治癒士が勇者パーティーから追放されたんだけど、どうも勝手が違うようです
追放モノで短編を書いてみました。
『コレジャナイ感』をお楽しみ下さい。
とある剣と魔法の異世界の、
とある勇者のパーティーが、
とある居酒屋にて。
「えー、じゃあ、治癒士君パーティー追放送別会を始めます。乾杯!」
「カンパーイ!」
宴会をしていた。
メンバーは五人。皆で木製のジョッキをぶつけ合い、一気に煽る。ジョッキの中身は麦酒だ。ゴクッゴクッと爽快な喉越し音が耳朶に響く。パーティーの一人・治癒士が半分程まで麦酒を飲んだ所で、
「って、なんでだァァァァァ!!!!!」
テーブルにジョッキを叩き付けた。
それを見た勇者が困り顔で治癒士に言う。
「なんでって戦いの激しさが増していく一方なのに、お前が治癒魔法しか覚えられないからだろ」
「違う! それも納得いってないけど、それじゃない!」
治癒士が勇者に噛み付く様にがなる。
「なんで送別会なんてしてんだよ! 普通にさっさと追放しろよ!」
「いやだって、なんやかんやで世話になったし……これくらいは……」
「律儀か!」
追放モノといったら、勇者パーティーが無能者を「役立たず」だの「不要」だのと散々罵倒して追い出してからの、無能者が成り上がって勇者達を見返していくのがお約束というものだろう。それが送別会など生温いにも程がある。
「いや生温いとかじゃなくて。そもそも追放するなって話なんだが」
「そうは言っても、お前さん、治癒魔法にしか才能がねえじゃねえか」
と言ったのは男戦士だ。
筋骨隆々の中年男性で、濃い髭の持ち主だ。
「防御魔法でも覚えられりゃあ話は違うが、この先、自分で自分の身を守れない奴はあっさり死にかねねえ。死んじまったら元も子もねえだろうよ。戦場に残って死んじまうよりも、パーティーを抜けてでも生き残る方がずっと良いさ」
「しかも僕の身を心配しての追放かよ! 優しいかよ!」
言って、ジョッキに残った麦酒を全て飲む治癒士。実の気持ちの良い飲みっぷりだった。
「ちなみにこちらが治癒士君の代わりに回復役を務めてくれる、賢者さんで御座います。先日、遊び人から転職しました」
勇者が掌で示した先には女賢者が座っていた。
赤ら顔の女賢者はヘラヘラと笑いながら治癒士に目を向け、
「ウェーイ、えへへ~……あれー? 治癒士っていつの間に分身の術覚えたのー? あっははははは、治癒士が四人に見えるー! あははははは!」
完全に出来上がっていた。
締まりのない顔の賢者にパーティー四人が顔を見合わせる。
「おい。こいつスゲー酔っ払ってんぞ」
「俺らが一杯飲んでいる間に五杯も飲んでいやがる……」
皆の呆れた視線が賢者に集まる。視線の集中砲火を受けた賢者は、
「戦士、ビールの泡着いて白い髭に見える……ぶほっ! 戦士が白髭っ、黒髭が白髭にぼふぇっ、ふへへへ、あははははは! あは、あはあ、あはあはあはあは……うっ! ゲッホ、ゲホッ!」
この調子であった。
どこに出しても恥ずかしい、完全無欠な酔っ払いである。
「……なあ、こいつ、大丈夫なのか? 性格的な意味でさ」
「う、うーん……でも、能力は優秀なんだよ。マジで……」
治癒士の指摘に勇者も強くは頷けなかった。
だが実際、賢者は優秀なのだ。攻撃魔法も治癒魔法も使える。パラメーター上の数値も実戦での動きも、最近パーティーインしたとは思えない程に良い。それこそ治癒士のお株を奪うくらいには強いのだ。
「ていうか、こんな所で解雇されても、僕どうすれば良いんだよ?」
ここに来るまで結構な長旅だった。魔王討伐のお触れを出した王が座す首都は今や遥か遠く、魔王城の方が近いくらいだ。「帰れ」と言われても、そうそうに帰れる距離ではない。
「ああ、それは心配すんな。魔法使いがこの間、空間転移の魔法覚えたから。故郷の村まで送ってやれるぜ」
「アフターケアまで完璧か!」
「…………ん」
女魔法使いが無表情でダブルピースをする。元々表情が乏しい娘なのだが、今はちょっと得意げだ。
