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第1話 金曜日、美女とディナー

皆さま、日々の業務並びに勉学にお忙しいことと思います。

そんな中このページに立ち寄ってくださり、感謝です。


この小説は現実世界と異世界が交差する作品となっております。

今後異世界を主軸にするつもりですので、「ハイファンタジー」にカテゴライズいたしました。


皆さまが気軽に楽しめる作品であれば幸いです。

 俺は三十三歳、ブラック企業勤め。

 どこにでもいる十円禿げ持ちのおっさんだ。

 

 おまけに俺は、いわゆる「清らかな男性」である。

 

 しかし今夜は、諸君とは一味もふた味も違う夜を過ごしている。

 仕事帰りに、素敵なバーで美女とお食事だ。


 羨ましがっている諸君に、俺の素晴らしい会話内容を教えてあげよう。


「あの……貴方の仕事ってなんでしたっけ?」


 席について注文を済ませるなり、この一言が飛んできた。

 美女は栗色の巻髪を手でクルクルいじっている。


 しかし、俺はここで驚かない。


「ああ……銀行で働いてます」


 ここでガツンと、情報を放り込んでやる。


 そう、俺は泣く子も黙る金融マンだ。


「ええすごい! どこ銀行ですか!」


 目を輝かせて美女が喰いつく。おまけに胸元もチラリ。


「大和田銀行だけど」

「へー、素敵!」


 格別驚きもしない。いつものパターンだ。

 俺の使っている婚活アプリでは、職業欄に「金融関係」と書いていればかなり強い。

 女たちは、結構な確率で食事をオーケーしてくる。


「別名オワ銀だけどね」

「ウソー、ウケルー!」


 全くウケねえよ。俺は心の中で毒づく。


「じゃあじゃあ、年収って?」


 速い、あまりにも展開が速い。

 美女のガッツキ具合に、いささか引いてしまう。


「●●●万くらいかなー」


 いかにも「俺は気にしてませんよー」っていう雰囲気で申告した。


 なぜ諸君に年収を伏せるのかって?


 人の価値観はそれぞれ、金の価値観もそれぞれ。

 ここで重要なのは、赤いグロスをこれでもかとテラテラ光らせている美女がどう思うかだ。


「え……」


 一瞬で、美女の笑顔が引きつる。

 心なしか美しかった肌にもひびが入っていくようだ。


「ヒラ?」


 まったくこの美女は、嗜みというものがないのか。

 初対面の、それも三十すぎたおっさんにその質問はないだろう。


 しかし、その問は半分当たっている。俺は何をしてもダメなダメ社員。

 まだ役を貰えていないから、給料は勿論低い。


 だがここで言い訳をさせてもらう。俺にだって言い分があるのだ。


「ヒラではない、主任。ウチの銀行、国からの借金を返したところでさ。余裕がないんだ」


 ほら、俺のせいだけじゃなかった。


 俺が勤めている大和田銀行、通称「オワ銀」はバブル崩壊の折、多額の不良債権による倒産の危機に直面した。しかし国の公的資金注入によりなんとか再生、ここまで生きながらえたのである。


 だが、あくまで「生きながらえた」というだけの状態。

 

 市場における競争でこれといった強みも無いオワ銀は、名前の通り「オワッタ銀行」というレッテルを張られているのである。


 それ故、給料は他銀と比べるとマジで引くくらい安い。

 金を返せただけでも奇跡だ。


「でもこれからアガってくから、合併話もあるし」


 これは事実だ。俺は嘘はつかない、いやつけない。

 もしホラを吹ける才能があったら、もっと出世してたろうし女にもモテただろう。


「へえ」


 赤グロスの美女は、明らかに俺への興味を失くしていた。

 俺の目の前で化粧を直し出す。


 おいおい、そういうのってトイレですることじゃん?


「俺さ、そろそろ役職がつくかもしれないんだ。毎日残業いっぱいしてるし」

「そう」


 美女は作り笑顔も忘れて携帯をいじっている。

 精巧なネイルが、画面の上を何十回と滑った。

 

 グロスと同じ、真っ赤で悪趣味なネイルだ。


「最近ついたお客さんが気前のいい地主でさ、俺アガりそうなんだよねー」


 俺はテンパってなどいない。断じていない。

 テンパって「アガる」なんていう、普段使わないワードとか喋っていない。


「ボーナスも今年はガツンとくるんじゃねえかな! いやこれ、アリ寄りのアリの話」

「ワイン、お替り」

 

 美女は、バサバサのつけまつ毛を羽ばたかせながらソムリエに言う。

 そして注がれたワインを水のようにガバガバと飲み干した。


 おい待て、酒強いのか?


『アタシお酒弱いから、今日酔っ払っちゃうかもー』


 そう言ってた今までのキミは幻か?


「ワイン、次は赤で。ええと、ボルドーのこれ」


 食事もまだというのに、美女はがっしりした強いワインを所望した。

 しかもお高いやつ。


「ちょ、飲みすぎじゃ」

「え、ダメですか?」


 語気の強さにたじろぐ。いや、俺は優しいだけだ。

 ビビってなんかない。


「咽喉、乾いてるの?」

「……」


 もはや美女は返事すらしない。


「あの、君の仕事は?」

「アパレル、広報」


 もう単語しか返ってこない。俺の中の美女は、段々崩壊していく……。


 いや、最初からコイツは、美女なんかじゃなかったのだ。


 染髪を重ねたパシパシの髪、流行りの化粧は頬紅が濃すぎて京劇役者みたい。

 まつ毛は生やしすぎてバサバサ。


 なんだそれは、毛虫か? ウチワか? 


 エアコンの風にはためいて余計バサバサ感が増している。


 そして服はといえば、やたらと胸元を強調したシースルー(透けてる生地のこと)のワンピース。男受けを狙った、王道スタイルってやつ。


こういう「デキるゆるふわ女子」を演出しているところが、たまらなくいやらしい。


「量産型め」


 女に聞こえないように、下を向いて呟いてやった。


 言ってやったぜ、まったく。


「シャンパン、追加」


 今からシャンパンだと?

 酒の順番もへったくれもない。

 しかもシャンパン、今日はお前の誕生日か?


「シャンパンは祝いの酒って言うよな。記念日か何か?」


 会話ゼロの空気に堪え切れず、俺は話題を絞り出した。

 俺の全力の勇気をふるったその時、エアコンの強風が俺の頭髪を直撃した。


 神様ってのはいつでも残酷だ。最高に間が悪い。


 神風は俺の日々のストレスによって生み出された「十円禿げ」を、おしゃれなシャンデリアの下に晒した。


そして、女が一言。


「キモッ」


 その瞬間、俺の心は凍りついてしまった。

 次々具されるきらびやかな料理も、酒も、全く味がしなくなった。

 口の中で飯が砂のようにじゃりじゃりと噛み砕かれる。

 

 フレンチって、砂になるんだ……。


 それが俺の本日最大の学びだ。それからの記憶が、なぜか残っていない。


 忘却は人間の防衛反応であり最大の武器、と言っていた人がいた。

 

 ……それは正しいのかもしれない。


 なんとか飯を飲み下したころ、お会計のタイミングがやってくる。

 しかし俺は紳士だ。二軒目に誘わないなんて、男がすたる。


「良かったら、にけ……」

「じゃ、ご馳走様」


 被せるように言い放つと、さっさと女は出て行ってしまった。


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