって、公爵は慌ててストップをかけた。


「確かに殿下の言いようは酷いものだが、そこまで悲観するほどでは……」


「お父様は男性だから、お分かりにならないのです!!」


 さめざめと泣きだした愛娘を慰める術が分からず、公爵は茫然と立ち尽くした。

 こんな時に妻が居てくれたら、傷心の娘に寄り添ってくれるのだろう。

 しかし妻は昨年、流行り病で彼我の世界に旅立ってしまった。

 あぁ、何故私たちを置いて逝ってしまったんだ。

 泣き止まぬ娘を前に、今は亡き妻を思い出し、公爵も泣きたくなった。




 結局、15歳の多感な少女を慰めるのは、性差の別もあり、公爵には難題すぎた。

 途方に暮れた公爵は、隣国に嫁いだ姉に連絡を取った。

 そして、マルガリータが落ち着くまで預かってくれるよう頼み込んだ。

 

 部屋に閉じこもっていたマルガリータは、隣国行きを了承した。

 国外逃亡である。

 マルガリータを送り出した公爵は、無事に姉のもとに着いたという連絡をもらって、漸くほっとした。

 姉の庇護下にあれば、万が一のことも無いだろう。

 

 カールトン公爵は、トアル国の宰相という要職を務めている。国王とは学園時代から立場を超えた付き合いだ。

 だから、卒業パーティの翌日には躊躇なく、国王へ抗議の申し入れを正式に行った。

 後は、この酷い言いがかりに決着をつけ、娘の心が癒えるのを待つだけだ。

 

 つか、自分も国外に出奔しちゃおうかな。

 

 愛する娘のいない寂しさに、公爵は遠い目をするのであった。



◇◇◇



 国王は頭を抱えていた。

 卒業パーティでの、息子の不始末と主張内容に仰天し、翌日のキュラッソ公爵家からの抗議にさもありなんと嘆息した。

 

 うちの馬鹿息子がごっめ~ん! ガツンと叱っておくので勘弁してネ☆

 

 で済まないのが王族だ。

 それなのに、プライベートなら兎も角、いや、プライベートなら許されるわけでもないが、卒業パーティという公の場で、大勢の人々の前でやらかしたのだ。

 立場上、簡単に謝れないというのに、何と軽々しい行いをしてくれたのだ。あの愚息は。


 マルガリータ嬢の心情もいかばかりか。

 齢15の多感な乙女に、気遣いもへったくれもない一方的な決めつけ。

 ただの婚約破棄宣言でも大概酷いが、それを上回る奇行に掛ける言葉もない。

 社交界には一瞬で、面白おかしく広まってしまった。

 箝口令を強いたところで、今更意味がないのは明白。

 

 (あーもー、パエージャを廃嫡して、王家が泥を被っちゃおっかなー)

 

 ここまでの騒ぎになってしまった以上、何らかの沙汰を発表しなくては治まらないだろう。横暴を許して臣民の忠心を損ねるわけにいかない。

 だが、厳しく罰して王族の非を認めれば、王子教育はどうなっているのかと問われるであろうし、甘い処分をすれば身内に甘いと謗られることは想像に難くない。

 この件を切っ掛けに王族の教育──ひいては第一王子の資質までもが疑われるようになっては、次の治世に不安を与えかねない。


(あいつの常識どこ行った? はぁ~冗談にできないかなぁ~)


 国王は重々しく息を吐いた。

 

 冗談というか無かったことにしたい処だが、娘を溺愛する宰相の報復が恐ろしすぎて口に出来るわけがない。

 落としどころを探して考え込んでいると、執務室にノックの音が響いた。


「陛下」


 その声に、国王は身を竦ませた。つい今しがた頭を占めていた男の声だったからだ。

 宰相──カールトン公爵の声に国王は応えた。入室した男の顔には心労が滲み出ていて、思わず眉を下げる。

 どんな激務も他国との難しい交渉事もそつなくこなしてしまう男が、憔悴した姿を見せることは珍しい。愛妻家であり、娘を溺愛しているのも知っている。今回の事が余程堪えているのだろう。怖い。


