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||Daybreak-Momo-


 5月の終わり、初夏の深夜。まだ太陽も街も眠っているそんな時間に、1人の小さな女の子は目を覚ましてしまいました。


 「んん……。――まだこんな時間なのかよ……」


 一度身体を起こした女の子は、ベッドの枕元にある小さな時計を見てから、心底眠そうに呟くと、ふかふかの布団の上に、もう一度身体を預けます。けれど、どうにも寝苦しそうに寝返りを二転三転。寝癖でめちゃくちゃだった銀色の少し長い髪の毛は余計めちゃくちゃに。子猫のような三角形の耳をぴくぴくと動かしたかと思うと――


 「むりだ! 寝られない!!」


 独り言にしては少し大きな声とともに、女の子は完全に起きてしまいました。誰に対して、というわけでもない不機嫌そうな仏頂面で、腰から伸びた細長い尻尾をゆらゆらと左右に振っています。先端が三角の矢じりに似た形なのも相まって、まるでメトロノームのよう。

 退屈しのぎか、部屋のカーテンを開いて、窓から寝静まった街の景色を眺める女の子。けれど、空はあいにくの曇り模様で、月や星の光は見えませんでした。


 「はー……。のどかわいたな」


 女の子がそう言って窓から離れるのとほぼ同時に、隣の部屋からドシン!と鈍い大きな音が響きます。続いて聞こえてくる、いった~い!なにすんの!! という声。


 「ねーちゃん!? ――くそっ!!まってろねーちゃん!!」


 女の子は犬歯をむき出しにして叫ぶと、一目散に隣の部屋目がけて駆け出します。苦い思い出を振り返るような、そんな表情が見え隠れしていました。


 「……は? いみわかんねえ……は???」


 ”ねーちゃん”の部屋のドアを勢いよく開けた女の子が発した第一声がそれでした。先程までの憤怒とはまた別の、怒りのような、困惑のような、曖昧すぎてなんとも言えないけれど、落ち着いた声色でした。

 女の子が開け放したドアから見えるのは、空っぽになったベッドと、床に落ちてくしゃくしゃになっている薄い掛け布団。そして、その掛け布団を片手で抱えたまま、気持ちよさそうに床で眠る、薄桃色の髪がきれいな女性――それはきっと、女の子の 『ねーちゃん』 でした。


 「しんぱいしてそんした……。 起きろよねーちゃん、かぜ引くぞ。ねーちゃんってば!」


 女の子は、床で眠るねーちゃんの身体を揺すって起こそうとします。

 対してねーちゃんは、何かを食べている夢でも見ているかのように、もぐもぐと頬を動かすだけで、一向に起きる気配はありません。

 そんな様子に女の子は呆れ顔でした。大きなため息をひとつついて、よだれを垂らして幸せそうに眠るねーちゃんの身体を後ろから抱き抱えようとします。


 「んっ……!! お、おも……。 なんでオレが……こんなこと……してやらなきゃ……いけないん……だっ!」


 思いっきり力んでいるせいか、女の子の尻尾はピン!と立ち、息を荒げて発する言葉は途切れ途切れでした。それでもなんとか、自分よりも大きなねーちゃんを、ベッドの上に引きずりあげようと必死です。

 とても静かな空間に、女の子の荒い吐息だけが響く頃、ねーちゃんはすっかり元いたベッドの上に身体を戻されて、気持ちよさそうに眠りこけていました。

 額から溢れる大粒の汗を拭って、女の子は満足げに耳を上下させていましたが、ふと、我に返ったようです。


 「のど……かわいた」


 それだけ小さく呟くと、ねーちゃんを起こさないようにと忍び足で部屋を後にします。そっと部屋のドアを閉める時に、「もう食べられないよ……」などと寝言が聞こえてきましたが、女の子はもう何も気にする様子もなさそうでした。


 廊下の壁に灯された、小さなオレンジ色のランプの光を頼りに、女の子はこの家のキッチンへと向かいます。ぺたぺた、と、裸足が鳴らす音を聞きながら少し進むと、すぐに開けたリビングに到着です。

 四角い窓から入るほんの僅かな光の中を、手探りで歩く女の子。暖かくなってからはすっかり使われなくなっているレンガ作りの小さな暖炉の前を通り過ぎると、伸ばした手先が突き当たりの壁にふれました。


 「ん……見えない…………」


 しばらく右往左往しているうちに目が慣れてきたのか、ようやくリビングの奥にあるキッチンへと女の子はたどり着いたようです。

 蛇口をひねると、生ぬるい水がいつも通りの音を立てて流れ出します。女の子はそれを両手で掬い、乾いた喉を潤すようために何度も口に含みます。

 そうしているうちに満足したのか、女の子は開けた蛇口を締めて水を止め、ふぅ、と小さくため息をついてから、濡れた手を今自分の着ている寝間着で無造作に拭います。


 「ふぁぁ……。やっとねむくなってきた」


 そんな独り言をこぼし、自分の寝室に戻る女の子。すっかり目が慣れたおかげもあって、帰りはとてもスムーズでした。

 あっという間に自室の前までたどり着き、乱雑に開け放たれたままのドアをくぐって、これまた乱雑に放り投げられた掛け布団を適当に手繰り寄せると、一気に眠気に襲われたようです。すぅ、すぅ、と可愛らしい寝息とともに、またいっときの平穏な静寂が訪れます。



 「ちょっと~! いつまで寝てるの~!! 朝だぞ~モモってば~! ご飯だぞ~!!」


 翌朝、すっかり晴れた空から眩しい朝日が窓に射し込む頃に、女の子の部屋の外から元気な声が響き渡ります。けれど、女の子は夜更かしが祟ったのか、全く起きる気配がありませんでした。

 やがて声の主は痺れを切らして、ドアを勢いよく開け放って女の子の部屋にやってきます。綺麗に整えられた薄桃色の髪と、そんな中でひと束だけ言うことを聞かずに、頭の上で跳ねている特徴的なくせ毛を揺らしながら。


 「おっはよ~お寝坊さん! ……って、なんちゅー寝相してるの~。ちゃんとベッドの上で寝ないと風邪引くよ~?」




||Daybreak-Momo-


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