第39話 チャイブと早朝のカップ麺
という訳で、店は怒涛の勢いでオープンした。だが……。
「ダメだ、腹減って動けねぇ」
何せ昨日は、晩飯も食わずに寝てしまったのだ。
これでは働けるものも働けない。
「そういえば、ミーも何も食べてニャい……」
「よく平気でいたな、こんだけ仕事しといて」
「所謂、ランナーズハイってやつかにゃ?」
「恐ろしいヤツだな、お前」
「生粋の商売人と呼んで欲しいニャね」
「ということはだ、まずは従業員の腹を満たさねぇとだな」
俺は秘密兵器を食料の山から取り出した。
ったくイザという時のために取っておいたのに、使うのが早すぎるぜ。
見慣れた白地に赤文字のカップを三つ分、テーブルの上にドンと置いた。
フィーリアが不思議そうな目で見つめる。
「マスター、この入れ物は何ですかぁ?」
「これはな、アッチの世界で一番うまい食い物、とっても過言ではない」
「ふぇええ!?」
「こんなのがニャ!?」
レベッカはカップを取り上げて、マジマジと観察したり、振ったりした。
中でカラカラ、と音が響く。
「なんて軽い食べ物ニャ。しかも中身乾いてるニャよ……これ、本当に食べ物ニャか?」
「乾いていてこそ、価値がある」
俺はそういうと、カップ周りのビニールやフタを剥き、お茶用に暖炉で沸かされていた湯を注ぎ入れた。
忽ち中の乾燥麺がふやけ、もわりと、旨そうな湯気が立ち昇る。
「小娘どもよ、これがカップ麺だ」
「か、カップ麺さん!?」
「か、カップ麺ニャ!?」
二人とも、絵に描いたようなリアクションである。素晴らしい。
「いいか。カップ麺はこうやって待つだけで、メシが出来る」
「そんなこと、あり得ないニャ!」
「まぁ、見てろ。三分後、お前の常識は覆る」
とは言ってみたものの、俺は三分間、律儀に待つタイプではない。
早々に蓋を取り、中身を掻き込みにかかる。
「マスター、まだ三分経ってないですよぉ?」
「俺はな、麺は固め派なんだ。バリカタくらいがちょうどいい」
「ヴァ、ヴァリカタ?」
「ま、そんな用語はどうでもいいんだが。三分待ってたら、食べ終わる頃にはもう、麺がグダグダになっちまうからな」
「じゃ、ミーもいただくニャ!」
結局、早々に全員が食べ始める形となった。
まだ固い麺を、箸で無理矢理崩しながら、スープを啜る。
すると空きっ腹に、馴染みのジャンキーな味が染みわたった。
ベルニアの早朝の、肌寒い空気の中で食べると、いつもの醤油味が一味もふた味も旨味を増す。
フーフーしながら麺を口に運ぶ内に、芯から身体が温まるようだ。
レベッカとフィーリアも、フォークで麺を器用に絡め取りながら、夢中で食べる。
「ニャニャニャ! 本当に湯を注いだだけで、メシになってるニャ!」
「これは……すごいですぅ!」
「しかも、エビに、卵に、肉まで入ってるニャ! 猫殺しのメシニャ!」
「な、美味いだろ。本当ならここに、生ネギくらいを、トッピングしたいところではあるがな」
「ネギさんですかぁ?」
「俺んチで卵雑炊食ったろ? あれに乗ってた薬味だ」
「それでしたら……」
おもむろに、フィーリアが外に飛び出していった。
すぐに帰って来た彼女の手に握られていたのは、何やら細い植物の束だ。
「それ、どうしたんだ?」
「フィーの庭に生えているシブレットですぅ。マスターのお宅でネギさんをいただいた時、これに似ているなぁと思ったですぅ」
「しぶれっと?」
「ああ、チャイブのことニャね。この村ではそう呼ぶニャ」
「チャイブか!」
チャイブとは西洋のハーブである。ネギに近い香りを持ち、ヨーロッパではオムレツやスープに浮かべられる。
この世界にもチャイブがあるとは、驚きだ。
「よくわかったな、フィーリア」
「えへへ。草のことなら、任せてくださいですぅ」
「流石、草で食いつないでた人は違うな」
採れたてのチャイブを素早く刻み、カップ麺に散らす。
朝露が滴る新鮮なチャイブは、素晴らしい変化をもたらした。
シャキッとした歯触りと香りが、ふやけ始めたカップ麺に色どりを添える。
「やっぱネギってすげぇ。しかもチャイブなんて、すっごく贅沢してる気分」
「そんな……。沢山生えていますから、どんどん使ってくださいですぅ」
フィーリアがニッコリ笑う。
チャイブが生える庭付きの家か……悪くないな。
そんなことを思いながら、カップに残った最後のスープを飲み干した。