 慇懃な礼をする宰相に理性を見とめて少しだけ安堵する。

 優秀なこの男に反旗を翻されたら、息子の治世を案じるまでもなく今すぐヤバいことになる。

 歴史書に、最後の国王として名を残すのは嫌だ。しかも理由がアレだから、尚更に。


「お前が執務室に来るのは珍しいな。何かあったのか?」


 身構えながらの問いかけに、カールトンは冷たい眼差しを向けた。

 重責を担う宰相職は忙しい。しかしカールトンは定時退城の為に、書類や伝令は送っても自身が動くような無駄はしない。

 今回態々訪れたのは、愛娘の為に伝達漏れや意志の齟齬があっては困るからだ。


「ええ。愛する娘の大事以外で、こんな所に来ませんよ」


 冷たく肯定され、国王は胸を押さえてうぐっと呻いた。

 こういう、いらぬ親しみやすさが国民に人気なのは理解しているが、今は途轍もなくイラっとするな。

 表情を変えずに、カールトンはイラつきを握りつぶす。


「実は、ソーラン殿が屋敷にいらっしゃいました」

「筆頭魔術士殿が?」


 トアル国にも魔術士はいる。

 その筆頭が、やたら筋肉質な身体を誇るソーランだ。彼の魔法は自身の肉体に作用するもので、いわゆる身体強化に特化している。

 筋肉は裏切らない。筋肉こそ至高!と普段から嘯く魔術士の存在を知る者は、トアル国には少ない。が、魔術士界では有名である。


「ソーラン殿が娘のおまじないを見て、ラビオーリ魔法院に鑑定を依頼するようにと」


「何!?」


 ラビオーリ魔法院とは、各国の魔法使いが所属する組織で、魔法に関する全てを裁定する独立機構である。

 古の建築群を拠点とし、数多の叡智が魔法使い達によって守られ、魔力を持たぬ者は近付くこともできないと言われている。

 一般にはあまり馴染みのない、御伽噺のような存在であるが、それは確かにある。


「ソーラン殿によれば、魔法陣は範囲外なので確かなことは言えないが気になるとのこと。専門家による鑑定を勧められました」


「……ふむ。確かに魔法に関する件ではあるから俺も考えはしたが、内容がアレだったからな……。しかし、ソーラン殿の口添えがあれば持っていきやすい。俺にとっても有難い話だ。だが、カールトン。お前はいいのか?」


 公正をイメージ付けるために、第三者機関を入れたいと思っていた。ラビオーリ魔法院なら是非もない。

 しかし今、おまじない召喚陣はとてつもない話題になっている。それに加えてラビオーリ魔法院まで加われば、この話がどこまで大きくなるのか見当もつかない。

 噂を鎮静化させたいなら、燃料投下は悪手だ。

 だが、宰相はゆっくりと首を振った。


「たしかに、どこもこの噂で持ち切りだ。しかし、大半は殿下の解釈についての感想や考察だ。ラビオーリ魔法院が加われば噂話も過熱するだろうが、寧ろ娘の存在感は薄れると判断した」


