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つぎはぎざあんでっど  作者: 風時々風
2/8

 体が揺すられている。もう少し。もう少しだけ寝かせてくれ。なんだか知らないが凄く眠いんだ。

「起きろ。ねえ、起きろっての」

 人の声? 誰だ? そう思うと俺の意識は急速に覚醒しさっきまでの睡眠に対する欲求が嘘のようになくなって目がぱっと開いた。

「やっと起きた。ほら。もう時間」

 見た事のない少女が目の前にいた。年の頃はまだ十代半ばくらいだろうか。赤みが強い茶色の長い髪を片手でかき上げていてその下にある太めの眉毛の更に下にある黒い二つの大きな瞳で俺をじいーっと音が聞こえて来そうなほどに見つめていた。

「おい。なんで俺と一緒に寝てるんだ? それに、はだ、はだ、裸じゃないか。俺も? なんだこれ。何があった」

 俺は驚愕の事実に気付くと叫びながら飛び起き体に掛けてあった布団を体に巻きながら少女から遠ざかろうとした。

「ぎやっ」

 そしてベッドから落ちて腰を強かに床に打ち付けた。

「あははあははは。ぎやっだって。あははははは」

 少女が大きな声で馬鹿笑いした。何がそんなに面白いんだ。俺は少女を睨み付けたがすぐに少女の裸体にぎくっとすると慌てて顔を横に向けた。

「何? 恥ずかしいの? 昨日の夜は散々見たり触ったり舐めたり挿したり出したりしたのに?」

 なんだと? それは、あれか? そういう事をしたって事か? 俺が? 俺がそんな事を? 待て待て待て待て。思い出せ。俺がそんな事を本当にしたというのか? 必死に昨日の事を思い出そうとしていたが何も思い出せず自分に関する僅かな記憶だけがふっと頭の中に浮かび上がって来た。

「俺の名前は、えっと、なんだったか。思い出せない。ああ。そっか。いつもそうだったかも知れない。だがコードネームは覚えている。キリツギ。そう。そうだ。俺は自分をキリツギと呼んでいる。二十歳の男で軍国主義普及委員会の生体兵器実験部隊に所属しそこで与えられた死んでも必ず生き返るという能力を使って実験という名の作戦に参加している」

 俺は無意識のうちに頭の中に浮かび上がって来たその記憶を言葉として口から出していた。

「は? いきなり何? 何言ってんの?」

 少女が目尻が垂れ気味で優しそうに見える目を細めると怪訝そうな顔になった。

「俺の記憶だ。覚えてはいないが俺はどこかで死んで来た後だろう。だから記憶が今言った物しかないんだ。生き返りはするが記憶はその都度リセットされてこれだけしかなくなってしまう。そういう風に作られてるんだ」  

 少女が一瞬凍ったように動きを止めてからまたあの馬鹿笑いをした。

「あのさ。嘘をつくならもっとまともな嘘をつきなよ。いくらなんでも酷過ぎっしょ」

「嘘じゃない。本当だ」

「キリツギ、だっけ? あんたはあれ? ちょっとおかしい人?」

 少女が何やら落胆した様子で聞いて来た。

「おかしくはない。いたって正常だ」

 少女がずんずんと俺の傍に歩いて来るといきなり俺の髪の毛を片手で掴み顔を俺の顔にくっ付きそうなくらいに近付けて来た。

「舐めんな。良いよ。記憶がないならないで良い。けど、自分のやった事の落とし前くらいつけられんよな? あんたは昨日の夜あーしを無理やり犯したんだよ。それで、その後になんでもするから許してくれて言ったんだ。言った事はやってもらうからな」

 少女の突然の行動に驚き口を馬鹿みたいにぱかっと開けて少女の言葉に聞き入っていた俺は無理やり云々の件を聞いて更に驚いた。

「お、お、おお前こそ、嘘を言うな。俺がそんな事するか」

 記憶はない。記憶はないがそんな事を俺がするはずがない。

「記憶がないなら分からないだろ?」

 少女があきれたように言うと俺の髪の毛から手を放し俺から少し離れた。少女がその場でくるりと回って背中を俺に見せて来た。

「ほら。この辺り。痣になってない? あんたがやったんだ。凄く痛かった」

 少女が急に悲しそうな小さな声で言った。

「嘘だ。俺はしない。俺がするはずがない」

 少女の背中には痛々しく青黒くなった部分がなんか所かあった。これは、殴られた痕なのか? ありえない。俺はしない。絶対にしない。

「マー姉ちゃん。あの人起きたんですか?」

 不意に幼い女の子の声がどこからか聞こえて来た。

「倫子。下にいな」

「えー? でも、私も話をしてみたいです」

 倫子と呼ばれた幼い女の子の声がまた聞こえて来る。どこかに階段でもあるのか下から近付いて来ている足音がしたと思うと突然部屋の隅に幼い女の子が姿を現し裸の少女の傍に行き抱き付いた。