「……っ、いいや、帰らない! 勇者パーティーはやめても冒険者はやめない!」
店員が運んできた二杯目の麦酒を一気飲みして治癒士が宣言する。
「見てろよ! いつか絶対に見返してやるからな!」
「えー。心配だなあ、お前」
「…………平気……?」
「おうおう、良いじゃねえか、負けん気があんのは! やってみろよ。ただし、無茶はすんじゃねえぞ。さっきも言ったが、死んじまったら意味ねえからな!」
「うるせーバカ! バカぁー!」
「あっはっはっはっは! あははははは、あひゃひゃひゃひゃひゃ!」
治癒士の意気込みを皮切りに宴会は盛り上がっていく。
結局、彼らは閉店間際まで飲んだ挙句、宿屋に戻って卓飲みし、気付いたら朝になっていた。
全員、二日酔いで動けず、もう一泊した。
◇
治癒士追放から数か月後、魔王城の回廊にて。
勇者パーティーは全滅の危機を迎えていた。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……!」
床に突き立てた剣を支えにして立ち続ける勇者。しかし、その全身は血まみれであり、両脚は今にも崩れ落ちそうだった。
彼らは先程まで戦闘をしていた。
激しい戦いだった。相手は押しも押されぬ魔王軍四天王の一角。辛くも勝利したものの、パーティーは著しい損害を受けた。戦士は虫の息で、賢者は気絶している。魔法使いは意識を留めてこそはいるが、渾身の魔法を放った反動で一歩も動けない。勇者も似た様な有様だ。
死者こそ出なかったが、全員が満身創痍だ。他の四天王どころか雑魚の魔物に襲われただけで容易く全滅する。魔王と戦うなどもっての外だ。
撤退するべきだ。
勇者はそう判断したが、その時、耳が音を捉えた。回廊をコツコツと叩く音――こちらに近付いてくる足音だ。
「ここまでか……!」
……せめて仲間だけは逃がせないものか。いや、この有様じゃ何の抵抗も……!
無力な自分に脳髄が煮え滾る。それでも歯を食い縛りながら勇者は来訪者に身構えた。すると、
「――――『上級治癒魔法』!」
聞き覚えのある声が、回廊に響いた。
淡い光が一瞬にして回廊を満たす。光は彼らの全身を包み込み、傷口を覆った。光が消えた時、傷口は塞がっていた。治癒魔法だ。
回廊の奥から現れた者――それは、治癒士だった。
「お前どうやって……」
勇者が目を皿にして治癒士を見る。
彼が疑問に思っているのは、治癒士がどうやって魔王城にまで来る事が出来たのかという事だ。治癒士のステータスでは魔王城まで生きて辿り着く事などまず不可能。そう思ったからこそ勇者はパーティーから外したのだ。
まさか追放された後に覚えたのか。治癒魔法以外の魔法を。一人でも戦える方法を。
「いいや、治癒魔法以外は覚えていない」
勇者の推測を、しかし治癒士は否定した。
「だったら、どうやって魔王城にまで!?」
「治癒魔法を極めた! 常に自分に治癒魔法を掛け続けて、喰らっても喰らっても回復するようにした!」
「……再生魔法か!」
その手があったかと勇者は膝を打つ。
治癒魔法でも高位にある再生魔法を使えば、確かに死に難くなる。しかし、あくまで多少タフになるだけで死なない訳ではない。負傷による痛みがなくなる訳でもない。
それでも、治癒士はここまで来たのだ。
ここまで来て勇者パーティーを助けたのだ。
「……はっ。意地でも治癒魔法以外覚えないな、お前は」
「覚えられなかったんだよ、才能なくて! 悪いか!」
「いいや! 悪くない!」
治癒魔法を受けて活力を取り戻した勇者が、剣を振りかざす。
勇者の背後に治癒士が立ち、杖を構えた。
「全く、まんまと見返させられたよ」
「ざまぁみろって感じだな。僕の凄さに平服したか?」
「ああ、頭を下げさせてもらおう。大した奴だ、お前は」
二人の後に復活した戦士、魔法使い、賢者が続く。五人が見据える先にいるのは魔王城の奥にいる者――怨敵である魔王だ。
「さあ、行こうか、勇者!」
「おう、頼んだぜ、仲間!」
――俺達の冒険はこれからだ!