「なるほど」


 面白おかしな話の中心がパエージャなのは認識している。全く自業自得であるが、王族の品位を貶められるのはよろしくない。

 一翼をラビオーリに担って貰えるなら、王家としても有難い。


「娘も……憧れのラビオーリに自分の考案したものを見て貰えるのは嬉しいようだ」


「なるほど」


 宰相の表情が少し和らいだ。

 ほんと、娘大好きだな、この冷血宰相は。

 目を眇めた国王に、宰相は冷たい一瞥を投げる。


「すぐに鑑定依頼を送って構わない。先の理由で情報を流すのも構わないが、それは明後日以降にしてほしい」


「何故だ?」


「娘を隣国の姉の元に送り出した。明後日には姉の屋敷に着く予定だ。こちらの騒ぎが娘に届かなければ問題ない」


 悲痛、悲壮、断腸の思い……。

 無念の表情を浮かべて懊悩する冷徹宰相を眺め、国王はふと懐かしさを覚えた。

 非情で舌鋒鋭い宰相も、愛する者が関わると途端にポンコツになる。

 かつて学園で彼の妻──あの頃は婚約者だった学園のマドンナ──を口説き(からかい)、彼を怒らせては遊んだ懐かしき日々。

 よく『お前が王になったら国を出る』って言ってたよな。

 ただ、何とはなしに思い出した記憶。


「お前もマルガリータ嬢を追いかけて隣国に行くとか言うなよ?」


「………………」


「黙らないで!? ちょ、待って!? 見捨てないで!?」


 途端に思考を始めた宰相に、国王は慌てた。

 懐かしさからの、ちょっとした軽口だ。他意は無い。

 無言のまま踵を返す宰相に声を掛けるが、完全に無視をされ、国王は頭を抱えた。

 

「フリじゃ無いって! お前に出ていかれたらマジで困るって! ちょっと聞こえてるー!?」


 国王の叫びに返事はない。いささか乱暴に閉められた扉の音が部屋に響いた。

 彼の頭から金色の輝きがはらりはらりと、宙を舞う。

 執務机には、輝ける黄金の冠と謳われる見事な頭髪の残骸があちこちできらめきを放っている。

 だが、それに気付く余裕は国王には無かった。



◇◇◇



 マルガリータ公爵令嬢が隣国に無事に到着したとカールトン公爵から報告を受け、国王は、ラビオーリに魔法陣の鑑定依頼を出したことを会議で報告した。


 提出した魔法陣は5点。

 パエージャが取り上げた3点と、ソーラン魔術士が加えた『探し物が見つかるおまじない』と『両想いになれるおまじない』の2点だ。

 驚かれはしたが、筆頭魔導士の進言であると告げれば特に意見する者おらず、口止めしなかったので、あっという間に知れ渡った。

 

 公爵の予想通り、第二王子の話題は更に加熱した。

 本来のおまじない効果と王子が断罪した属性付与召喚陣。

 方向性は激しく違えど、類似する内容に話題は尽きない。

 

 更に、筆頭魔導士が加えたおまじない2点についても人々の興味を引いた。

 探し物が見つかるおまじないを、王子ならどう解釈するだろうか。両想いになれるおまじないは?

 様々な憶測を披露しては皆で盛り上がる。

 総大喜利大会である。


 かつて無いほど盛り上がる社交界に疲労を覚えつつ、国王は謹慎処分中のパエージャにも伝えた。

 謹慎処分を言い渡した時は、不満を隠そうともしなかったパエージャだったが、鑑定依頼には勝ち誇った顔をした。

 自分の正当性が認められると満足気に頷く息子に国王は驚く。

 

 え、言いがかりじゃなかったの!? まさかの本気!?

 