「こら。倫子。いきなり抱き付くな」

 少女がしゃがむと倫子の体をそっと自分から遠ざけながら頭を優しく撫でた。

「マー姉ちゃん。また裸です。服を着て下さい。駄目だって言ってるじゃないですか」

「しいーっ。またって言うな。いつもはちゃんと着てるだろ。そんな事より、下に言ってな。あーしは今これと話中だ。嘘ばかりつきやがるから話が全然進まない」

このマー姉ちゃんと呼ばれている少女はこの幼い妹らしき子には随分と慕われているみたいだ。

「その子の言う通りだ。俺も服を着たい」

「あんたも? あ。そうね。倫子にあんたの貧相な物を見せるのは教育上良くない」

 貧相ってなんだ貧相って。少女が先に服を着ると枕の下から俺の服を取り出し俺の方に投げて来た。

「あの、嘘ばかりついてるんですか?」  

 マー姉ちゃんの体の陰から顔だけを少し出すと倫子がおずおずと聞いて来た。

「ついてない。俺は全部真実を言ってる。お前には悪いがお前のお姉さんこそ嘘をついてる」 

 慕っているであろう姉の事を悪く言うのはかわいそうだと思ったが状況が状況なので率直に思った事を言った。

「じゃあ、私の体も見ますか? 昨日、あなたは私にもえっと、あの、したんです。だから、傷があるんです」

「倫子。あんた、この馬鹿」

 マー姉ちゃんが驚いた様子で声を上げた。俺はといえば倫子のあまりの発言に全身に生えている毛という毛が白髪になるか抜け落ちるかというくらいのショックを受け放心状態に陥っていた。

「おい。キリツギ。これでもまだ言い逃れする気なの?」

「言い逃れするんですか?」

 マー姉ちゃんと倫子の四つの瞳が俺を責め苛むように見つめて来た。

「やってない。絶対やってはいないが、分かった。やってやる。俺に何をさせたいんだ?」

 これ以上突っ撥ねるのは俺には無理だ。大体倫子とかいうこの子反則だろ。こんな幼い子にこんな必死な様子でこんな事言われて。できる事ならやってやる。もう。なんか、嘘つかれているとかどうでも良い。

「本当か?」

「本当ですか?」

 こいつら、なんて嬉しそうな声を出すんだ。顔までぱあーっとこんなに輝かせて。倫子という幼い子の登場で俺の気持ちは変わってしまったらしい。マー姉ちゃんという少女が俺に対してこんな風にしているのにはきっと何か事情があるんだろう。そんな風にさえ思うようになっていた。

「時間がどうとかさっき言ってただろ。早くしないと駄目なんじゃないのか?」

 俺が言うとマー姉ちゃんの顔色がさっと青くなった。

「やばい。そうだった。倫子。あんたは早く隠れてな」

「嫌です。マー姉ちゃん一人じゃまたいつもより酷くされます」

「しょうがない。計画変更だ。ここであの男を殺す。なあ、あんた」

 マー姉ちゃんが思い詰めたような顔になると真剣な眼差しでじっと俺の目を見つめて来た。

「なんだ?」

 あの男を殺すと言ったのか? 何を俺にさせようとしているんだ? それからどうして俺はあの男を殺すという言葉を聞いてもこんなにも全然驚かないんだ?

