第32話 しゃぶられた俺のマヨネーズ!
暖炉は部屋の中に、石造りで設えられている。
腰の高さ程の所で火が焚けるように口が開いており、調理には打ってつけだ。
既に炉には薪がくべられ、フィーリアの熾した火が赤く燃えていた。
頼んでおいて言うのもなんだが、この中世並みの設備での火起こしは、大変だっただろう。
思わず感心してしまった。
「すげぇ、本当に火がついてる」
「うふふ。簡単ですよ」
フィーリアが指をパチンと鳴らす。
すると擦れた指の間から、火花が噴き出した。
「もしかして、魔法!?」
「はいですぅ。これで薪に火さえつけてしまえば、後は慣れですぅ」
「す、すげぇ……カッコイイ……」
「はわわ、照れちゃいますぅ。エルフなら魔法くらい使えますよぉ」
フィーリアが顔を赤らめる。
そっか、そういえばこの人、エルフだったわ。
「じゃあ他にも何か出来るのか」
「ごく単純なものが少々ですぅ」
「エルフのお嬢さまなら、家庭教師から習ったりしないのか?」
「マジックアイテムがあれば高等魔法も使えますが……アールヴヘイムからの持ち出しは禁止なのですぅ」
「惜しいな」
エルフのガチ魔法が使えれば、無双出来ると思ったんだが……仕方がない。
「それよりミー、お腹空いたニャ」
「そうだな。じゃあフィーリアは卵を2つ、ボールに割ってくれ」
「はいですぅ」
フィーリアはいかにも田舎らしい木のボールに、卵を割り入れた。
習ったばかりの卵割りだが、板についてきたようだ。
一方、手持ち無沙汰な猫娘は、尻尾をゆらゆらさせながら俺に話しかける。
「ミーも手が空いてるニャ、何か手伝うことはニャ?」
「そしたらこの牛乳を200ミリリットル分計ってくれないか。大体でいいから」
冷えた牛乳パックと、空いている木のボールを差し出しながら言った。
「200ミリ……ニャ?」
そっか、猫娘にアチラの世界の単位なんてわかる訳ないよな。
「う~ん、小さなカップ1杯くらいかな」
「承知ニャ。それにしても変わったミルク容器ニャね」
猫娘は紙パックを眺めまわす。
興味深々な様子が、耳のピコピコした動きからわかった。
……ああ、モフモフしてぇな。
なんて妄想を挟みつつ、失敗しないように的確に指示を飛ばす。
「計ったら卵の入ったボールに注いで、泡だて器で良く混ぜるんだぞ」
「泡だて器って何ニャ?」
「そりゃお菓子作る時にかき混ぜるやつだよ……。まさかこの世界に無いのか?」
「聞いたことないニャ」
「フィーリアは? お屋敷では流石にあるだろ」
「フィーは厨房には入れませんでしたから……」
「お嬢さまだもんな」
ったく泡だて器も無いのかよ、この世界は。
魔法は発達してるが、それ以外は前時代的な未開の地だ。不便すぎる。
仕方なく再び3DLから這い出て、オカンに見つからないようこっそり泡だて器をかっぱらった。
ココで見つかったら説教の嵐ですぐ帰れないだろうし、コイツらを待たせる羽目になる。
そうなったら二人とも、絶対コチラの世界に顔を出すだろう。
オカンと顔を合わせようもんなら、どうなるかわからない。
面倒ごとは、ゴメンだ。
だが流石に何回も世界をまたぐのは、疲れる作業だ。
おまけに徹夜明けの身、おっさんにはキツイ。
ズルズルとハンターボックスから這い出て、床に座り込み溜息をついた。
フィーリアが心配そうに様子を見に来る。
「ふぅ、しんどい」
「では……マスターのお家でお料理したらいいのでは?」
「オカンがいるからな。また見つかって倒れられても困るし」
「はわわ、マダムが心配ですぅ」」
「大丈夫だ、ちゃんと目が覚めたみたいだしな」
「卵にミルクを入れたニャよ~」
「よし」
猫娘が差し出したボールを受け取って、カシャカシャと泡だて器でかき混ぜた。
溶けダマが残らないように、ここは念入りにしなければならない。
すると白い牛乳と黄の卵が綺麗に混ざり合った、柔らかな橙色の卵液が出来上がる。
ここに、俺流のひと手間だ。
「さ、ここにマヨネーズだ。さっきのチューブをとってくれ……」
しかし側にいたはずのフィーリアも猫娘も、返事をしない。
振り返ると、何か隅の方でコソコソしていた。
何かを夢中でしゃぶっているようだ。
「どうしたんだ?」
二人に近づくと、段々酸っぱい匂いが漂ってきた。
「おい、お前らまさか……!」
フィーリアの背後から腕を掴んで振り向かせると、目を覆う惨状が飛び込んできた。
フィーリアの顔面には白くネットリしたものがぶっかけられて、べたべたになっている。
髪にも服にも、大量の白ヨゴレが染みついていて、生臭い匂いを放っていた。
うわっ、どういう状態だよコレ!
良く見ると彼女の手には、マヨネーズのチューブが握られている。
「馬鹿、何してんだよ!」
「マスターが美味しいって言うから、舐めようとしただけなのにぃ~ひゃっ」
怒られた拍子にまた力が入り、ドピュッとマヨネーズが顔に噴き出た。
「あ~んっ、マスターぁ!」
なんて絵面だ……!
これはエロイ、じゃなくてヒドイ!
「そりゃそんな持ち方したら、飛び出すだろ!」
「うニャ~ん、なんだかベタベタするニャ~」
猫娘もくるりと振り返る。
フィーリア同様、白い粘液にまみれているが、顔だけでなく口からもミルク状の液がとろりと漏れ出ていた。
猫娘、お前もか。
「さては、口で吸いやがったな!」
「でもまったり塩っぽくて、美味しいニャぁ~❤」
コイツ、全然反省してねぇな!
「ふわわ、ズルイですぅ! フィーも口で舐め舐めするですぅ!」
フィーリアもマヨネーズの先に可愛い舌を当てがって、ペロペロと舐めだした。
「はにゃあ~ん、最高ですぅ~❤」
「ああ、なんてアウトな光景だ……」
思わず頭を抱えた。やたら静かにしてると思ったらコレだ。
しかもよりにもよってマヨネーズという白い液体。
「はあ、怒っても仕方ねぇな。とにかく井戸で顔洗って来い」
「ええ……もうちょっとだけ舐めたいですぅ」
「うるせぇ早く行け!」
渋々、マヨネーズまみれの二人は外の井戸に顔を洗いに出ていった。
さあ、おてんば娘どもが居ない今がチャンスだ。
これ以上イタズラされる前に、早く料理を仕上げないといけない。
べとべとになったマヨネーズを取りあげて、卵液に加え混ぜた。




