第33話 山盛りホットケーキ
さて、やっとホットケーキミックスが登場。
マヨ入り卵液にミックスを滑り込ませ、サクッと混ぜる。
ホットケーキにマヨぉ? と思われるかもしれない。
だがこれこそ、俺流ホットケーキのコツだ。
マヨを入れることで、生地はふんわり、焼けた表面はサクッとした食感になる。
するとここで早くも、フィーリアと猫娘が帰ってきてしまった。
顔面のマヨをすっかり洗い落として、爽やかな表情だ。
ったく、何でこういう時に限って仕事が早いんだよ。
「もっとゆっくりしてりゃいいのに」
「腹減りが酷くていてもたってもいられないニャ。もう出来たかニャ?」
「そんなすぐ出来ねぇ、生地が出来たところだ」
フィーリアとレベッカが争って俺のボールを覗きこんだ。
中には粉と卵液が混ざり合った生地が眠っている。
しかし、フィーリアが不安そうな声を上げた。
「……あれ? マスター、ダマダマさんが残ってますよぉ」
「本当ニャ。こんなの口に残らないのかニャ?」
確かに俺の混ぜ方はかなりアッサリだ、これではダマが残る。
普通の人なら、生地をしっかり練り混ぜるだろう。
しかしこれで良いのだ、これが実は正解なのだ。
「あまり混ぜすぎると、逆に生地が膨らまなくなるんだよ」
「ダマダマさんの方がふんわりに?」
「モノは試しだ。一回食べてみろよ。さ、フライパンをかしてくれ」
「とうとう焼き焼きさんですね!」
フィーリアが取り出してきたのは、鉄製の古めかしいフライパンだった。
手に取ると、重い。
「コッチの世界って、やっぱこういう器具は前時代的なのな」
「ごめんなさいですぅ。ウチにはこれしかなくて……」
「いいよ、たぶんちゃんと焼けると思う」
「良かったですぅ。マスター、暖炉の火はどうしますかぁ」
「弱火くらいだと嬉しいが」
フィーリアは頷いて、暖炉用の灰かき棒を引っ張り出した。
棒の先で炎のついた木を崩し、火力を調整する。
薪は細かい炭状になり、染み出すような赤色に燃えた。いい火加減だ。
「ニャニャ、ユーは火の扱いが上手ニャね、こんなエルフ見たことないニャ」
「えへへ。マスター、これでいいですかぁ」
「ベストだぞ」
暖炉には鍋などを引っ掛ける鉤の他に、鉄板を置くための金属台がついている。
そこでフライパンをしっかり熱し、バターを放り込んだ。
金色のバターがたちまち溶ろける。
しっかりフライパンが温まっている証拠だ。
「暖炉の火で調理なんて初めてだ、結構ワクワクすんな!」
「そんなに珍しいですかぁ?」
「アッチじゃこんな光景、絵本かジヴリ映画でしかお目にかかれねぇもん」
ウッキウキでフライパンを操っている内に、バターのミルキーな匂いが立ち昇る。
フィーリアと猫娘は、俄然興奮してきたようだ。
「ニャあ、いい匂いニャあ」
猫娘が鼻をヒクヒクさせる。
「ここで一度火から下ろす、よっこらしょと」
用意しておいた濡れ布巾の上に、フライパンを乗せる。
ジュッと景気のいい音を立てて、熱された鉄が冷えた。
「マスター、なんでこんなことをするですかぁ?」
「こうすることで、焦げ付きを減らせるんだよ」
「ふぇえ……フィー知らなかったですぅ。だからフィーの草炒めは、よく草焦げさんにになったですかね」
「ほんと、今までよく生きてたな」
「もう焦げ焦げさんとはおさらばですぅ!」
フィーリアは腰に手を当てて得意げに鼻をならし、目をキラキラさせた。
「それは何よりだ。紅茶が欲しいだろ、やかんはあるか?」
「はい。お水を汲んできますぅ」
お茶の準備が進められている間に、冷えたフライパンを火に掛け直した。
手をかざすと、再び鉄が熱を帯びてきたことが確認できる。
よし、頃合いだな。
「ここで生地の投入っと……、すまんが、ボールを持っておいてくれるか」
「はいニャ」
猫娘が大事そうに、生地を両腕で抱える。
そこに木の大きな匙を差し込んで生地をすくい取り、高めの打点からツーっとフライパンに落としこんだ。
え、何で「高い打点」から落とすのかって?
速水もこ●ちの真似じゃないのかって?
違う違う、俺だってそこまでミーハーじゃない。
こうすると生地がムラになりにくいのだ。
それに焼き上がりが綺麗な円状になりやすい。
意外と知られていないテクニックだ。
そうこうしている内に、生地にプツプツと穴が開き始める。
そしたら、変に待たずにサクッと裏返すほうがいい。
欲張って蜂の巣みたいになってからヤッちまうと、膨らまねぇんだよな。
「……ホイっと」
木のヘラを生地の下に滑り込ませ、華麗に裏返す。
すると美しい焼き色の面が、綺麗に躍り出た。
俺って男は、こういうところだけは無駄に器用だ。
「うわぁ、こんがりきつね色ニャ」
「見ててみ、ほら膨らんできた……」
猫娘を促して、一緒に生地を観察した。
平べったかった生地が、段々背を伸ばしてくる。
最後にひと踏ん張り、グッとカサを増したところで火から下ろし、ポンと木皿に乗せて完成だ。
ホットケーキ特有の、バニラのような甘ったるい香りが漂う。
うむ、我ながら上出来じゃないか?
すると猫娘がソワソワと、焼き上がりのケーキの周りをウロウロし始めた。
油揚げをさらうトンビのように、つまみ食いの機会を狙っているのだろう。
「全員分焼くから待っとけって」
「えええ、まだおあずけかニャ……」
「すぐ食えるように、テーブルセッティングよろしく」
「ガッテンニャ」
そこから俺は、生地を使いきるまで猛烈に焼きまくった。
こういう作業はとても楽しい。
無我夢中でやるうちに、いつの間にかホットケーキの山が出来上がっていた。
井戸水を汲んで帰って来たフィーリアが目を丸くして、ケーキの山岳を見上げる。
「しゅ、しゅごいですぅぅ!」
「ヤベ、焼きすぎたかもしれん。食いきれるかな……」
と言いつつも、俺は無駄な達成感で満ちていた。
仕上げに、山の頂上にバターをたっぷりと乗っける。
熱々のホットケーキの熱でたちまちとろけ出して、いい感じだ。
「おし、完成だぞ!」