「これからこの家に来る男を一人殺して欲しい。本当は出先で殺してもらおうと思ったんだけど時間がなくなった」

「凄い事をいきなり言うんだな。できる事ならやると言ったが、人を殺すとは」

「あんたの話が全部本当なら簡単な事じゃないか? あんた何かの部隊にいたんだろ? 死んでも生き返るなんて言ってた所から考えると死ぬような事をしてたって事だろ? だったら人を殺したりもしてたんじゃないのか?」

かなり強引なこじ付けだがその可能性は高いのかも知れない。今まではもっと聞いた話に何かを感じたり思ったりしていたはずなのにこの人を殺すという話には何も感じたり思ったりしなくなっている。自分の中にある感覚や感情が急に麻痺してしまったみたいになって冷静になっている。感覚や感情を麻痺させて冷静にさせている何かが自分の中にある。そんな漠然とした何かの存在を俺は感じていた。

「分からない。だが、人を殺すなんて簡単にやって良い事じゃない」 

 ここで請け負う事がこの子達の為になるんだろうか? それと相手がどんな奴かにもよるなと俺は考えていた。

「あんたなら簡単にできるんだ。あんたの話を聞いててそう思った。だってそうだろ? 死んでも生き返るんだろ? だったらあの男を殺して死んでよ。事故とかって事にするんだ。不慮の事故って奴だ。死んでしまった事にすれば罪には問われない。誰も不幸にはならない」

 酷い事をさらっと言う。俺はマー姉ちゃんからさりげなく視線を外すと倫子の顔をちらりと見た。マー姉ちゃんも倫子も必死さと切実さしか伝わって来ない表情をしていた。

「理由はなんだ?」

 相当な事情があるとは思うがこれを聞くのを忘れちゃいけない。

「それは」

 マー姉ちゃんが言い淀んだ。俺はこの子がこんな風になるなんてよほどの事があるんだろうと驚きながら考えた。ここは驚くんだな、俺。

「私のせいです」

 倫子が言い倫子のいる方から衣擦れの音が聞こえて来た。

「倫子。駄目。服を着な」

「マー姉ちゃん。良いんです。これを見て下さい。私はお父さんにぶたれるんです。だから殺して欲しいんです」

 倫子の小さな子供の体には無数の傷が刻まれていた。倫子はぶたれるなどと言っていたがそんな言葉ではまったく足りていない酷い物だった。切り傷も火傷の痕もあり刺青のように何かの絵か文字のような物までもが彫り込まれていた。

「服を着てくれ」

 俺は静かな声を出した。倫子はお父さんと言った。どんな父親なのだろうか。どうしてこんな事ができるのか。酷過ぎる。これはあまりに酷過ぎる。こんな事があって良いのだろうか。この倫子という子供はどんな思いを抱いて日々を生きているのだろうか。俺は怒りを感じた。ぐつぐつと腹の中が煮えくり返って来ているようだった。

「やろう」

 本当に父親を殺して良いのか? ふっとそんな思いが脳裏を過った。だが倫子の事を思うと俺がそんな事を思い浮かべる事さえ酷い事だと思った。

「やってくれるの?」

「良いんですか?」

 俺は二人の顔を交互に見ながら頷いた。二人はまた嬉しそうに顔を輝かせていた。

「全部俺に任せろ。標的はここにこれから来るんだろ?」

「必ず帰って来る」

 マー姉ちゃんが嬉々とした声で言う。

「それならお前ら二人は外に行ってろ。窓はあるな。もう外は暗くなって来てるみたいだな。この部屋の明りが消えたら帰って来い。死体の処理も何もかも俺がやっておく」

「良いの?」

「良いんですか?」

 二人とも良く声が揃うな。俺はそんな事を考えながら大きく頷いて見せた。

「ああ。そうしておけば万が一にもお前らが殺したんじゃないかと疑われる事はないだろうからな。お前らが外に行った隙を見て俺が家の物を盗もうとした。それを帰って来た奴に見られたので殺した。そういう事にしよう。家の中を少し荒らさせてもらうからな」