 国王の方が慌て、慄いた。

 決して部屋から出ないように厳命し、護衛騎士にもこれまで以上に監視を強めるように言い渡し、国王は執務室に戻った。

 鑑定結果はどうあれ、パエージャの取り扱いを真剣に検討しなければ。


「息子が分からない(ヤバい)……」


 嘆く国王の黄金の冠は、その容積を確実に減らしていた。



◇◇◇



 鑑定依頼を出して五日目のこと。

 国王からカールトン公爵に至急の呼出がかかった。

 常にない慌ただしさに嫌な予感を抱えながら、カールトンは国王の私室に足早に向かった。

 そこには国王とソーラン魔術士、見慣れない白いローブを纏った人物が3人いた。


「今、なんとおっしゃいました!?」


 驚きと困惑と不安と……公の場では決して表情を崩さないカールトンだが、この時ばかりは取り繕うことができなかった。

 さもありなん。

 狼狽する公爵に、国王は再度、もたらされた事実を告げる為口を開く。

 しかし、言葉が音になることはなかった。


「あなたが、この素晴らしい魔法陣を開発したご令嬢のご父君なのですね!!!!!」


 素早く立ち上がった白ローブの一人が公爵の手を握り込み、感極まった表情で叫んだ。


「抜け駆けするな!!」

「あっこら!」


 もう一人の白ローブもカールトンの元に駆け寄る。

 その様子に慌てた一番年嵩の白ローブが、二人のフードを掴み、カールトンから引きはがした。


「うちの若い者が失礼をした。我々はラビオーリの魔法師で、あなたのご息女にお話を伺いたくて参ったのです」


 年嵩の男はトリニダード、カールトンの手を握った少年はリオ、リオより年上の青年はオルローと名乗った。

 そしてトリニダードより、マルガリータの作ったおまじないは効果があったのだと説明が為された。

 しかも、使用者に魔力が無くても周囲に魔力があれば吸収して作用する、常時発動型の魔法陣であったのだと。


「これは凄いことなのです!」


 黒髪黒目の青年オルローは、瞳に興奮を乗せて語る。


「これまで、魔法は魔力持ちが訓練を重ねなくては使えませんでした。しかも使える魔法は限定的です。個人の特性が大きく関わるからです。それが、この魔法陣では魔力の有無も特性も関係ないのです。自然界に存在する魔力を吸収して、特定の効果を発現する。勿論、我々魔力持ちが魔力を注いでも。誰が注いでも、ですよ!? 魔力特性に依存しないのです! しかも、魔力を多く注げば大きな効果が得られる。魔力が十分あれば、魔法陣の分だけ多重掛けまでできる。今までの概念では信じられない、素晴らしい発明、いや、魔法界における革命です!!!!」


 神に祈るかの如く両手を組んで天を仰ぐ、感極まったオルロー青年を見て、カールトンは全力で引いた。

 嫌な予感しかしない。

 追い打ちをかけるように、リオが瞳をキラキラさせてカールトンを見つめる。


「しかもさ、魔法陣に精神干渉や魅了の効果もあったんだよ! 失われた禁術だよ!! すっごいよねーっどうやって作ったのか僕、すっごく知りたくて知りたくてさー!!! マルガリータちゃんに会わせて! 紹介しっでぇ……っっ」


 ぐいぐいとカールトンに迫るリオのフードを、トリニダードは容赦なく引っ張った。

 首が締まり、仰け反るようにソファーに倒れ込んだリオを一瞥もせず、トリニダードは軽く頭をカールトンに下げる。

 だが、カールトンはそれどころではない。

 

 禁術? 魅了? なんだそれ。大丈夫なのか?

 娘は罪に問われるのか?

 人知を超えた魔法使いから娘を守れる?

 優秀と称えられる頭脳でも答えが出ない。

 

 カールトンの葛藤を知ってか、トリニダードが穏やかな笑みを向ける。


「公爵殿、心配せずとも、ご息女に危害を与えるつもりは我々にはありません。逆に、ご息女の稀有な才能を守りたいのです。きっと、お嬢様は魔法が大好きなのでしょうな。この魔法陣からは飽くなき知識と探求心と冒険心、そして強い愛情が見てとれます。仮に、今回の件を黙ってやりすごしても、ご息女は魔法への思いを消せないでしょう。いずれ人に知られ、様々な思惑に翻弄されるよりも、我々が後見についた方が守りやすいと考えます。無論、強制するものではありませんが……。我々ラビオーリは、ご息女に強い関心を持っています。願わくば、彼女と共に魔法を探求し極め、新たな扉を開きたいっ!! これがラビオーリの総意です」


 トリニダードの両隣で、リオとオルローがこくこくと頷いている。

 好々爺たる笑顔の奥に燃え盛る焔を感じ、カールトンは思った。

 こいつら、同類だ。いや……


 つい、と我が国筆頭の魔術士ソーランに視線を向けると、筋肉モリモリな彼は親指を立て、白い歯を光らせてニカっと笑った。

 

 そうだ。そもそも魔法使いは、こういうものなのだろう。自分に正直でどこまでも極めんとする求道者。

 諦めるという言葉を知らないであろう魔法使いに自分ができることは……。

 ぐっと腹に力を籠めて、カールトンはトリニダードを正面から見つめた。

 

「本当に娘を大切にしてくれると確信が持てれば、私としてもラビオーリを受け入れることについて検討しないでもない。しかし一番優先するのは娘の意思です」


「では、ご息女との面会をお許し頂けるのですな」


 複雑な気持ちを抑え込んで、カールトン公爵は頷いた。

 途端に歓声が上がり、白ローブ三人組はハイタッチをして喜び合う。


「よいのか?」


「仕方ないでしょう。我が家どころか国内で片付く問題では無くなってしまったのですから」


 国王の問いかけに、カールトンは溜息交じりに答える。

 少女の遊びと思っていた魔法陣がこんなとんでもない代物だったとは。

 無邪気に喜ぶ白ローブを横目に、カールトンは深い溜息を飲み込んだ。



 それからの展開は、流石ラビオーリの魔法師だった。

 カールトンはその場で訪問を告げる手紙を書かされると、トリニダードが展開した転移陣に半ば拉致されるかのように引きずり込まれた。

 瞬き一つで、姉の住む隣国の屋敷が目の前に現れ。

 訳の分からぬまま、自ら門番に手紙を渡し。

 慌てて出てきた姉や家令に挨拶をする間もなく、白ローブに背中を押されて屋敷の中に押し込まれ。

 久しぶりに会えた娘を抱きしめようと腕を伸ばせば、テンションがマックスの白ローブに奪われ、魔法の話題に攫われた。

 呆然とするカールトンの前で、本物の魔法使いに興奮したマルガリータはラビオーリ行きを二つ返事で了承してしまう。

 早速連れ去ろうとする白ローブ共を慌てて捕まえ、カールトンは娘のため、自分のために交渉を開始した。


 愛娘を手元に留めたい公爵と、ラビオーリで囲い込みたい魔法使いとの攻防。

 話し合いは難航すると思いきや、トリニダードは次々と攻撃を繰り出してきた。

 ・連絡を取り合うための魔法具の貸与。

 ・公爵邸に転移陣の設置。

 ・マルガリータの待遇の配慮。

 ・キュラッソ公爵家の後ろ盾となる確約。

 ・マルガリータの研究成果は、マルガリータ、キュラッソ公爵家、ラビオーリ魔法院、トアル国で管理する。

 ・これら全てを、強制力のある魔法契約書に定めること。


 自分だけでなくトアル国にも利がある提案に、カールトンは臍を噛む。

 これ程の内容を一存で決めていいのかと問えば、この程度の決定権は持っておりますと微笑まれ、カールトンは頭を抱えた。

 それ程に地位のある者がマルガリータを求めている。一介の公爵ごときが抵抗する余地のないことを理解せざるを得なかった。

 結局、マルガリータ自らがラビオーリ行きを希望したこともあり、カールトンは提案を受け入れた。

 一時程でマルガリータを連れて戻ってきたトリニダード達は、国王、宰相でもあるカールトンと契約を交わし、満面の笑みのマルガリータを連れてラビオーリに帰った。

 滂沱の涙を流す父を残して。



 国王は、魔法院の鑑定結果を公表した。

 

 第二王子パエージャの提唱する効果は無かった。

 マルガリータ公爵令嬢の提唱する効能は、()()()()()()

 

 魔法の権威ラビオーリ魔法院がおまじないの効果を認めたことに誰もが驚き、話題の中心はマルガリータに移った。

 国王は次々に手を打った。

 

 まず、効果が認められたのは、体調不良を緩和するおまじないであることを発表した。

 そして、体の不調に悩む友人や使用人を慮り、誰もが使える「おまじない」を研究していたと、マルガリータが心優しき令嬢であることを前面に押し出した。

 次に、マルガリータのおまじないはラビオーリ魔法院で今後も研究を続けていくことを表明。

 その成果は多くの人に有意であることから秘匿しないこと。

 いずれラビオーリとトアル国で共同し、広く発表することを明言した。

 

 精神干渉がある『猫と仲良くなるおまじない』と魅了効果がある『両想いになれるおまじない』については伏せることになった。

 魔力持ちがかなりの魔力を籠めて、漸く他者に僅かな影響を与えることができる程度のものではあったが、禁術を知らしめるわけにはいかない。

 後日、棚上げされていたトアル王立学園の卒業パーティを王宮で開催し、密やかに、禁術に対する制約魔法をかけたのだった。

 

 

 ────数年後

 

 

 ラビオーリ魔法院監修、マルガリータ著、販売責任者トアル国が魔法陣カード封入おまじない本を発売した。

 特殊な魔法紙に転写された魔法陣カードはラビオーリでしか作成できず、トアル国が国家事業として安価に販売したため、模造品が作られることもなく、爆発的な売れ行きを見せた。