 別にここにいても疑われる事なんてないとは思うが、親が殺される場所にはいさせない方が良いだろう。

「キリツギありがとう」

「キリツギさん。ありがとう」

 二人が目をきらきらと輝かせながら大きな声を上げた。

「さっさと行け」

 俺はお礼を言われて照れ臭くなったのでわざとぶっきら棒に言うと何か武器になりそうな物はないかと部屋の中を見回した。

「倫子。先に行ってて。家の裏に隠れてて。ちゃんと隠れてあの男に見付からないようにするんだよ」

「マー姉ちゃんは来ないんですか?」

「すぐに行く。キリツギにまだ少し話がある」

「私はいちゃ駄目ですか?」

「倫子。分かったよ」

「おい。何してる? 早く行け」

 もたもたしている二人に俺は声を掛けた。

「すぐに行く」

 マー姉ちゃんがそう言ってからベッドに近寄るとベッドの下の隙間を床に寝そべるようにして覗き込んだ。

「おいおい。こんな時に探し物か?」

「これ。ずっと用意してあったんだけど、良かったら使って」

 ベッドの下の隙間に手を入れたと思うと刃渡りが二十センチくらいのコンバットナイフをマー姉ちゃんが取り出した。

「ナイフか」

 俺は鞘からコンバットナイフ抜いた。銀色の刃が部屋の明かりを反射してぎらっと冷たい光を発した。

「どう?」

「大丈夫だ。これなら使える」

 これなら使えるだって? 自然にそんな言葉が出ていた。我ながら怖いぞ俺。

「マー姉ちゃん。マー姉ちゃん」

 急に酷く怯えた様子で倫子が声を上げた。

「帰って来た?」

 倫子の様子を見てマー姉ちゃんがすぐに言った。倫子がマー姉ちゃんに抱き付くと体を小さく震わせながらこくこくと頷いた。

「窓からは出られないのか?」

「無理」

 マー姉ちゃんが俺にすがるような目を向けて来た。

「しょうがない。ここにいろ」

「お願い。階段はこっち」

 マー姉ちゃんが階段の場所まで歩こうとしたのか動こうとしたが倫子が抱き付いていて動けないのに気付くと右手を伸ばして先ほど倫子が部屋の隅に姿を現した場所を指差した。

「ここでじっとしてろ」

「うん」

「はい」

 俺はナイフを手に握ったままマー姉ちゃんの指差す場所に行った。壁際の床に大人が一人通れるか通れないかくらいの周りに柵も手摺りも何もない四角い穴がありそこから階下に向かって金属製の階段が伸びていた。俺は足音をたてずに素早く階段を駆け下りると明りがついたままになっていた部屋の中を見回した。視界の中に玄関や台所や食事などをするのであろうテーブルが入って来た。部屋は狭く酷く窮屈な印象を受ける部屋だった。何もかもが古くてどこかしらに傷などがあってこの家が酷く貧しい事が察せられた。俺は二人と話す事に夢中になっていてこの家の事を何も見ていなかったんだなと思いながらがちゃがちゃと音を鳴らし始めた玄関のドアの横に行くとそこの壁に張り付くようにして身を潜めた。

「ただいま。今帰ったよ」

 ドアが開くと優しそうな声とともに一人の一目見てまともな職には就いていないと分かるような薄汚れた服を着ている痩身長躯の男が入って来た。髪は長くぼさぼさで顔は俺のいる位置からは見る事ができなかった。

「おーい。倫子。マリサ。いるんだろ。降りて来いよ」

 男は俺の存在にまったく気付かずに顔を上に向けると二階にいる二人に向かって声を掛けた。

「返事なしか。靴があるからいるはずなのに。今日はお土産があるのにな」

 男が靴を脱ぎ部屋の中に入った。男が俺の目の前を通り過ぎて行く。男の体からつんっと酸っぱい汗の臭いが漂って来た。

「おーい。今日はケーキをもらったんだ。ショートケーキだぞ」

 男が言いながら階段に向かって歩いて行く。俺は男の背後に近付いた。

「なんだ? 誰かいるのか?」

 俺の気配に気付いた男が振り向こうとした。俺はナイフを逆手に持ち替えると背後から手を回すようにして男の腹の右上、胸の辺りから少し下の肋骨の隙間を狙って刃を斜めに寝かせながら突き刺した。男がはふっという間の抜けた息の抜けるような声を出した。肋骨の隙間に沿うようにして下に向かって男の体を切りながらナイフを抜くと男が両膝を床に突き崩れて行くようにしてうつ伏せに倒れた。男の体から血が流れ出る。床の上に赤黒い液体が広がりあっという間に小さな池のようになった。

「なんだ? 腹が酷く痛い。体に力が入らない」

 男が言いながら床に手を突き起き上がろうとする。

「俺が刺した。悪いが死んでもらう」 

「刺した?」

 男の手が血で滑ったと思うと周りの床に血が飛び散った。

「起き上がれない」

 男が自分の血に塗れた手を顔の前に持って行くとまじまじと見つめた。

「これが、私の血?」

「そうだ」

 男が手を静かに床の上に下ろした。

「あんたはなんだ?」

 男が聞いて来た。息が荒くなり始めていて言葉が聞き辛くなって来ていた。

「通りすがりの強盗だ」

 どうせこいつはすぐに死ぬんだから関係ないが一応言っておこう。

「娘達に俺を殺すように頼まれたか?」

「何を言ってる?」

 仕返しをされても仕方のない事をしているという自覚はあったんだな、と思いつつ俺はとぼけてそう聞いた。

「こんな事、あんたに言っても信じないと思うが、俺も頼まれて娘達、そうじゃない。あの子達の為に何人も人を殺してるんだ」

 何を言い出したかと思えば意味の分からない事を言いやがって。そんな事あるはずないだろ。

「それは大変だな」 

 まともに取り合う気にもならない。適当に返しておこう。

「信じないか。それならそれで良い。これで良いのかも知れない。私はもう疲れた。あんたは随分若そうだ。あの子達が心配だ。頼むからあんたが親になってあの子達の面倒をみてやってくれ」

 何を言ってる。お前に言われなくっても。……。俺はあの子達の面倒をみる気なんてないぞ。

「それは無理だな。俺はあんたを、人を殺した人間だ。親になんてなれるはずがない」

 その罪を背負ってこれから死ぬつもりだしな。おっと。待てよ。死ぬのは良いがどういうタイミングで生き返るんだ? 死んだっていう所をちゃんとたくさんの人に見せてから生き返らないと駄目じゃないのか? 

「そうか。なあ、あの子達二人だけで生きて行けると思うか?」

 おかしな奴だ。あの子達を散々傷付けていたくせに。だが、俺はこいつよりも酷い奴なのかも知れない。あの子達のこれからの事なんて、そんな事は何も考えていなかった。

「凄い。本当に刺したんだ」

マー姉ちゃんの声がしたと思うと階段を駆け下りて来る足音が聞こえて来た。

「おい。来てどうする」

「あー。そうなんだけど」

「キリツギさん。ありがとうございました」

背中から体の中に金属製の何かが入って来る冷たい感触がした。あれ? これってもしかして俺も刺されてないか?

「倫子。あーしがやるって言ったでしょ」

「ごめんなさいマー姉ちゃん。でも、今が刺しやすそうだったんです」

 なんだこれ? 嘘だろ? 俺は俺の刺した男と同じように床の上にうつ伏せに倒れた。俺は徐々に体中に広がって来た激痛に耐えながら床に手を突くと力を振り絞って体を仰向けにした。

「やってくれたな」

 酷く驚いてから一瞬のうちに悲しさや切なさや怒りや憤りなどの様々な感情が心を過ったが、それだけだった。次の瞬間にはしょうがない事なのだろうと思った。

「怒らないんだ」

 マー姉ちゃんが俺の顔を覗き込んで来た。

「怒った方が良いか?」

「普通怒ると思うけど。騙されたみたいなもんだし」

「俺は普通じゃないからな」 

 マー姉ちゃんが微笑んだ。この状況で良く笑えると思ったがその言葉は口にはしなかった。

「信用できませんでした」

 マー姉ちゃんの顔の横に倫子の顔が現れた。

「なるほど。俺が俺の刺したと男と違うなんて保障はないか」

 倫子がこくりと頷いた。

「ねえ、キリツギ。あんたが本当に生き返るなら、生き返ったとしたら、そん時はあーしと倫子があんたの面倒をみてあげる」

「なんだそれ?」

「一緒に暮らすという事です」

 この子達が何を考えているのかまったく分からない。

「それはあれか? 贖罪のつもりか?」

 言ってから、一緒に暮らすというのも俺を信用できないからか? と思った。

「贖罪? 何それ?」

「俺に悪い事をしたと思っているからか?」

「違います。キリツギさんの言う事が本当だったら便利そうだからです」

 マー姉ちゃんよりこの子の方が絶対性質が悪いな。

「そうか。まあ、どうせ何も覚えてないだろうから」

 好きにしろという言葉も言おうとしていたが、その言葉が口から出なかった。意識が混濁して来ているらしい。そろそろ死ぬみたいだ。

「じゃあまたがあったら会おうねキリツギ」

「また、です」

 また、か。この子達はなんなのだろう。もしも生き返って一緒に暮らすような事になったら俺はまた殺されたりするんだろうか? だが、まあ、どうせ何も覚えてはいないのだからそれならそれでしょうがないのかも知れない。         


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