 誰にでも使えて優しい効果のあるおまじないは、貴族平民問わず、一人一冊のベストセラーになった。

 孤児院などには寄贈され、社会福祉にも貢献し、健康は国を豊かにした。

 

 人々の要望を受け、様々なおまじない本を発行して、マルガリータとラビオーリ、トアル王国は大きな財を得ることになる。

 そうして数年後、マルガリータはラビオーリの魔法師と結婚をするのであるが、それはまた先のお話。

 

 

◇◇◇

 

 

 さて、この騒動の発端である、第二王子パエージャはどうなったのかというと。

 

 

 国王は、ラビオーリ魔法院の鑑定結果を公表後、すぐに国内の貴族を招集した。

 そして、マルガリータは魔法師となり、ラビオーリの後見を受けて、ラビオーリで研究を続ける為に国を立ったことを伝えた。

 

 第二王子については、マルガリータの描き上げた魔法陣が力のあるものだと分かっていたが、知識が未熟で合ったが故に間違った方向に解釈をしてしまった。しかしながら、陣の持つ効果は正しく理解していた、と国王は述べた。

 そして、世間を騒がせてしまったことは遺憾であるが、この類稀なる発想力を無駄にするのは実に惜しい、との国王の言に、散々笑いながら第二王子を称賛(バカに)していた貴族たちは、自分たちの言葉をそのまま使われて、口を閉じる。

 その様を見下ろし、国王は『おまじない』に焦点を当てた功績も認めるべきであるとしてパエージャに命じた。

 この時より臣籍降下し、国の為にその発想力を最大限に発揮せよ、と。

 

 東の未開拓地に開拓団団長として赴任すること。

 開拓地はそのままパエージャの領として、統治することを認めること。

 開拓団には、卒業パーティの断罪時に付き従っていた側近とミーティア男爵令嬢も含めること。

 それらを決定事項として告げると、蒼褪める側近たちと男爵令嬢を尻目に、パエージャは満面の笑みで前に進み出た。


「必ずや、陛下のご期待に応えてみせましょう!」


「うむ。期待しているぞ」


 胸を張るパエージャに、国王は満足気に頷く。


(うん、何でこんな風に育っちゃったか分かんないけど、やる気に満ちているのは良いことだよね? 息子よ頑張れ!)


 満場の拍手を浴びて誇らしげに笑う息子に、国王は心からエールを送る。

 恐らく、会場にいる者も同じ心境なのだろう。

 謎の一体感に包まれて、おまじない召喚陣の騒動は幕を下ろしたのだった。




 その後、開拓団の団長として、パエージャが驚きの活躍を見せるのは別のお話である。

 また、貴族の有志が作った召喚バトルカードゲーム『王国と召喚士』に子供から大人まで夢中になり、大会が開催されるようになるのも、別の話。

 『王国と召喚士』が普及するにつれ、類稀な発想力を披露する者を『王二病』と称えるようになるのはおまけの話。

 

 トアル国は今日も平和です。




・断罪シーンが楽しすぎて、作者の中では第二王子が主人公。(タイトル乗っ取り)

おそらく『僕が率いる最強の開拓団』という冒険譚が書かれるくらい、開拓地で大活躍すると思います。


・召喚バトルカードゲーム『王国と召喚士』

遊〇王+キャット&チョ〇レートのイメージです。

初版は、あまりに王国が有利すぎて召喚士が太刀打ちできない、ということで何度も改良が入りますが、そこに至るまでにマイルールや地方ルールが数多生まれて、多くの人に愛されるカードゲームになりました。


・国王の黄金の冠

男性諸氏から懇願されて開発した『育毛のおまじない』により、元に戻ったようです。


キュラッソ家父娘

思春期の娘にとって、溺愛してくる父はうっとおしかったりしたのだが、離れたことで関係改善しました。

父が転移陣を使ってほぼ毎日夕食を一緒にしています。


・総大喜利大会に参加してみたい。。。



最後までお読みいただきありがとうございました。

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